3650.告発の呼掛け
タブレット端末の画面の中で、モガール記者が気を取り直して発言する。
「でも、バルバツム連邦軍って、アーテル共和国へ復興支援しに行ってるんですよね? 救援物資を運んだりとか」
「バルバツム連邦政府が発表した名目はそうですが、バルバツム連邦軍は魔哮砲戦争の終戦間もない頃から、アーテル領内に設置したバルバツム軍の駐屯地にアーテル人の孤児を掻き集めて、治癒魔法の呪歌を訓練させて、アルトン・ガザ大陸南部の紛争地域に呪歌専門の衛生兵として派遣しています」
赤毛のフリージャーナリストに協力する魔法使いの男性は、魔法の深皿【明かし水鏡】に手を浸したまま発言した。
手を浸した者の発言内容に虚偽があれば波立つが、銀の深皿を満たした水は全く動かない。
モガール記者が、どこからか魔道具【明かし水鏡】を借りて来てくれた協力者の男性に聞く。
「復興支援を隠れ蓑にして、実際は、バルバツム軍に逆らえない【魔力の水晶】で治癒魔法を行使できる少年兵を調達する為だった、と言うコトですか?」
「それだけではありません。ついこの間、元バルバツム兵の告発生配信がありましたが、バルバツム連邦軍は、自軍の兵士にローシカ製薬製の正規品の鎮痛解熱剤を投与して、それで薬物依存症になった兵士を新兵器の実戦での実験に投入して魔獣と戦わせています」
協力者の男性は、確認済みのことを重ねて問わず、動画の視聴者が気になるであろうことを魔道具に問うた。
虚偽に反応する水は、これにも微動だにしない。
「酷い……」
「え? 何それ?」
「そんな動画知らないんだけど?」
「自分とこの兵隊さんにもそんなコトしてるの?」
アミエーラと共に食卓を囲む平和の花束の四人が、それぞれ自分のタブレット端末を見詰めて呟いた。
端末の画面では、赤毛のモガール記者が、浮かない顔をカメラに向けて視聴者に語り掛ける。
「これで、元バルバツム兵が生配信で告発した内容が、事実であると確認できましたけど、それは、魔法文明圏でだけのハナシです」
「どう言うコト?」
アミエーラの向かいに座る黒髪の歌姫アルキオーネが、形のいい眉を顰めた。
生配信のアーカイブ動画だが、モガール記者は彼女の声が聞こえたかのように言葉を並べる。
「アーテル共和国もバルバツム連邦も、科学文明圏のキルクルス教国で、事件の捜査に【明かし水鏡】とかの魔道具を使うのは違法です。本当に犯人でも、捜査に魔道具を使ったのがわかった時点で違法捜査って言うコトで、無罪になります」
「科学文明圏でも、司法捜査に【明かし水鏡】や【鵠しき燭台】を使う国が増えました。寧ろ、捜査に魔道具を使用しない国の方が少数派ですが、アーテル共和国とバルバツム連邦では、それらの使用が法律で禁止されています」
協力者の男性が左手を魔法の深皿に浸した状態で発言した。
銀の深皿【明かし水鏡】を満たした水は、波紋ひとつ立てない。
「だから、アーテル共和国側はこの生配信を証拠採用できませんし、バルバツム連邦側は、俺たちが先に公開した検証の生配信をフェイクニュース呼ばわりして全面的に否定しています。これも否定するでしょう」
モガール記者は、もどかしそうに言った。
表情を改めて、遠い目をして語り掛ける。
「でも、アーテル側の調査が入る前にアーテル人の孤児を手に掛けて、証拠隠滅したバルバツム軍の人は、自分たちが何をしたか、よくわかってると思います」
赤毛のモガール記者は、一呼吸置いて続けた。
「退役してからでもいいんで、あの右足を失くした元兵士の人みたいに勇気を出して告発して欲しいです。政府が認めなくても、少なくとも魔法文明圏なら、こうして魔道具で内容の真偽を確認できますから」
湖南語話者は、世界的に見れば少数派だ。
この呼掛けが、共通語話者のバルバツム兵に伝わる可能性は低いだろう。
誰かが共通語訳してくれるのを待つしかない。
協力者の魔法使いが、魔法の深皿【明かし水鏡】を満たした水から手を出してハンカチで拭いた。
モガール記者が、思い出した顔を協力者に向けて聞く。
「ドラクラ共和国で撮影された分って、内部告発なんでしょうか?」
「魔力切れで、これ以上はもう無理です。次に質問したら倒れそうです」
「えっ? でも、レフレクシオ司祭は力なき民だけど、結構いっぱい質問してましたよね?」
モガール記者が意外そうに聞く。
顔出しNGの協力者は、ボイスチェンジャー越しの不自然な声で答えた。
「この【明かし水鏡】は強力な魔道具なので、その分、魔力の消費量も多いんですよ」
「それは前回も聞きましたけど」
「王侯貴族か、平民でもサファイアで補って魔力をフル充填した後なら、力なき民でもしばらくは使えますが、これは魔力が空っぽの状態で借りて、充填しながら質問しました」
「あっ、予算不足で【魔力の水晶】、用意できなくてすみません」
赤毛のモガール記者が、大柄な体を縮めて頭を下げる。
「一応、血筋的には貴族なので、充填しながらでも使えましたけど、これ以上は無理です」
「えッ? 貴族なんですか? あ、だから貸してもらえたんですね?」
「血筋的には一応貴族ですが、ご正室様と嫡子の皆様からは目の敵にされていますよ。こう言うのってどうして、元凶の夫には何も言わないで、産まれた子供や侍女に辛く当たるんでしょうね?」
思わぬところで協力者の身の上話が始まって、アミエーラはどんな顔をすればいいかわからない。
既に【明かし水鏡】から手を出した後で、この話の真偽は不明だ。
モガール記者がありきたりなことを言う。
「言いやすいからじゃないんですか?」
「言いやすさ云々で言ったら、侍女がご主人様に逆らえるワケがないのですが」
「あッ……すみません」
モガール記者がますます小さくなる。
アミエーラは、協力者の男性が顔出しNGの理由に何となく想像がついた。
「まぁ、生物学上の父は申し訳ないと思ったようで、自宅で他の子と同じように育ててくれましたよ。針の筵でしたから、生活費と養育費だけ出して、母と一緒に屋敷から放り出してくれた方がマシだった気がしますけどね」
「俺は平民なんで、貴族の人の考えは全然わからないんですけど、世の中には、正式な夫婦の間に産まれた子でも、離婚したら養育費とかなんにもなしで完全放置の男性も居ますからね」
「そう考えれば、上を見ても下を見てもキリがありませんね。立場的にはアレですが、血筋的には貴族ですから、魔力だけは強くて、この力がお役に立ててよかったです」
「ご協力、有難うございました」
生配信のアーカイブ動画が終わり、アミエーラたち五人は大きく息を吐いた。
☆元バルバツム兵の告発生配信……「3645.退役兵の配信」参照




