3644.連邦軍に抗議
ロークは、クラウストラとは連絡が取れないが、ラゾールニクとなら今でも連絡がつく。
〈相談があるんですが、お時間のある時にウェブ会議をお願いできますか?〉
〈今からそっち行くけど?〉
フリージャーナリストのフリをする職業軍人の予定は読めない。
ラゾールニクは、どこからか、ネモラリス島のクレーヴェル教会まで会いに来てくれた。
大司教の執務室に【防音】と【鍵】を掛け、ローク大司教に向き直って言う。
「で、相談って何?」
「クラウストラさんと連絡が取れない件です。アーテルで調べて欲しいことがあるんですけど」
二人は扉の前で立ったまま、無言で見詰め合った。
執務室の隅に置かれたキャットタワーで、ラキュス・ラクリマリス王国政府が監視に付けた使い魔のハチワレ猫が聖職者と軍人を観察する。
「後で【制約】していいなら状況を教えるけど、どう?」
「お願いします」
ロークは手掛かりのない闇に居るより、誰にも伝えられない情報を新たに抱えることを選んだ。
ハチワレ猫を支配する魔法使いには、知られても構わない情報らしい。
二人は、応接用のソファに差し向かいで座った。
ロークが鎮花茶を淹れてラゾールニクに勧める。
薬効のある甘い芳香がふわりと広がり、緊張が解れた。
「アーテルでは、まだまだ再統合反対派が諦めてなくてね。選挙が終わった今もミェーフ大統領は命を狙われ続けてるんだ」
「そのようですね」
ロークも、断片的に報じられる大統領暗殺未遂の記事を度々目にした。
「情報収集もしてるから、再統合が完了するまでは護衛を切れないんだ」
「ラゾールニクさんはいいんですか?」
「交替勤務で別件でも同時に動いてるんだ。シポーブニク大佐は現場の責任者だから、離れられないんだよ」
……わざわざマコデス共和国に行って、波風新聞社に記事を売込んだのって、その別件?
「検証動画の【明かし水鏡】って軍のものですよね?」
「話が早くて助かるよ。記事は部下に書かせたけど、【明かし水鏡】を使ったのは俺だ」
ロークは、ラゾールニクが記事を書くと引受けておきながら、記事の署名が別人だった理由がわかって納得した。
「あ、撮影者が誰だか調べなかったのは、わざとだよ」
「内部告発だと思わせておいた方が好都合ですもんね」
「うん。ところで、ミェーフ大統領の記者会見って見た?」
「一昨日の分ですよね? 見ましたよ」
ドラクラ共和国で狩人が撮影した動画が拡散し、ラゾールニクの検証動画と記事がポータルサイトに載れば、当然、アーテル共和国政府もその情報に接する。
ミェーフ大統領は記者会見を開き、公開の場でバルバツム連邦軍に抗議した。
大統領と共通語の通訳者が交互に話す異例の形式だ。共通語圏で勝手な字幕を付けさせない為だろう。
「バルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊には、救援物資の輸送などでいつもお世話になり、感謝しております。しかし、援助の対価として、我が国の国民を、孤児を差し出した覚えはございません」
ミェーフ大統領は、記者会見にバルバツム軍の関係者を呼ばなかった。
一方的な発信は、報道すら抑えられる可能性を考慮してのことだろう。
「我が国の孤児が行方不明になった件を調査します。国外に連れ出した我が国の孤児を速やかに帰国させ、また、我が国に設置した駐屯地に訓練中の孤児が居るのでしたら、速やかに解放して下さい」
バルバツム連邦側に直接抗議せず、報道を通じて抗議したのは、恐らく、バルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊のルスタートル司令官に対面で抗議しても、適当にあしらわれて握り潰される惧れがあるからだ。もし、会談を開いても、その場には報道関係者を入れさせなかっただろう。
バルバツム連邦政府の機嫌を損ねれば、食料援助などを打ち切る可能性がある。だが、ミェーフ大統領は敢えて、世界中に向けてバルバツム連邦陸軍を明確に批難した。
「ウチと再統合できれば、魔獣駆除は、王国軍の魔装兵がきっちりするでしょうし、救援物資の運搬も【跳躍】と【無尽袋】を使えば、非戦闘員でも割と安全に大量輸送できますし、最悪、バルバツムに縁を切られてもいいと思ってるんでしょうね」
「だろうな。はっきり言って、バルバツム軍が状況を悪化させてる面があるからなぁ」
「ですよね」
二人は溜息交じりに力なく笑った。
もし、そんなことになれば、経済特区に入ったバルバツム企業も撤退するかもしれないが、現状では、経済的な恩恵以上に害が大きいのだ。
「でも、バルバツム側はミェーフ大統領のこの記者会見に全く反応してないんですよね」
「無視してるの、なんでだと思う?」
ラゾールニク少佐が、ローク大司教の瞳を見詰めて聞く。
ロークは、ここ数日間で得た情報を頭の中でまとめながら言った。
「なんでって……助けてやってるのに恩知らずって思ってるでしょうし、謝罪したらアーテル人の孤児を基地に連れてって【癒しの風】専門の衛生兵にしてるの認めるようなもんですし、否定しても後でバレたらもっと激しくいろんな方面から批難されるから、今は無視するのが一番マシみたいな感じじゃありませんか?」
ラゾールニクが満足げに頷く。
「ま、そんなとこだろうね。既にSNSではあちこちの人権団体とかが、検証動画は本物だって言って、バルバツム軍や連邦政府を批難する声明を出してるし」
「そっちはまだ、全部は追い切れてないんですよ」
この件に関して、王国内の信徒からも不安の声が寄せられ、その対応に追われたからだ。
ラゾールニクがニヤリと笑って聞く。
「じゃあ、昨日の動画はどう?」
「それも見ましたよ。バルバツムの退役軍人のですよね?」
「話が早くて助かるよ」
ロークは昨夜、その生配信を微笑み動画のアーカイブで視聴した。




