3653.湖東の活動家
いつもより早いが、クルィーロは週半ばにマリャーナ宅へ情報提供しに行った。
世界を股に掛ける総合商社パルンビナ株式会社との協力関係は、地域密着の中小企業カルタルス商会にとって、重要な繋がりだ。
「今日も夏の都に行って来るよ」
「三日くらい前に行ったばかりだよな?」
父パドールリクが訝る。
クルィーロは、ファーキルが社用アドレスで送ったメールを指差して、隣の席に座る父に言った。
「ファーキル君に呼出されたんだ」
「あぁ……わかった。気を付けてな」
「うん」
今日の業務は、特に急がないものばかりだ。
総合商社パルンビナ株式会社との情報交換も、カルタルス商会の業務の一環なので、アピウム営業所長からは特に何も言われない。
クルィーロは急いでアミトスチグマ王国の夏の都に跳んだ。
「おはようございます。ファーキル君に呼ばれたんですけど」
「クルィーロさん、おはようございます。いつものお部屋でお仕事してますよ」
今日のファーキルは在宅勤務で、顔馴染みになった使用人にパソコン部屋へ案内された。
お茶を飲んで少し雑談を交わしてから、作業に入る。
「ちょっとデータ大きいんで、直接繋いで渡しますね」
ファーキルはクルィーロからタブレット端末を受取ると、ケーブルでデスクトップパソコンと接続した。
有線で接続しても、データの複写には結構な時間が掛かる。
クルィーロが、環境活動家「水質汚濁を防ぐ会会員五号」のアカウントで出した情報に対するSNSの反応と、それをウェブメディアが記事化したニュース、その記事に対するコメントやSNSの反応だ。
予想以上に検証動画第二弾の拡散が進み、それを引用して湖東語で意見を書込む者が多かった。
「湖南語訳、時間がある時に目を通してもらえたらいいんですけど」
「うん……凄い反響だな? これってジゴペタルム人ばっかり?」
「う~ん……SNSの所在地情報って、自分で好きな場所にできますから、正直に書く人ってあんまり多くないんですよね」
「あぁ……俺もそうだもんな」
クルィーロは、SNSのプロフィールに表示する所在地を「ラキュス湖」だけに留めた。
国籍も、居住する島も何も書かない。
正直に書けば、活動に支障が出るかもしれないからだ。
レノたちは、パンの椿屋のアカウントに商店街の所在地を表示させるが、自宅アパートは書かない。
ワゴン車での移動販売で、開店する場所が毎週違うのもあるが、家にまで押しかけて来る非常識な者が居ないとは限らず、防犯の為にそうするのだ。
ファーキルは、デスクトップパソコンで複写元のデータを開いた。
文書作成アプリのファイルだ。SNSのスクリーンショットで、画像の隣には湖南語訳が添えてある。
〈水質汚濁のみならず、子供の人権を踏み躙るとか、人として有り得ないだろ〉
〈湖水を穢して気にもしない連中ってのは、人の命も平気で粗末にするんだな〉
〈自分とこの兵士の命を助ける為に外国から子供を攫って癒し手にするなんて〉
〈しかも、イヤって言えない孤児だろ?〉
〈最低ね〉
〈キルクルス教徒ってのはみんなそうなのか?〉
〈ウチの国のキルクルス教徒もやたらカネにがめついよな〉
〈ラキュス・ラクリマリス王国との再統合を拒否する連中の気が知れない〉
〈バルバツム企業からカネもらってるんでは?〉
〈外国企業に買収された政治家って汚職じゃないの? ヤバくない?〉
〈アーテル人って子供を殺されても気にしないのか?〉
〈食料とか援助してもらってるから、言いたくても言えないのでは?〉
〈孤児が減ったらその分、食べ物の分け前が増えそうだし〉
〈バルバツム軍をなるべく早く叩き出して、すぐ再統合しないと、アーテルの未来が潰されるんじゃないか?〉
「これとは別に湖南語が堪能な環境活動家の人が、湖東語の投稿を引用して湖南語訳して拡散してくれてるんですよ」
「その活動家の人も、俺たちの……って言うかファーキル君の知合い?」
「いえ。SNSを見た限り、武力に依らず平和を目指す活動とは関係ない……純粋な環境活動家の人だと思います」
「俺たちと利害が一致した感じ?」
「そうなりますね。フィアールカさんと五号さんの繋がりもありますし、どこまで関係が繋がってるか、俺にもちょっとわかんないんですけど」
「ふーん……?」
クルィーロは、会ったことすらない異なる言語の者たちとも、同じ目的の為に繋がれるのが不思議だった。
平和を目指す仲間たちは、ラキュス・ラクリマリス王国とアーテル共和国を再統合したい。
アーテルが、キルクルス教の信仰と、バルバツム連邦とのゆるい経済関係を維持するのは構わないが、国政を動かす程の強力な鎖は、再統合の妨げになる。
国家再統合の実現には、戦時中から駐留し続けるバルバツム連邦軍を追い出し、バルバツムの政財界がアーテル社会に掛けた軛も断ち切らなければならなかった。
ラーヌンクルス電池産業は、アーテル共和国本土でも用地を買収。ジゴペタルム共和国の裁判を放置してアーテルに製造拠点を移すつもりだ。
このままアーテル領に新設した工場が操業すれば、判決が出ても賠償金を払わずに逃げ、同じ公害を繰返すだろう。
環境活動家は、湖水を汚染して責任逃れしようとするバルバツム資本のラーヌンクルス電池産業をラキュス湖周辺地域から追い出したい。
逃げ得を許したくない環境活動家は、アーテル共和国からバルバツム連邦の影響を排除する必要があるのだ。
「アミエーラさんにも、この湖東語の発言を引用した湖南語訳の投稿を魔獣激ヤバさんのアカウントで拡散してもらってるんです」
ファーキルに言われ、クルィーロは隣席のノートパソコンを借りて、SNSを開いた。
アミエーラは、運び屋フィアールカに借りた端末で「魔獣激ヤバ」のアカウントを使う。
一番の目的は、アーテルの現状を伝える風景写真を投稿することだが、写真の投稿一回に対して三回、「アーテル人の孤児を少年兵として働かせるバルバツム軍」を「ジゴペタルム共和国で公害を発生させたバルバツム企業」と絡めて批難する投稿を拡散させる。
クルィーロは苦笑した。
「魔獣激ヤバじゃなくて、公害激ヤバとか、バルバツム軍激ヤバみたいな感じになってきたなぁ」
「どっちもアーテルと関係ある話ですからね」
「アーテルの電池工場って、もう完成した?」
「他の同志が定点観測してるんですけど、来月には終わりそうな感じですね」
……ラーヌンクルス電池産業の工事現場を定点観測?
クルィーロは初耳だ。
「ラーヌンクルス電池産業は、リゴルネットに教えてもらって、マコデス共和国で魔獣駆除業者を雇って工事現場で土魚対策させて、他の魔獣も駆除させて、資材はこの辺で買うと高くつくから、輸送費を払ってでもバルバツムで調達してるんですよ」
「でも、【魔除け】の敷石とかないと、工事が終わった後も駆除屋さんを雇い続けなきゃ、やってけないだろ?」
「アルトン・ガザ大陸南部の旧植民地から【魔除け】の敷石を調達して、バルバツムに居る不法移民の内、魔力がある人を警備員として雇って配置する計画みたいですよ」
「あぁ……リゴルネットと全く同じコトしようとしてるんだ?」
「そうなりますね。工員は現地のアーテル人を安値で雇うみたいですけど」
ファーキルは、クルィーロが全く知らない情報をつらつら並べた。
彼が語るのは、総合商社パルンビナ株式会社の役員マリャーナが許可した情報、あるいは、クルィーロたちに知らせた方がいいと思った情報だけだ。
クルィーロは、世界展開する総合商社パルンビナ株式会社が持つ情報網がどこまで広がるか、空恐ろしくなった。




