3655.元配達員の話
十二月の三連休。
モーフは、リストヴァー市東教区の山裾に拓かれた畑へ出た。
顔を合わせるなり、ソルニャーク隊長が聞く。
「モーフ、久し振りだな。最近、変わったコトはないか?」
「変わったコト……って何スか?」
モーフは、突然の質問にワケがわからず聞き返す。
二人の息が小さな雲になって風に流れた。
ソルニャーク隊長が、葉物野菜を雪の下から掘り出しながら言う。
「近頃は、隙間時間に働く副業が流行っているそうだな」
「リゴルネットの配達員スね。友達が借金してバイク買ってやってるっスよ」
モーフが軍手を嵌めた手で雪を除けながら答える。
隊長は、掘り出した野菜を籠に入れながら更に聞いた。
「モーフはしていないのか?」
「俺は工場の仕事があるし、学校も行かなきゃだし、借金すんの怖いんで別にいいっス」
「そうか。その友達から何か聞いていないか?」
「高校の友達なんスけど、配達ノルマがキツくて大変つってたッスよ」
モーフの同級生は、何も悪くないのにいきなり失業した。
経理の奴がカネを持ち逃げしたせいで、会社が潰れてしまったのだ。
同級生の会社は、モーフの会社より給料が高かった。
今は次の働き口を探しながら、リゴルネットの配達員をして、取敢えず食い扶持を稼ぐ。
バイクを買ったのは工場で働いていた頃で、何事もなければ、次の春には借金を返せる予定だった。
同級生は、借金を返す為に食費を削って、昼は学食で食費を浮かせる。
リストヴァー市で育てた野菜や他の街から仕入れた食材で作る料理は食券を買って食うが、救援物資を右から左の簡易昼食なら、工業高校の生徒はタダで食わせてもらえる。
バイクの借金を返せないと、色々大変なコトになるらしい。
同級生は何度も同じ愚痴を聞かせるが、借金関係のコトは難しくて、モーフには何度聞いてもよくわからなかった。
わかったのは、借金して何か買うと、色々大変な目に遭うコトだけだ。
ソルニャーク隊長が首を傾げる。
「配達にノルマがあるのか? 隙間時間に自分の都合に合わせて働けるとかなんとか、求人広告には書いてあった気がするが?」
「一日に最低何個配達って決まってて、留守で営業所に持って帰って後で連絡来て再配達して、それで遅くなっても残業代とか出ないって、しょっちゅう愚痴ってるっスよ」
戦争が終わって何年も経つ。
きっちり区画整理されて、広い道路が何本も通り、東教区も随分、風通しがよくなった。
暗がりや汚れたままの場所がなくなり、自治区だった頃と比べると、雑妖は居ないも同然だ。
ラキュス・ラクリマリス王国軍の魔装兵が常駐するようになって、早朝や夕方でも、街の中なら魔獣に襲われる心配がなくなった。
街のあちこちに街灯が立ったので、雨の夕方でも割と安全に帰れる。
モーフが働く工場では、納期の関係で帰りが日没後にずれ込む日には、他所の街と同じように法律で決まった残業代も出るようになった。
ソルニャーク隊長が難しい顔になる。
「残業代が出ないのは、一日に働く時間が決まっていないからか……時給換算すると、店番でもした方がマシな気がするな」
「バイクはガソリン代掛かるし、税金も掛かるし、配達終わったら、いちいち端末で証拠写真撮ってリゴルネットに送らなきゃで、端末代と月々の接続料も要るのに経費を出してくれないから、持ち出しが多いって言ってたっス」
モーフは、もうすっかり憶えてしまった友達の愚痴をつらつら並べた。
ソルニャーク隊長が苦笑する。
「儲からないどころか、逆に損しているのか?」
「でも、バイクでいろんなとこ行くの楽しいから、辞めらんねぇって」
「西教区以外にも配達に行くのか?」
「隣のゼルノー市にも行くっつってたっスよ」
ソルニャーク隊長が、思い出した顔で呟く。
「メドヴェージも、リゴルネットの配送をする運転手仲間が、似たような愚痴を吐いていると言っていたな」
「おっさんもリゴルネットの仕事してるっスか?」
モーフは、久し振りに運転手のおっさんの話を聞いて、思わず食いついた。
「いや。メドヴェージの運送会社は、工場としか契約していないそうだ」
「じゃあ、おっさんの友達? トラックの免許あンのにそんな扱いなんスか?」
大型トラックの運転手は、リストヴァー市では特殊技能を持つ専門職として尊敬されるが、バルバツム連邦から来たインターネット通販の会社にとっては、そうではないらしい。
ソルニャーク隊長が、軍手の指を一本ずつ折って数え上げる。
「まず、普通のトラックは燃料が高い」
「戦争終わって経済制裁も終わったのにっスか?」
「燃料代が高い原因はそれだけではないが、まぁ、戦前より高いな」
「魔法の車はどうっスか?」
モーフは、いつだったか社員食堂にあるニュースの板で見た記事を思い出して聞いてみた。
隊長が更に指折り数える。
「魔道発電式電気自動車は、車の値段自体がとても高い。それに加えて、我々無原罪の清き民では魔力の充填代が高くつく」
「車走らす時、いちいち誰かに魔力入れてもらわなきゃなんないんスか?」
「そうだ。この街には魔法使いが住んでいないから、ゼルノー市まで行かなければ、充填済みの【魔力の水晶】を調達できない」
「余分に手間が掛かって面倒臭ぇっスね」
「それでも、燃料のように国際情勢で値段が左右されないから、魔力の方が安くなることがある。急に値上がりする心配がなく、値段が安定していると言えるな」
急に話が難しくなって、モーフは質問すら思いつかなかった。
黙々と手を動かして、雪の中から野菜を掘り出して収穫籠に詰める。
「メドヴェージがその友達から聞いた話によると、リゴルネットの配送を受託した業者は、再配達の運賃が出ないせいで儲からないどころか赤字になる日もあるそうだ」
「えぇ? 留守にしたのは荷物もらう奴なのに?」
モーフは驚いて手が止まった。
隣の畝で収穫するおっさんも話に入って来た。
「俺も自転車借りてちょっとだけやってみたコトあるけどな。荷物が重いと坂を上るのが大変で大変で、一カ月で辞めちまったよ」
「坂道はタイヤが下へ転がるし、歩いた方がマシじゃねぇの?」
おっさんは、ハンドルを握るような格好をして苦い顔になった。
「俺もそう思って自転車降りて歩いたんだけどな。後ろの荷物が重過ぎて前輪が上がって倒れちまって、荷物も自転車も壊れて弁償させられたんだ。あんなモン、やってらんねぇよ」
「それは大変でしたね。怪我はありませんでしたか?」
ソルニャーク隊長がおっさんを気遣う。
「あぁ。最初の日に請負契約だから労災保険掛けねぇし、怪我しても保障も何もねぇから気ぃ付けろよって言われてたからな。怪我しねぇようにハンドルから手ぇ離したらこれモンだよ」
おっさんは、赤ん坊くらいの大きさに育った野菜を収穫籠に入れて顔を顰めた。
……ローサイ保険って、俺がヤクの売人に轢かれた時、病院代がタダんなった奴だよな?
モーフは記憶を手繰ってみたが、話が難しくてよくわからなかったせいで、詳しく思い出せなかった。
ソルニャーク隊長が頷く。
「配達中に交通事故に遭っても、医療費も休業補償も何もありませんからね」
「あぁ。最初の日にバーッと説明された時はよくわからんかったがよ、自転車倒れた時にこれのコトかって思ってな。大怪我する前にとっとと辞めてやったんだ」
おっさんは何故か得意げだ。
ソルニャーク隊長が、農業指導員としてボヤく。
「あなたと似たような理由で配達員を辞めて、畑に来る人が多いのですよ」
……あぁ、それで聞かれたのか。
「配達中、事故に遭っても保険がないこと、再配達代が支払われないこと、リゴルネットから燃料代が出ないことなど色々あって、次々人が入替っていると聞きましたよ」
「ま、俺もそのクチだからな」
自転車で配達したと言うおっさんは、山裾の畑を見回した。
今日は雪が積もって寒いからか、作業するのはこの三人だけだ。
山裾の畑なら、野菜が病気や害虫や動物などにやられなければ、収穫の分け前がもらえる。
普段の農作業に参加すれば、外国の信徒が送ってくれた救援物資の食料をもらえるが、あんまり人数が増え過ぎると足りなくなるかもしれない。
リストヴァー市は、キルクルス教徒だけの自治区ではなくなってとても住みやすくなったが、まだまだ支援が必要だった。
☆俺がヤクの売人に轢かれた時、病院代がタダ……「2911.治療費の心配」「2916.事件のその後」参照




