3652.共通語の反応
クルィーロはチキンサンドセットを急いで食べると、ジゴペタルム共和国の首都ジゴンから、ラキュス・ラクリマリス王国のトポリ市にあるカタラクタ商会の営業所に戻った。
湖東語が堪能なトカニーナ先輩が、クルィーロの顔を見るなり聞く。
「お帰り。ちゃんと食べられた?」
「意外と通じましたよ」
「何を注文したんだ?」
父パドールリクが、ホッとした顔で聞く。
「チキンサンドセット。飲み物は五種類の中から選ぶんだけど、ちゃんと珈琲って通じたよ」
「そうか。湖東語、いつの間に勉強してたんだ?」
「寝る前とかにちょっとずつ」
「そうか。頑張ってるんだな。でも、寝不足は身体に毒だから程々にな」
「うん。お昼は当分、ジゴンで食べるからよろしく」
「あんまり無理しないようにな」
……勉強を程々にって、子供の頃だったら有り得ないな。
クルィーロは魔法の塾をサボってばかりで、両親には勉強しなさいと叱られてばかりだった。
連想で母の声を思い出し、胸の奥がじわりと痛む。
母はマスリーナ市で働いていたが、アーテル共和国軍とラニスタ共和国軍の爆撃で亡くなった。
ゼルノー市にあった自宅は、空襲か星の道義勇軍のテロで全焼。職場の工場から命からがら逃げたクルィーロは、一葉の写真も持ち出せなかった。
もう遠くなった母の顔を思い出そうとしても、朧げな輪郭しか浮かばない。
それなのに叱る声の記憶だけは鮮明だ。
そんな気持ちを抱えながらでも、午後の仕事は何事もなく終わった。
父と連れ立ってトポリ市内の自宅アパートに帰る。
夕飯後、今日の首尾を運び屋フィアールカとファーキルにメールで送った。
〈お疲れ様。当分、その調子でお願いね〉
〈お疲れ様です。モガール記者の検証動画、第二弾が出ました〉
ファーキルは、明日用の湖東語記事一覧に加え、ユアキャストのURLも寄越した。早速、イヤホンをつけて再生する。
モガール記者が協力者に頼んで、バルバツム連邦軍がアーテル人の孤児をどうしたか【明かし水鏡】で確認してもらう生配信のアーカイブ動画だ。
……記者の人の言う通り、アーテル政府はこの動画を証拠採用できないな。
画面をスクロールして、動画の下にあるコメント欄を見る。共通語の否定的な発言が大量に投稿され、湖南語の書込みをみつけるのが大変なくらいだ。
教科書にも辞書にもない単語が多い。前後の文脈から推測しようにも、その単語単独での投稿ではどうしようもなかった。
諦めて、教科書通りの記述を拾って共通語圏での受け留め方を探る。
〈はいはい。フェイクフェイク〉
〈動画なら幾らでも細工できる〉
〈魔法で水を動かしているのでは?〉
〈外国の三流紙が何を言っても、バルバツム軍は気にしないでしょう〉
〈彼は新聞記者ですらない〉
〈アクセスさえ稼げれば、何でもありなんだろう〉
……この記者と協力者の人って、ラゾールニクさんの知合いなんだよな?
モガール氏のSNSを見た限り、初めての取材は、呪医セプテントリオーの自宅を郷土資料館として公開した開館記念式典だ。
彼がフリージャーナリストになったのは戦後のようだが、もしかすると、戦時中から、武力に依らず平和を目指す活動に参加していたかもしれない。
直接には会ったこともない人が、志を同じくして平和を守る為に活動する。
クルィーロは、縁の不思議さをしみじみ噛み締めた。
共通語でSNSをサイト内検索してみる。
検証動画を埋め込んだ投稿が大量に引っ掛かったが、こちらの引用コメントもスラングだらけで読めなかった。
共通語のニュース自体は、教科書通りのきちんとした表現だ。知らない専門用語は、検索すれば辞書サイトですぐわかり、どうにか読解できる。
……もうちょい共通語を勉強したら読めるんだろうけど、ネットスラングってどうやって勉強すればいいんだ?
後でファーキルに勉強方法を教えてもらうことにして、バルバツム連邦政府の反応を探る。
共通語で単語の組合せを色々変えて検索してみたが、タブロイド紙の記事が一本しか出なかった。
高級紙は、バルバツム連邦政府にとって不都合な情報を記事にしないか、書いても握り潰されるのかもしれない。
バルバツム軍、アーテル人の孤児を殺害か
今般、バルバツム軍の悪行を映した動画がSNSで話題沸騰中だ。
一本目は、ドラクラ共和国内にあるバルバツム軍の駐屯地で、アーテル人の孤児が衛生兵として働かされる映像。
二本目は、フリージャーナリストがその動画の内容を魔法の深皿【明かし水鏡】で検証する映像で、マコデス共和国の波風新聞には、その結果を文字起こしした湖南語の記事も載る。
今回は、検証動画の第二弾で、アーテル共和国内に設置されたバルバツム軍の駐屯地で、治癒魔法の効果を持つ歌の訓練を受けるアーテル人の孤児が、現在どうしているかを魔法の道具で調べる内容だ。
記者の協力者は匿名で、魔法の深皿を調達して使用するが、今回の動画では彼の正体も判明した。
衝撃的な内容だが、この動画の会話はすべて湖南語だ。弊紙は、我が国に留学中のアーテル人学生の協力を得て、湖南語を共通語訳した。
「検証動画第二弾【共通語訳】会話の全文」に続く
本文と合わないアクセス数稼ぎの釣り見出しで、次の記事に誘導して終わりだ。
クルィーロは苛ついたが、仕方なく、続きの記事にも目を通した。
アーテル人の留学生は、教科書通りの共通語に訳したので、クルィーロでも読解できた。
記者と協力者の遣り取りを逐語訳したものだ。
細かい点は微妙に違う気がするが、これは留学生の語学力の問題だろう。
クルィーロには、留学生をとやかく言える語学力などない。
留学生の翻訳には、少なくとも、話の趣旨を歪めた記述が見当たらなかった。
記事の末尾には、モガール記者がユアキャストに投稿した検証動画のURLも添えてある。
信用度の低い新聞の方が事実を正確に伝えやすいのは、皮肉としか言いようがなかった。
これも、話題になれば検索除外されるかもしれないので、スクリーンショットを撮っておく。
クルィーロは翌日も、ジゴペタルム共和国の首都ジゴンに跳び、昨日とは別のカフェに入った。
水質汚濁を防ぐ会会員五号の端末で、タブロイド紙の記事「バルバツム軍、アーテル人の孤児を始末」と「検証動画第二弾【共通語訳】会話の全文」を開く。
今はまだあるが、いつバルバツム連邦政府に消されるとも知れない。急いで拡散した。
ラキュス湖の水質汚濁公害とは無関係な記事だが、これも水質汚濁を防ぐ会の同志の手で瞬く間に拡散される。
……あ、そっか。ラーヌンクルス電池産業がバルバツム資本だからか。
水質汚濁訴訟を見守る環境活動家は、その為に共通語を勉強した者が多い。彼らは、バルバツム連邦軍の悪行に対しても、同じように憤りを感じたのだろう。
〈拡散、有難うございます〉
クルィーロは、ファーキルが用意してくれた湖東語の文字列を貼付けて謝意を示した。
☆モガール記者の検証動画第二弾……「3648.検証の第二弾」~「3650.告発の呼掛け」参照




