3646.孤児兵の処遇
「戦時中、シポーブニク大佐とローク君が、駆除屋のフリしてバルバツム軍に情報提供してたろ」
「えぇ。信用させて情報を引き出す為にそうしましたけど?」
ラゾールニクは、フリージャーナリストに扮してクレーヴェル教会のローク大司教に会いに来たが、彼の正体はラキュス・ラクリマリス王国電脳軍の少佐だ。
少佐が、戦後、大司教になったローク・ディアファネスに確認する。
「アーテル軍の基地でバルバツム軍相手に魔法の講義とかもしてたよね」
「しましたね。この辺じゃ常識レベルのコトしか言いませんでしたけど」
「その動画、未だにバルバツム軍の研修用の教材として使われてるんだ」
「えぇ……?」
魔哮砲戦争の終戦から七年余り経ち、間もなく八年だ。
「君がクアエシートル記者に取材された動画とかも教材になってる」
「クアエシートル記者の生配信もですか?」
……ラゾールニクさんにしては回りくどいな。
ロークは警戒したが、彼が持って来た情報は「既に終わったこと」だ。
今から何かして、結果を変えられるものではない。
「呪歌で彼の割れた爪を治した動画あったろ」
「治癒魔法の例で【癒しの風】を謳いました」
ラゾールニク少佐は同じ調子で続けた。
「その動画が、衛生兵として紛争地に送られた子供たちの教材だ」
ロークは頭を殴られたような衝撃を受けた。
「戦時中、君が謳って記者の爪を治して共通語で解説した生配信のアーカイブをアーテル人の孤児に視聴させて、音楽の素養のあるバルバツム兵が旋律を教えて、呪文は多分、魔獣駆除業者か誰かに書き起こしさせたんだろうけど、旋律を覚えてから改めて教えて、【魔力の水晶】を握らせて治療できるようになれば、共通語がわからなくても、すぐに紛争地へ送ってる」
「えっと……それは、アーテル軍の基地で……ですか? それとも、一旦、バルバツム連邦の基地に連れて行って?」
ロークは動揺を抑えて聞いた。
魔法文明圏と科学文明圏……特にキルクルス教徒との相互理解を促す為にしたことが、アーテル人の子供たちを戦場に送ってしまったのだ。
ロークは胸が焼かれるような心地になり、自分でも意外な程に強い罪悪感を覚えた。
「アーテル軍の基地内に設けたバルバツム軍の仮設兵舎だ。そっちにはアーテル兵が滅多に入らない」
「あ……あぁ……じゃあ、報道されるまで、アーテル軍も知らなかったってコトですね?」
「多分ね。って言うか、教え方を知ったら、アーテル軍も自軍の……例えば、中卒や高卒の兵士に習得させて衛生兵にするよね」
「えッ? アーテル軍には呪歌を謳える衛生兵が一人も居ないんですか?」
予想外の情報に触れ、ロークは驚いた。
アーテル陸軍の魔獣駆除特殊作戦群に配属されるのは、星の標のテロを免れた力ある民の兵士だ。
現在の運用では、光ノ剣を装備させて魔獣と戦わせるだけだが、彼らが呪歌【癒しの風】を習得すれば、自前の魔力で術を発動できるので、貴重な人材を後方支援で有効活用でき、人的損耗を抑えられる上に【魔力の水晶】代も浮く。
「うん。今ンとこ居ないけど、今回の報道で知ったから、また君が謳った動画が教材になるだろうね」
「それは……まぁ、アーテル軍の正規兵なら……別に」
ロークは微妙な気持ちで曖昧に肯定した。
癒し手の資格の有無を問うのは典型的なセクハラだが、中卒や高卒の未成年の兵士が相手なら、ギリギリ許されるような気がする。
そして、衛生兵なら後方支援だ。
魔獣の襲撃現場ではなく、陸軍や空軍の病院で運用されるだろう。
しっかり消毒してから体表の傷を癒せば、包帯やガーゼなどを節約でき、傷口からの感染を防いで死者を減らせる。
魔法に不慣れな力なき民が治癒魔法を掛けられると、身体に流された魔力の強さによっては倦怠感で動けなくなるが、力なき民が【魔力の水晶】を握って謳う【癒しの風】程度の魔力なら、それもない。
自軍の兵士に【青き片翼】学派の呪歌【癒しの風】を習得させれば、【魔力の水晶】に掛かる経費を補って余りある利点があるのだ。
「で、アーテルで何を調べてもらいたいって?」
「さっきの動画の件ですけど、アーテル人の孤児が居るかどうか、バルバツム軍が駐留するアーテル軍の基地を調べて欲しいと思ったんです」
ロークは当初の疑問を正直に伝えた。
ラゾールニク少佐が、あっさり言う。
「あぁ、それならもう調べてあるよ」
「えッ? 流石、仕事が早いですね」
今日のロークは驚いてばかりだ。
「俺じゃなくて、別動隊だけど現地調査と【明かし水鏡】を組合せて色々わかった」
アーテル共和国に駐留するバルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊は、戦時中から治癒魔法に目を付けた。
情報収集を続け、戦後間もない頃からアーテル人の孤児を集めて呪歌の訓練を開始。第一陣は、印暦二一九六年にアルトン・ガザ大陸南部の紛争地域へ派遣した。
バルバツム連邦は、旧宗主国として支配した国や地域を中心に世界各地の紛争地域や、その周辺にある同盟国に基地を設けて展開する。
先の世界大戦以降、武力介入で紛争を止める「世界の警察」と言う体で活動を続けるが、実際には、資源の獲得や軍事上の優位を保つ為、現地の政府や武装勢力に代理戦争を起こさせ、後でそれを止めるマッチポンプが多い。
魔哮砲戦争もそのひとつだ。
アーテル共和国のポデレス政権はバルバツム連邦の策にまんまと踊らされ、独立以来、三十年余り国交のなかったネモラリス共和国にいきなり戦争を吹っ掛けた。
その結果、現在は、未曽有の大水害と魔獣の大量出現、鎮痛剤系違法薬物の蔓延で亡国の危機に瀕する。
ロークは、アルトン・ガザ大陸南部の旧植民地の状況には詳しくないが、どうせ似たり寄ったりだろうと思った。
今回みつかった少女はドラクラ共和国に派遣されたが、呪歌専門の衛生兵にされたアーテル人の孤児は、他の紛争地にもバラ撒かれて運用中だ。
後方支援だが、現地の政府軍や武装勢力、魔獣による駐屯地の襲撃、感染症などで命を落としたアーテル人の衛生兵は少なくない。
それどころか、バルバツム兵の暴行で死亡した少年兵まで存在することがわかった。
「検証動画ではあんまり詳しく調べなかったけど、後で調べ直したら、今も運用中の呪歌専用衛生兵は百三十七人で、現地で死んだ子は四百七十二人だ」
「えッ? そんなに?」
予想外に多く、ロークは言葉が続かなかった。
「最初はイグニカーンス空軍基地内の仮設兵舎だけで教えてたけど、練習方法が確立してからは、アーテルに駐留する各部隊が孤児を掻き集めて訓練して、紛争地に送り込んでるんだ」
「アーテル軍は全然気付かなかったんですか?」
既に過ぎたことだが、ロークは聞かずにはいられなかった。
ラゾールニク少佐がさらりと答える。
「アーテル軍には、雑用係として採用したって言って誤魔化してるね」
「いや、でも……小学生を軍隊で働かせるって、児童労働の禁止とかに抵触しますし、それはそれで人権侵害ですよね? 学校にも行かせてないワケですし」
「最年少は五歳だ」
「えぇッ?」
ロークの脳裡に婚約者の弟の顔が浮かんだ。三歳児健診で魔力が発覚してから虐待が始まり、小学校入学前に殺害された。家族と隠れ信徒仲間が共謀し、事故に見せかけて溺死させたのだ。
「情報は、アーテル軍の現場止まりで、児童労働の件を議会や大統領に報告してないんだ」
「えぇ……? でも、孤児も自国民ですよね?」
「今のアーテルにとって、孤児ってぶっちゃけお荷物だし、自分の食い扶持を自力で稼げるなら別にいいんじゃないか、みたいな感覚なんじゃないかな?」
「えぇ……?」
ロークは、アーテル側の認識を改めた。そこまで余裕を失った状況なのだ。
「それで、つい最近、ドラクラ共和国で動画が撮影されるまで、特に問題視されずに続いてたんだ」
呪歌専門衛生兵の第一陣が紛争地に送られたのは、印暦二一九六年で、現在は二二〇一年。死者は四百七十二人に上る。
孤児たちがアーテルに居ても、魔獣に食い殺されたか、病気の治療を受けられずに死亡する可能性が高い。だが、地元なら友人知人が居て、ギリギリの生活の中でも、僅かなりとも幸せを感じられる日があるだろう。それを支えにして、未来に希望を持てた筈だ。
ロークが握った拳の中で、爪が掌に食い込む。
深呼吸して、ラキュス・ラクリマリス王国軍の少佐に聞いた。
「今、バルバツム軍の駐屯地で訓練中の孤児は解放されたんですか?」
「大統領の命令でアーテル軍が調査した時には、一人も居なかったよ」
ラゾールニク少佐は「解放された」とは言わない。
ロークはイヤな予感がしたが、予想をそのまま口にした。
「それって、もしかして、始末されて、証拠隠滅……?」
「ご明察。話が早くて助かるよ。殺して土が剥き出しのとこに放置すれば、土魚が始末してくれる。アーテル人も、ヤク中にしてるコトだ」
「あぁ……」
ロークは意味を成す言葉が出なかった。
国が再統合していれば、なかったことだ。
魔法の鏡【鵠しき燭台】で調査すれば、バルバツム軍の悪事は白日の下に晒されるが、アーテル本土では魔道具を使用した捜査は違法で、罪に問えなくなる。
そもそも、現在の力関係で、アーテル共和国がバルバツム連邦軍を裁けるか微妙なところだ。
「一日も早く、再統合しなくちゃいけませんけど、俺にできることってありませんか?」
「今ンとこないよ。再統合してから、異端者の再教育とかで頑張って欲しいな。アーテルの聖職者は、星の標が非合法化されてからも及び腰だからさ」
「わかりました」
ラゾールニクは宣言通り、ロークに【制約】を掛け、この会話のすべてを誰にも伝えられなくして引き揚げた。
☆呪歌で彼の割れた爪を治した動画……「2045.呪歌を生配信」参照
☆婚約者の弟……「511.歌詞の続きを」「795.謎の覆面作家」参照




