3654.事件が繋がる
「それから、クルィーロさんにもう伝えたか、ちょっと憶えてないんですけど、バルバツム連邦の政府と企業が、不法移民を使ってるって言う情報が入りました」
クルィーロは初耳だ。
「何それ?」
「あ、まだ伝えてませんでしたか」
ファーキルはデスクトップパソコンの画面に向き直り、その情報をまとめたフォルダを開いた。
フォルダの中身は、共通語で書かれた何本ものニュースのスクリーンショット、誰かが書いた報告書のファイルだ。
記事は、バルバツム連邦軍が自国の不法移民を正規軍に取込む動きがあることを伝える。
写真付きの記事もあった。
どうやら求人広告らしいが、クルィーロの語学力では、専門用語など、知らない単語が多くてよくわからない。
ファーキルが気付いて主旨を教えてくれた。
「記事の画像は、今年の四月に募集を始めたバルバツム連邦在住の不法移民向けの求人広告ですね」
「不法移民限定で求人? 政府が?」
クルィーロは面食らった。
「犯罪歴と精神疾患の病歴のない不法移民限定ですけど、軍務に就く間だけ就労の在留資格をくれて、三年間、何も問題を起こさないで勤め上げたら、正式にバルバツム国籍をくれるそうです」
「給料は?」
クルィーロは、バルバツム連邦政府が不法移民の足下を見て、不当に安く扱き使うような気がして聞いてみた。
ファーキルは記事の該当箇所を指でなぞって答える。
「兵役義務のバルバツム人と同じです」
「へぇー……給料は一緒なんだ? 何かよさげだけど、その在留資格や国籍って移民兵の家族はどうなるんだ?」
「家族については記事のどこにも書いてなかったんで、バルバツム軍の公式サイトで調べてみたんですけど、在留資格も国籍も本人だけでした」
クルィーロは息が詰まるような思いで、記事の画像を見詰めた。
「いや、それ、その人の子供とか、どうすんの?」
「子供をどうするかとか、連邦軍の公式サイトには何も書いてませんでした」
どうにか疑問を言語化すると、ファーキルは暗い顔で答えた。
「えぇ? 大事なコトなのに何で求人出した連邦軍がなんも書いてないんだ?」
「俺も気になって移民局の公式サイトを調べてみたんですけど、求人に応募してきた人の子供は、移民局で一時保護して、他の家族や親戚がバルバツムに居れば、その人と一緒に国籍がある国に送り返すそうです」
「えッ? それって、求人を餌に不法移民を捕まえて送り返す罠じゃない?」
「多分、バルバツム政府もそのつもりで、連邦軍のサイトにはそのコトを書いてないんだと思います」
ファーキルは、ますます顔を暗くして答えた。
バルバツム連邦政府は、他部署の公式サイトに求人条件の続きを書いて「ちゃんと説明した」と言い逃れするつもりなのだ。
……軍隊の求人に応募する人が、そんなトコまで見るワケないのに。
「なんだよその罠求人。応募者とその人の子供だけで来てたらどうなるか、書いてた?」
「十八歳までは移民局で一時保護して、その後は、出身国に強制送還って書いてました」
「バルバツムの不法入国者保護施設って、子供を学校に通わせなくて、共通語も何も教育しないって何かのニュースで見た気がするんだけど?」
クルィーロは憤りで声が震えた。
共通語の堪能なファーキルが、画面を睨んで肯定する。
「えぇ。ただ単に最低限の衣食住を与えるだけですね」
「十八歳まで何も教えないで飼い殺し? そんなんで母国に送り返されても生活できないよな?」
「だから、バルバツムの人権団体がしょっちゅう連邦政府に抗議してるんですけどね。ずっと何も変わらないんですよ」
「えぇ……?」
クルィーロは驚きと呆れ、憤りがごちゃ混ぜになって言葉にならなかった。
ファーキルが、冷めきった紅茶を飲み干して話を戻す。
「現地に行った協力者の人が、ネットに載ってないことを調べてくれたんですけど、この求人、力ある民しか採用してないみたいです。力なき民の不法移民は、求人で誘き寄せて強制送還してる感じですね」
「は? えーっと……あれか? アーテル軍の特殊部隊みたいなのを作って魔獣と戦わせるとか?」
クルィーロは、なけなしの情報を掻き集めて聞いた。
「アーテル陸軍の魔獣駆除特殊作戦群には、隊員全員に光ノ剣がありますけど、バルバツム軍はニュースを見た限り、戦時中にアーテル政府からもらった数本しかないみたいですからね」
「光ノ剣って、聖典に載ってる魔法の剣だっけ?」
「そうです。魔力のある人が持てば【魔除け】が常時発動して、実体のない魔物を斬れて、攻撃魔法を使えない人でも、呪文をトチらなければ【光の矢】を飛ばせる剣です」
「近接も遠隔も防禦もイケるって、何気に凄いな」
改めて性能を説明され、クルィーロは感心した。
光ノ剣は、鍛造する職人が力なき民でも、それらの効力が発動する魔道具だ。だからこそ、聖者キルクルス・ラクテウスは、善き業として書き留めたのだろう。
「で、応募者の中で、魔力はあるけど軍務に向いてない人は、民間企業に紹介してアーテルに送ってます」
「えッ?」
クルィーロは紅茶を飲みかけた手が止まった。
「リゴルネットはもっと前からスラムとかで求人してましたけど、それを政府が後押しするようになったんですよ」
「アーテルの物流倉庫で住込みの警備員させるけど、実際は【魔除け】の敷石の魔力源扱いなんだっけ?」
「そうです。家族も一緒に住めるけど、倉庫の敷地から一歩も出ないようにって言うアレですけど、力ある民が死んで、その世帯が力なき民だけになったら問答無用で放り出されます」
「それって……魔獣の餌にするって言ってない?」
ファーキルは、クルィーロの確認に無言で頷いた。
「それだけじゃありません。不法移民の子を集めて、魔力を持つ子は【魔力の水晶】の充填に使ってます」
「ん? って言うか、あの国、魔道具の所持って違法じゃなかった?」
「以前から、魔法文明圏出身の正式な移民は、服とか護符とか、一部の魔道具は所持が許可されてました」
「あ、いいんだ?」
クルィーロは拍子抜けした。
「大聖堂が聖典を全文公開してからは、【魔除け】の呪符とか、聖典に載ってて特に否定的な記述のない魔道具も解禁されました。魔法薬も、ローシカ製薬の件がなければ、連邦議会が解禁を審議する予定でした」
「へぇー……それで、不法移民に充填させた【魔力の水晶】って何に使うかもわかった?」
「空っぽの【水晶】は求人に応募してきた人の魔力の有無を調べるのに使って、充填したものは紛争地域に送ったアーテル人の孤児に持たせて【癒しの風】です」
「あッ……!」
幾つものニュースが、クルィーロの頭の中で繋がった。
ひとつひとつもそれぞれ酷いが、合わさると更に酷い。
「今年の五月だったか六月だったか、波風新聞にバルバツムのスラム街で不法移民の子が誘拐されてるって記事が載ったんですけど」
「え? 知らない」
その新聞社の名称自体、クルィーロは初耳だ。
「波風新聞は、マコデス共和国の大衆紙ですけど、その記事に関しても、バルバツムに居る同志に調べてもらいました」
「何かわかったんだ?」
「誘拐犯はバルバツム連邦軍でした」
「は?」
「その人の調べによると、ニュースになる何年も前から……えーっとですね……印暦二一九六年二月から、バルバツム軍が不法移民の子を誘拐して魔力源として使ってたみたいです」
ファーキルは、言いながら報告書内を検索して、正確な時期を教えてくれた。
今は、印暦二二〇一年十二月だ。
印暦二一九六年二月と言えば、バルバツム連邦軍がアーテル共和国で孤児を集めて、呪歌【癒しの風】の訓練を始めた時期と重なる。
「スラム街で不法移民の子を集めて【水晶】で魔力の有無を調べて、魔力があれば【水晶】の充填要員として陸軍基地に囲い込んで、力なき民の子はそのまま行方不明になったんで、多分、口封じされたんじゃないかなって」
クルィーロは、あまりのことに言葉が出なかった。
☆バルバツム連邦軍が自国の不法移民を正規軍に取り込む動き……「3413.報道が繋がる」参照
☆戦時中にアーテル政府からもらった数本……「1899.突然の七連休」「1905.王都の来訪者」参照
☆ローシカ製薬の件……「3549.飛び交う批難」「3565.続報を調べる」参照
☆スラム街で不法移民の子が誘拐されてるって記事……「3413.報道が繋がる」「3414.外国人の記者」参照
☆印暦二一九六年二月から……「3262.連邦の選挙戦」参照




