3639.二本目の動画
動画はそこで終わった。
撮影場所は、ドラクラ共和国領内で、違法に設けられたバルバツム連邦空軍の駐屯地だ。
ファーキルが、マリャーナ宅に設置したパソコンのローカルフォルダから次の動画を選択して言う。
「これが一本目の証拠動画です」
「一本目? 何本もあるのか?」
葬儀屋アゴーニが、マリャーナ宅のパソコン部屋に集まった九人の誰よりも早く質問した。
ファーキルは二本目を開きながら答える。
「はい。二本あります。現地の協力者が、駐屯地の食堂に忍び込んで撮ってくれました」
「よくバレなかったな」
トラック運転手のメドヴェージが半笑いになる。
「狩人なので多分、【姿隠し】か何か使ったんだと思います」
「へぇー……?」
「便利な魔法があるのだな?」
キルクルス教徒のメドヴェージとソルニャーク隊長が、感心した顔をパソコン画面に向けた。
二番目の証拠動画は、さっきの女の子が湖南語に共通語の単語を混ぜて、どうにかバルバツム兵と意思疎通を図ろうとする様子を捉えたものだ。
「さぁ。ご飯だ」
若い兵士が晴れやかな笑顔で、痩せた女の子の前に盆を置く。スープと分厚いサンドイッチ、野菜ジュースの紙パックだ。
隣に座った女性看護師が、金髪の女の子に共通語で声を掛けた。
「今日はよく頑張ったわね。おなかいっぱい食べていいからね」
「……アーテルに帰りたい」
俯いた女の子が発した涙声の“帰りたい”は湖南語だが、地名だけは聞き取れたらしい。近くの席で食べる兵士たちの顔が強張り、動きを止めた。
先程の女性看護師が、猫撫で声の共通語でホームシックを宥めに掛かる。
「アーテルに帰ってもご飯ないでしょ?」
「ここなら毎日、ハラいっぱい食えるぞ」
若い兵士も向かいに腰を下ろしてやさしく声を掛けたが、迷彩服を着せられた女の子は共通語がわからないらしい。地名を言った女性看護師を涙目で見詰め、食事に手を着けなかった。
十歳くらいの女の子が、懸命に共通語の単語を絞り出す。
「……カエれ……帰る?」
「お仕事終わったら、帰れるからね」
女性看護師は猫撫で声で言うが、バルバツム連邦空軍のテロ鎮圧部隊は、二十年以上、ドラクラ共和国の紛争地域に展開し続ける。
この任務がいつ終わるか、誰にもわからないのだ。
兵士や軍属の医療者なら、休暇で定期的に帰国できるが、数少ない治癒魔法の使い手がどんな扱いをされるか、この動画だけではわからない。
紛争地域から出られたとしても、帰る場所はアーテル共和国の故郷ではなく、バルバツム連邦のどこかの基地である可能性が高い。
二本目の動画も終わり、ファーキルは集まった九人に向き直って言った。
「このふたつの動画を合わせれば、バルバツム連邦軍が、アーテル人の女の子をドラクラ共和国に連れ出して、衛生兵として働かせているのがわかります」
「成程ね」
運び屋フィアールカが、パソコンの大画面を睨んで頷いた。
共通語が堪能な国営放送アナウンサーのジョールチが聞く。
「一本目の動画で、兵器開発庁から連絡が入っていましたね。彼女はバルバツム連邦国防省に装備品扱いで、アーテルから連れ出されたのでしょうか?」
「その辺は、後でマリャーナさんにお願いして【明かし水鏡】で確認します。他にも何か、気になった点はありませんか?」
……俺と会社の人たちだけじゃ気付かないとこだった。
ファーキルは、報道関係者に見てもらってよかったと安堵した。
この動画は、アルトン・ガザ大陸南部に位置するドラクラ共和国の森で、紫連樹の葉を採取する過程で事態を知り、改めて現地人に撮影を依頼したものだ。
総合商社パルンビナ株式会社の現地駐在員と本社の上層部、取締役の一人であるマリャーナ付きの情報処理を担当するファーキルには共有されたが、いずれも軍事の素人だ。
来週、ラキュス・ラクリマリス王国が王都ラクリマリスにアーテル共和国の政府関係者を招き、第四回国家再統合会議を開く。
この一週間で、バルバツム連邦にとって不都合な事実がどこまで拡散するかが勝負だ。
最も届いて欲しいのは、アーテル共和国で国家再統合に反対する層だが、多大な人的損耗を出しながらも復興支援名目で駐留し続けるバルバツム連邦軍が、同国から撤退する機運を醸成する為、バルバツム連邦本国だけでなく、共通語圏などにも伝えたい。
バルバツム連邦は、様々な援助の形でアーテル共和国に軛を掛ける。
かつて武力に依らず平和を目指す活動に身を投じた仲間たちは、総合商社パルンビナ株式会社を利用して活動を再開した。アーテルの国家再統合反対派が、この情報で目を覚まし、軛を振り切ることを期待しての行動だ。
パルンビナ側も、役員のマリャーナを通じて戦時中から関係を維持し、ファーキルたちを利用するのでお互い様だ。
バルバツム連邦が、アーテル共和国とラキュス・ラクリマリス王国の再統合を妨害するのは、バルバツム資本の企業を保護する為だろう。
再統合が実現すれば、実権を握るのは湖の民のラキュス・ネーニア王家と陸の民のラクリマリス王家だ。神々の血を引くふたつの王家は、フラクシヌス教の信仰と不可分の神政を敷く。
一方、アーテル本土では、力なき陸の民のキルクルス教徒が多数派を占める。再統合後、国政や行政にどこまで影響力を持てるか、現時点では不明だ。
バルバツム連邦政府は、アーテルのポデレス政権を嗾けて魔哮砲戦争を起こした為、再統合が実現すれば、自国の企業が締め出されることを懸念する。
現地での企業活動を容認されたとしても「報復と復興財源の確保を兼ねて、多額の税を掛けられたのでは堪らない」とも考えるだろう。
これまでの国家再統合会議では、ラキュス・ネーニア王家のカミェータから、バルバツム企業がアーテル領で活動を継続することを容認するとの発言が出たが、バルバツム側にどう伝わったか不明だ。
バルバツム連邦のデュクス大統領は自国の景気対策の為、アーテルに安い土地と人件費を求め、自国資本の企業に補助金をバラ撒いて積極的に進出を推し進めた。
土地の買収に動いた企業の多くは、湖底ケーブル破断による通信途絶と魔獣の大量出現、未曽有の大水害による浸水被害で、撤退を余儀なくされた。
バルバツム軍では魔獣に歯が立たない。土中に犇めく土魚など、無数の魔獣に阻まれ、水害からの復旧・復興も遅々として進まなかった。
投資を回収できず、損害を被った企業の政権に向ける視線は冷ややかだ。
二期目の大統領選は、ライバル候補が銃撃を受けた影響で辛くも再選を果たしたが、三期目を目指すポデレス大統領にとって、アーテル共和国への投資の焦げ付きは大きな痛手となる。
また、ほんの一握りではあるが、脳解毒薬の治験でバルバツム人の薬物依存症患者が完治したことも大きい。
バルバツム連邦のローシカ製薬が、脳解毒薬を開発したラキュス・ラクリマリス王国のレーグルス王子との交渉に失敗し、バルバツム連邦は、完成品の魔法薬や稀少素材「紫連樹の葉」の調達が実現不可能に陥った。
アーテルに足場を確保しておけば、再びバルバツム人に脳解毒薬を使用してもらえる可能性がゼロではない。
鎮痛剤系違法薬物による薬物汚染が深刻な連邦は、あるかなきかの微かな希望にも縋らざるを得ないのだ。
フリージャーナリストのラゾールニクが、珍しく険しい表情で言う。
「一回目の国家再統合会議でも話題に出たけど、バルバツム連邦軍がどんなに人的損耗を蒙ってもアーテルから撤退しないのは、魔獣と魔法使いに有効な武器を開発する研究と実証実験に都合がいい場所だからだ」
「えぇ。私もその原稿を読んで驚きました」
国営放送のジョールチが同意し、同じく表情を硬くした。
アミエーラが、信じられないと言いたげな顔で確認する。
「それって、治癒魔法も研究してて、アーテル人の女の子に【癒しの風】を練習させて、ドラクラ共和国で治療させてるんですか?」
「多分ね」
ラゾールニクが肯定すると、パソコン部屋の空気が一気に冷えた。
クルィーロが沈黙を破る。
「バルバツム軍に撤退して欲しい理由はあっても、アーテルに居て欲しい理由なんてないよな」
「そうだな。どうやって出て行ってもらうかってのが難問なんだけど」
移動放送局プラエテルミッサのレーフ局長が、金髪の頭を抱えた。
☆魔獣と魔法使いに有効な武器を開発する研究と実証実験に都合がいい……「3574.統合の前でも」「3575.連邦軍の目的」参照
※ ファーキルは知らないが、ラゾールニクの正体はラキュス・ラクリマリス王国軍の少佐。クルィーロは知っているが、シポーブニク大佐の【制約】で誰にも言えない。
ラゾールニクは【化粧】の首飾りで顔を変え、ランテルナ島の魔獣駆除業者のフリでミェーフ大統領の護衛として会議室に居た……「3571.再統合の会議」参照




