3645.退役兵の配信
生配信したのは、アーテル共和国に派遣され、身体欠損で退役したバルバツム兵だ。彼はカメラとノートパソコンを二台ずつ駆使して、ユアキャストと微笑み動画に同時配信した。
ユアキャストだけでは、バルバツム連邦政府の圧力で削除されると思って保険を掛けたのだろう。
彼はネットに顔出しせず、膝から下を失った右足を映して、アーテル共和国に派遣された兵士の過酷な状況を世界中に向けて告発した。
「俺んち貧乏で弁護士雇えないし、政府相手に頑張って裁判したって、なかったコトにされそうだから、配信で言います」
右足を欠損した元兵士はそう前置きして、バルバツム連邦陸軍の状況を語った。
「えーっと、まず、連邦軍にはヤク中がいっぱい居ます。何でかわかんなかったけど、夏にローシカ製薬の痛み止めがヤバいってニュースでやってたのを見て、これのせいなんだってわかりました」
この兵士は、キルクルス教徒にしてはあまり学力が高くないらしい。拙い説明をまとめると、アーテル共和国に派遣されたバルバツム連邦陸軍の実態の一端が明らかになった。
入隊時点では厳重に検査を実施し、薬物依存症ではないことを確認する。
だが、訓練や実戦で負傷した兵士は、軍医にローシカ製薬製の鎮痛解熱剤を投与された。軍隊生活の中で、他に選択肢のない正規品の医薬品によって薬物依存症にされたのだ。
個人的な虫歯などでは投与されないが、アーテル共和国で同じ薬を個人的に調達して依存症になった兵士も存在すると言う。
運良く、租借地の病院に入院できた負傷兵は、呪医に魔法で治療され、鎮痛剤を投与されなかった。
「ヤク中になった奴は、新兵器を実戦投入する実験で、使い捨てにされてるんですよ」
退役兵が、ハーフパンツに包まれた膝から下のない腿の上で拳を固める。
「兵器開発庁の研究員が、イグニカーンス空軍基地に来て、ドラレコやウェアラブルカメラの映像とか、負傷兵とか装備品の壊れ方とか見て研究して、新兵器を開発してるんですけどね。強力な武器作っても怪物には全然通用しないんですよ」
退役兵の声が震え、深呼吸を繰返して続ける。
「強力な武器作っても怪物には通用しなくてですね、例えば、射撃の反動で脱臼するだけならマシな方でした」
兵士は共通語で配信する。
微笑み動画の視聴者の多くは日之本帝国人だ。彼の国はバルバツム連邦と同盟を結んだ関係で、義務教育で共通語を学ばせる。
コメントは日之本語と共通語がごちゃ混ぜだ。
ロークは共通語なら堪能だが、日之本語は文字の形でそうだろうと見当がつくだけで、全く読めない。
元兵士は共通語のコメントを拾って反応した。
「マシじゃないのはどんなだって? 大抵は攻撃されて怒った怪物に食われて終わりですよ。火炎放射器タイプの武器は、怪物に浴びせた燃料が燃えるだけで怪物本体は無傷。飛行タイプの奴は火が点いたまま平気で飛ぶから、近くの工場とかに延焼させて大変なコトになって、王国軍の兵士が魔法で消してくれたし」
〈王国軍の兵士が居なかったら火事でヤバいコトになってそう〉
〈その怪物、最終的にどうなったんだ?〉
「ウチの武器じゃ、五百ミリリットルのペットボトルサイズの土魚くらいしか倒せないからね。王国軍の兵士とか、アーテル人の会社とかが雇った魔獣駆除業者が近くに居たら、その人たちが倒してくれました」
〈王国軍の兵士も駆除業者も居なかったらどうなるんですか?〉
「そんなの、逃げるしかないし、逃げ切れなかったら食われて終わりですよ」
〈あの、辛いことを質問してすみませんが、その、足はどうされました?〉
元兵士は恐怖を思い出したのか、説明の声は震えるが、誰かに聞いて欲しかったらしく、饒舌だ。
「俺の足もまぁ、トラックひっくり返されて怪物に引きずり出されて、シートベルトとかあっても引き千切るんですよ、あいつら。で、怪物に食われたんですけどね。足食われてる間に王国軍の人が魔法で怪物倒してくれて、租借地の病院に連れてってくれて、足だけで済んでラッキー……みたいな。なんせアレですよ。丸呑みされたら何も残らないんで、識別票も回収できないから、遺族の人は気持ちの上で区切りも付けらンなくて大変ですよ」
〈なんて言えばいいかわかりませんけど、頑張って下さい〉
〈お大事になさって下さい〉
「有難うございます。傷は魔法で塞いでもらえたんで、今は足がないだけで元気ですよ。これ、治療してくれたのラキュス・ラクリマリス王国のお姫様で、リアル魔法少女。一般兵が勝てない激ヤバな怪物が出たら、白衣のまま飛び出してって怪物ぶっ飛ばしてまた病院戻って魔法で治療。歳もキュアキュア☆マジカルドクターと一緒くらいで、マジで生きててよかったって思いましたもん」
元バルバツム兵は乾いた声で笑った。
〈ラキュス・ラクリマリス王国ってキュアドク居るの?〉
〈リアルキュアドクってマジか〉
〈そこ詳しく〉
〈いや、でも、この人の人生これからハードモードって言うか〉
〈投げ銭~〉
「投げ銭、有難うございます。キュアキュア☆マジカルドクターのことは別の配信でお話しさせて下さい。本場のファンのみんなといっぱい語り合いたいです」
〈ナカーマ☆〉
〈キュアドクなら任せろ〉
〈バルバツムにもファンが居るとか胸熱〉
元兵士はひとつ深呼吸すると、暗い声で続きを語った。
「えっと……それでですね。隊長たちが言うには、春頃までなら、怪物に手足食われても、王国軍の兵士が怪物の腹掻っ捌いて取り返してくれて、租借地の病院のお医者さんが魔法で元通りに繋げてくれてたそうなんです」
〈今は違うんだ?〉
「例の詐欺動画のせいで王国民ブチ切れですよ」
〈あぁ……あれかぁ〉
〈それでも見捨てずに助けてくれるんだ?〉
〈王国兵、意外と任務に忠実なんだな〉
「一応助けてくれましたけどね。先輩たちの話だと、あの動画が出回る前ならすぐ来てくれたのに、今は誰か一人食い殺されるの待ってから来る風だし、怪物に食われた手足は絶対に取り返してくれなくなったって……要はあの詐欺女のせいでこのザマってコトですよ」
元バルバツム兵は、右足の膝から下の何もない空間を指差した。
〈うわぁ……〉
〈詐欺師最悪だな〉
〈巻添え食ってとばっちりじゃん〉
〈カネ巻き上げるだけじゃなくてこんな実害が〉
〈詐欺師の手足が千切れますように〉
〈コラコラ、呪うな呪うな〉
元兵士は、身じろぎして座り直すと、話を戻した。
「詐欺女も悪いけど、バルバツム政府の方が最悪ですよ。ルスタートル司令官が何回も撤退しようって進言してるのに議会はフル無視して、ヤク中にされた奴は絶対勝ち目ない怪物相手に新兵器で戦わされて、普通の輸送任務でも怪物にトラックひっくり返されて食われたりとかで、他の紛争地への派遣じゃ有り得ないくらい大量に死傷者出してるのに全然派兵やめないの、マジどうにかして欲しいです」
ロークは昨夜、この動画で初めてバルバツム兵の生の声を聞き、言葉にならない感情が腹の底に澱んだ。
☆身体欠損で退役したバルバツム兵……デルタ伍長の部下「3412.痛みを忘れる」「3413.報道が繋がる」参照
☆ローシカ製薬の痛み止めがヤバいってニュース……「3565.続報を調べる」参照
☆個人的な虫歯……「3277.フリマで買物」参照




