3641.検証する記事
デルタ伍長は、二本の動画をじっくり閲覧し、湖南語の記事に戻った。
見出しには、目を引くに充分な単語が並ぶ。
【前半】魔法使いの少年兵か バルバツム連邦軍 ドラクラ
今週に入って、ドラクラ共和国内で撮影されたと思しき動画がSNSで話題だ。
ユアキャストでは、公開から三日間で再生数が四億回を超え、他の動画配信サービスやSNSにも転載された。合計再生数がどこまで上がるか追い切れない勢いがある。
撮影時期は不明だが、動画の背景に映り込んだ山は、形状からドラクラ共和国を象徴するマスデバリア山だ。「山頂が見える角度から、撮影場所を特定した」と言う投稿もSNSで話題を攫う。最初に特定発言をした共通語の投稿は、閲覧数が一億回を超えた。
特定したと言う座標と衛星画像を組合わせたところ、ドラクラ共和国内に設置されたバルバツム連邦空軍の駐屯地であることが判明した。
ドラクラ共和国政府は、バルバツム連邦軍の駐留を許可しておらず、この基地の設置は、二十年以上前から国際法違反であるとの指摘が続く。
動画には、そんな場所に居る十歳前後の少女が映る。
紛争地域で保護された孤児や避難民の可能性も考えられるが、それにしては、この少女が、バルバツム連邦空軍の記章の付いた子供サイズの森林迷彩服を着用しているのは不自然だ。
また、動画の前半で交わされる兵士たちの会話の内容と、後半の野戦病院らしき場所で少女が歌う様子から、この少女が治癒魔法の効果を持つ呪歌の歌い手であることが考えられる。
同じ人物が投稿した二本目の動画は、一本目と同じ兵士たちと看護師、少女が、食堂らしき場所で食事を摂る場面だ。
少女は片言の共通語と流暢な湖南語を話し、「アーテルに帰りたい」と訴えて涙する。
二本の動画の情報を合わせると、バルバツム連邦軍が、復興支援で派遣中のアーテル共和国から、呪歌【癒しの風】を行使できる癒し手の少女を連れ出し、ドラクラ共和国領内で違法に設置した駐屯地で、衛生兵として負傷兵の治療をさせた疑いが浮上する。
衛生兵とは言え、少年兵の使用は国際法で禁止されている。
撮影者の身許は不明だが、被写体に咎められず、音声を鮮明に拾える至近距離で撮影していることから、バルバツム連邦軍の関係者か、現地の協力者である可能性が考えられる。
この動画だけでは、巧妙に作られたフェイクの可能性を否定できない為、伝手を駆使して借りた【明かし水鏡】で検証した。
【後半】魔法使いの少年兵か バルバツム連邦軍 ドラクラに続く。
ポータルサイトに掲載された記事の配信元は、マコデス共和国の波風新聞社だ。
末尾の署名を見ると、以前、バルバツム連邦で不法移民の子が行方不明になった件を書いたモガール記者だ。肩書はフリージャーナリストのままで変わらない。
デルタ伍長は、震える手で【後半】のリンクをつついた。
ポータルサイトから、波風新聞社のサイトに飛ばされる。
【後半】魔法使いの少年兵か バルバツム連邦軍 ドラクラ
【前半】魔法使いの少年兵か バルバツム連邦軍 ドラクラからの続き。
ここ数日、ドラクラ共和国で投稿されたバルバツム連邦軍の動画が、爆発的な勢いで拡散されている。
二本ある動画の一本は、国際法を無視してドラクラ共和国領内に設置されたバルバツム空軍の駐屯地らしき場所で、湖南語と片言の共通語を話す少女が、バルバツム空軍の記章の付いた森林迷彩を着て、駐屯地内に設置された野戦病院で【青き片翼】学派の呪歌【癒しの風】を謳う様子を至近距離から捉える。
二本目の動画は、食堂らしき場所で、この少女がバルバツム兵や看護師らに対して「アーテルに帰りたい」と訴える内容だ。
駐屯地内の食堂に立入れることから、撮影者は、バツム軍の関係者か、現地の協力者であることが予想される。
バルバツム連邦軍の動画を巡っては、女性兵士を装った女による詐欺動画事件が記憶に新しい。詐欺師が、ラキュス・ラクリマリス王国の王族であるセプテントリオー殿下を貶める動画をユアキャストで公開。世界規模で拡散され、共通語圏を中心に殿下に対する謂れなき誹謗中傷が蔓延した。
今回のバルバツム連邦軍に関する二本の動画が、巧妙に作られたフェイクであるか、事実をありのままに記録したものであるか、記者個人の伝手で特別に使用を許可された【明かし水鏡】で検証する。
知合いの知合い経由で、一日だけ使用を許可されたが、所有者に迷惑が掛かる可能性がある為、貸出元については伏せる。
また、【明かし水鏡】を起動して使用する人物は、記者と所有者の共通の知人であるが、協力の条件が顔出しNGとボイスチェンジャーの使用なので、彼らへの詮索は無用に願う。
真偽を問う魔法の深皿【明かし水鏡】を用いた検証の結果、以下のことが判明した。
撮影日は、動画が公開された三日前である。
撮影場所は、ドラクラ共和国内で違法に設けられたバルバツム連邦空軍の駐屯地である。
この少女の出身地並びに国籍は、チヌカルクル・ノチウ大陸西部のラキュス湖南岸に位置するアーテル共和国である。
この少女は、力なき陸の民で、キルクルス教徒である。
この少女は、孤児である。
この少女の年齢は、十歳である。
この少女は現在を含む過去三年間、学校に通っていない。
この少女は、バルバツム連邦軍に【青き片翼】学派の呪歌【癒しの風】の訓練を施された。
バルバツム連邦軍は、この少女を衛生兵として運用している。
この少女以外にも、アーテル共和国出身の孤児が、バルバツム連邦軍に呪歌【癒しの風】の訓練を施され、衛生兵として運用されている。
バルバツム連邦軍に治癒魔法の歌を謳う衛生兵として運用されているアーテル共和国出身の孤児は、質問時点で百人以上、百五十人以下、存在する。
協力者の魔力が尽きた為、これ以上の検証はできなかった。
検証する様子は、ユアキャスト、微笑み動画、湖畔の窓辺、大時計動画で公開中だ。大時計動画は一本の時間が短い為、質問を二本ずつに区切って投稿した。
記事を読み終えたデルタ伍長は、大きく息を吐いて、ベッドにタブレット端末を置いた。
記事下には、各動画投稿サイトへのリンクが並ぶ。
……百人以上……?
デルタ伍長は、あまりの酷さにしばらく動けなかった。
☆バルバツム連邦で不法移民の子が行方不明になった件を書いたモガール記者……「3414.外国人の記者」参照
☆セプテントリオー殿下を貶める詐欺動画……「3320.悪意ある動画」「3321.そんな目線で」参照




