3659.工場の移転先
アミトスチグマ王国のマリャーナ宅に集まった面々は、何とも言えない気分で昼食を終えた。
マリャーナは、総合商社パルンビナ株式会社の役員として会議に出席する為、会社に戻る。
ファーキル、運び屋フィアールカ、アミエーラは、パソコン部屋に移動して三人で動画の確認だ。
ファーキルは、使用人がお茶を置いて退室するのを待って、アミエーラがアーテル共和国の首都ルフスで撮影した動画を再生した。
終戦から間もなく八年だが、アーテル共和国北部の水害被災地の復興は足踏みが続く。
瓦礫はフラクシヌス教団などの協力でなくなったが、更地のままの土地が多い。土が剥き出しの地面には土魚が犇めき、力なき民は近くを通るだけでも命懸けだ。
アーテル共和国本土では、実体のない魔物や小型の魔獣を防げる【魔除け】の呪符を手に入れるのが難しい。
運び屋フィアールカの話によると、ランテルナ島の魔獣駆除業者が高値で売りつけに行くらしいが、北部の水害被災地は貧しい住民が多く、手が届かなかった。
主な購入層は、企業や南部の富裕層だが、従業員全員に支給するには全く足りない。アーテル企業の従業員は毎日の通勤が命懸けだ。
大手の運送会社は死活問題なので、魔獣駆除業者を雇い、トラック一台につき一人を同乗させる。
租借地に進出したラキュス・ラクリマリス王国資本の企業は、本国で【魔除け】の呪符を調達して、現地採用の全従業員に支給できる。
オフロード仕様の自転車を貸与し、呪符の効果時間内……概ね片道一時間以内に通える北部在住者を雇用した。
それでも、防げるのは土魚など小型の魔獣までだ。四眼狼などは防げない。通勤が命懸けであることには変わりなかった。
アーテル共和国政府は、経営者一族が全滅した町工場や、経営難で倒産した町工場を更地にし、まだ使える資機材や材料などを集約してプレハブの仮設工場を建設した。
生き残った職人や町工場の経営者が仮設工場で操業を再開し、ギリギリのところで技術を継承する。
高い技術を有する人材をすべて失えば、アーテルの経済復興は数十年は後退するだろう。
アミエーラが自信なさそうに呟く。
「動画を撮ってる時に気付いたんですけど、仮設工場が去年より減ったような」
「減ったわよ」
運び屋フィアールカが皆まで言わさず断言した。
アミエーラが驚いて、緑髪の魔女に顔を向ける。
「えッ? どうしてです?」
「キルクルス教団からの復興支援で、もう少し南の地区にちゃんとした工場ができて、順番に移転してるからよ」
「でも、職人さんたちが北部のアパートから通うの、大変ですよね?」
アミエーラが、フラクシヌス教団の神殿ボランティアと共に呪歌【道守り】で結界を張りに行くのは、主に北部の水害被災地だ。南部の地区では、学校や教会、病院、未だに避難所として多くの人が暮らす公民館などの周囲に限られる。
移転先の地区に用がなければ、知る機会がないだろう。
運び屋フィアールカがすらすら説明する。
「巨大化した四眼狼が踏み潰して歩いた地区も更地になったから、そこを準工業地区にしてアパートも建てたのよ」
「えぇ……? それじゃ、借金してまで元の住人の為にアパートを再建させた大家さんが」
アミエーラが気の毒がる。
「北部の土地とアパートをアーテル政府に譲渡すれば、政府が移転先の地区で新築したアパートの所有権をもらえるから、今んとこ、入居者が減る物件を後生大事に持ってる家主は居ないみたいよ」
どこでどう調べるのか、運び屋フィアールカは、ファーキルが目にした政府広報や報道以上に詳しい。
ルフス光跡教会で召喚された四眼狼は、老婦人シルヴァと元神学生ヂオリートを捕食したが、二頭とも二人の怨念に身体を乗っ取られた。
商業地区から官庁街に掛けて念入りに踏み潰し、瓦礫が撤去された跡には更地が帯状に広がる。
アーテル政府の公式サイトに記載があるのは、買い手がつかないこの更地の土地利用区分を変更し、準工業地域に指定したことまでだ。
……アパートの件、補助金云々のページを探せばいいのかな?
「あ、あの、あの人……」
アミエーラの震える声で、ファーキルは意識を動画に戻した。
声を発したのは、隣に座る彼女ではなく、動画の音声だ。タブレット端末を持つ手も震えただろうが、手振れ防止機能と補正のお陰で画面は揺れない。
動画の中で、街路樹の幹にもたれて座る男性の腹部が盛り上がり、四眼狼が顔を出した。
「あっ、あの死体ですね」
男性の何でもなさそうな声が確認する。
同じ声が、力ある言葉で呪文を唱えた。
力なき民のファーキルには、呪文を聞いても何の術かわからない。
魔力の塊が光り輝く矢となって四眼狼の眉間に命中した。受肉しつつあった魔物の頭部が音もなく消え去る。男性の死体には、傷ひとつなかった。
動画のアミエーラが礼を言い、緑髪の神官戦士が【操水】で水に浮かせて死体を車道に移動させる。
学生風の若者が、赤毛のギームン神官に警察を呼ぶかどうか質問したところで、近くの教会からキルクルス教の司祭が出て来た。
運び屋フィアールカが、最後まで見ずに言う。
「SNSに公開する動画は、魔獣を倒したとこまででいいわよ」
「えッ? そこまででいいんですか?」
アミエーラが驚く。
ファーキルも気になって聞いてみた。
「アーテルの現状を大勢に知ってもらうんなら、死体を土が剥き出しの場所に放置して魔獣の餌にするしかないことも、フラクシヌス教団のボランティアがみつけた時は【火葬】の術で灰にせざるを得ないことも、包み隠さず伝えた方がいいと思うんですけど?」
「その辺のコトを出すと、外国のキルクルス教徒が煩いでしょ」
元フラクシヌス教神官の運び屋フィアールカにあっさり言われ、ファーキルはどうなるか想像して納得した。
アミエーラは、不満顔で元聖職者を見詰める。
運び屋フィアールカは微笑を浮かべて言った。
「魔獣激ヤバさんにもそう指示してたから、ねっ」
「公表できる日って、いつか……来るんですか?」
アミエーラが、運び屋フィアールカからパソコンの画面に視線を戻して聞いた。
フィアールカは、微笑むだけで答えない。
ファーキルは動画の再生を止めると、ブラウザを起ち上げて魔獣激ヤバの過去の投稿を表示させた。
フィアールカの言う通り、少なくとも静止画はどの投稿も、フラクシヌス教のボランティアが遺体を処理する場面がない。
アーテル北部に広がる復興が進まない風景、救援物資を運搬するバルバツム連邦陸軍のトラック、それを追い掛ける魔獣、ラキュス・ラクリマリス王国軍の魔装兵や民間の魔獣駆除業者が魔獣を駆除する画像ばかりだ。
動画もきっとそうだろう。
運び屋フィアールカがパソコンの画面を指差した。
「ファーキル君、ちょっと前回の動画、再生してくれる?」
「えっと……これでいいですか?」
ファーキルは、三カ月前に魔獣激ヤバ氏が投稿した動画をマウスカーソルで示した。
「何でもいいわ」
ファーキルは、SNSに埋め込まれた動画の再生ボタンを押した。
一分弱の動画で、街路樹の根元に放置された老婆の足に土魚が集るのが遠目に見える。
フラクシヌス教の神官戦士が歩道の反対側から死体に近付き、剣を抜いて呪文を唱えた。刃から光り輝く魔力の網が放出され、土魚の群を一網打尽にする。感電したような激しい音を立て、土魚の群は一瞬で消し炭と化した。
動画はそこで終わりだ。
コメント欄を開く。
書込みは、湖南語と共通語が半々だ。
〈このババア土魚に齧られてんのに反応ねぇな〉
〈って言うか土が剥き出しのとこに平気で座ってるとかねぇわ〉
〈いつものヤク中放置だろ〉
〈睡眠薬とかで眠らされてンじゃね?〉
〈いや、齧られた傷から血が出てない〉
〈死体?〉
〈血が出ないって、死後結構経ってる風〉
〈道端に死体転がってるのが日常風景ってヤバ過ぎ〉
〈魔獣激ヤバどころか、アーテル激ヤバじゃね?〉
アミエーラが息を呑んで口許を押さえる。
流石のファーキルもドン引きした。
「フォロワー、動画に死体が映ってるの慣れっこになってますね」
「……イヤなアカウントよねぇ」
運び屋フィアールカが唇を皮肉な笑みの形に歪めた。
☆ルフスで撮影した動画……「3656.被災地の日常」参照
☆巨大化した四眼狼が踏み潰して歩いた地区……「2453.装備を整える」「2473.ルフスの現況」参照




