3638.拡散前の確認
フリージャーナリストのラゾールニクが、マリャーナ宅に戻って来た運び屋フィアールカに言う。
「ユアキャストと王国の“湖畔の窓辺”には、俺が記者として転載するし、動画を元に記事書いて週刊誌とかに売り込むよ」
「そう。ご安全に」
ラゾールニクは、日之本帝国とガレアンドラ共和国の件も簡潔に説明した。
ファーキルが話を引き取る。
「こんな感じで世界の何カ所かに分かれて、別々のプラットフォームで公開すれば、バルバツム連邦の情報機関でも、すぐには全部の証拠動画を消せないと思うんです」
「様々な人種と信仰の多様な階層の人に伝わる可能性が広がりますね」
国営放送アナウンサーのジョールチが微笑んで頷く。
「バルバツム政府が火消しに忙しくなって、国家再統合を妨害するどころじゃなくなるように仕向けるのが狙いです」
「そうね。アーテル人の子を遠方の紛争地域に連れ出して少年兵として使ってるのがバレたら、たくさんの国から批難されるでしょうね」
運び屋フィアールカが薄く笑った。
「まっ、国や立場によって受取り方は色々だから、同盟国の政府や政治家やなんかは、バルバツムを擁護するかもしれないけど」
ラゾールニクが過度の期待を戒める。
アミトスチグマ王国の夏の都に集まった面々は表情を硬くした。
「で、これが問題の証拠動画です」
ファーキルは、マリャーナ宅のパソコンのローカルに保存した動画ファイルを再生した。
撮影場所は、拓けた草原地帯だ。
仮設とは思えない堅牢そうなコンクリートの建物が並び、アスファルトを敷いた滑走路には、バルバツム連邦空軍の記章が描かれた軍用ヘリや無人機が待機する。
バルバツム連邦空軍の森林迷彩を着た兵士たちが、自動小銃を持って警戒する。風に飛ばされて届く短い会話は共通語だ。
駐屯地らしき場所の背景に映るのは、緑濃い森林と山だ。雄大な山脈を構成する三つの頂は中央が極端に高く、両脇の頂はその半分くらいで、山裾がなだらかに広がる。
山の形が特徴的で、地理に詳しい者なら、ドラクラ共和国北部に位置するマスデバリア山だと一目でわかる。同国を象徴する鉱山だ。
マスデバリア山が見える角度などから、この違法に開設されたバルバツム軍の駐屯地の位置を割り出せる。
少なくとも、ドラクラ共和国領内であることは間違いない。
ヘリが着陸し、ストレッチャーが降ろされる。
回転翼が止まるのを待って、建物から人が出て来た。
大人の衛生兵が三人。その一人が手を引き、同じ腕章を巻いて迷彩服を着た金髪の子供を連れ出す。兵士を縮小した服装だが、十歳になるかならないかの痩せた女の子だ。
撮影者が近付き、カメラが捉える人物が大きく、鮮明になる。【姿隠し】を使ったのか、声をはっきり拾える位置まで近付いても、バルバツム兵たちは誰も気付かない。
迷彩服の女の子が、ストレッチャーに横たわる血塗れの兵士を見て泣き出した。
「いちいち泣くなよメスガキ!」
ヘリから負傷者を降ろした兵士が、衛生兵の腕章を巻いた女の子を睨む。
視線と共に言葉を叩きつけられ、女の子が息を止める。泣き声は一瞬だけ止んだが、すぐに先程より激しく泣き出した。
衛生兵が愛想笑いで間に入る。
「まぁまぁ、コイツの魔法は歌なんだから、やさしくしてやってくれよ」
「……チッ。悪かったよ。飴やるから歌ってくれよ」
怒鳴った兵士が舌打ちして、迷彩服の胸ポケットから戦闘糧食の飴を出したが、金髪の女の子は受取らずに号泣し続ける。
その傍らで、大人の衛生兵二人は傷の洗浄と消毒を進めた。
一般兵が負傷者を押さえ、衛生兵が歯ブラシのようなもので傷を擦り、消毒薬を掛ける。
女の子は兵士の悲鳴と苦痛の声に怯え、更に泣いた。
窓の少ない建物のひとつから兵士が一人駆けて来る。
「報告! 兵器開発庁の研究員から連絡です」
「新兵器が届くのか?」
女の子を怒鳴りつけた兵士が、伝令兵に身体ごと勢いよく向き直る。
「いえ。呪歌専門衛生兵の取扱いについての注意点です」
「は? 今頃? コイツが来てもう一週間も経つのに?」
怒鳴りつけた兵士が呆れた顔で拳を握り、立てた親指で女の子を示した。
女の子が顔を引き攣らせ、更に激しく泣く。
伝令兵は淡々と伝えた。
「一週間経つので確認の為、運用上の注意点を伝達したそうです」
「なんだ? それなら読んだぞ? 何か追加の項目があるのか?」
「いえ。確認だそうです。第一は、癒し手には性的な意味で手を出してはならない。術を行使する身体的条件を失い、治癒魔法を使えなくなるから。第二は、彼女が使える治癒魔法は歌なので、声を嗄らすようなことをさせてはならない。風邪には気を付けること」
「わかってるわかってる。今、それどころじゃないだろ。見てわかれよ」
怒鳴った兵士が苛立ちを声に乗せ、腕を大きく振って負傷者を示した。
負傷者を乗せたストレッチャーが次々と降ろされる。
「第三は、呪歌は術者の声と魔力の届く範囲に存在するこの世の生物すべてを無差別に癒やす。負傷者の消毒をすべて終えてから謳わせること。以上」
伝令兵は淡々と自分の使命を果たした。
「えーっと……つまり、この子に謳わせるのは、全員の消毒が終わってからの方が効率がいい……と?」
女の子を連れ出した衛生兵が、伝令兵に恐る恐る聞く。
伝令兵は、表情を崩さずに答えた。
「自分が受取った連絡によりますと、そのように思われます」
「おい! メスガキ引っ込めろ。それと、負傷兵は中で消毒してやれ」
「了解!」
複数の兵士と衛生兵が声を揃えた。
女の子を連れ出した衛生兵は、呪歌の歌い手をお姫様抱っこして建物に戻る。
映像も動いた。撮影者が、呪歌の歌い手を抱えた衛生兵についてゆく。
建物は駐屯地の野戦病院だ。
撮影者は出入口脇の壁に背を貼り付けて立つらしい。カメラがゆっくり見回し、室内全体を映した。
黒い合皮張りの処置台が幾つも並び、壁際の棚には薬品らしき瓶がぎっしり詰まる。処置台の傍らにあるステンレス台には、包帯、脱脂綿、消毒薬の瓶、膿盆、メスや鉗子、ピンセットなどが並ぶ。
白衣姿の軍医が一人、看護師は男女合わせて三人だ。
白衣姿の女性看護師が、驚いた顔で聞いた。
「その子、どうしたの? 怪我でもしたの?」
「えぇっと……隊長に怒鳴られて怖かっただけだ」
「あぁ……可哀想にね。あのおじさん怖いもんね」
看護師が女の子の頬をやさしく撫でた。
「今から負傷者を消毒するから、終わるまでどっか他の部屋で泣き止ませてくれないか? 飴とかあげてさ」
「私が? 消毒は?」
「俺らでしとくから、頼むよ。消毒終わるまでに使える状態にして欲しいんだ」
「……わかったわ。おいで」
女性看護師は、泣きじゃくる女の子を抱き取ると、別室に移動した。
撮影者は移動せず、処置室に留まる。
搬送された負傷兵は六名。迷彩服が破れ、そこから獣の咬み傷のような損傷が見て取れる。
ファーキルには、腕が見慣れない方向に曲がった一人以外は、軽傷に思えた。
軍医と看護師、衛生兵たちは、傷に詰まった異物を歯ブラシのようなものでこそげ取り、消毒薬を惜しみなく掛けて傷を洗う。
麻酔なしで折れた腕の骨を整復され、負傷兵が悲鳴を上げるが、軍医は構わず最後までやり遂げた。
ものの十五分で消毒が終わり、先程の衛生兵が看護師と女の子を呼びに行く。
軍医が看護師たちに確認する。
「ピアス、外してるな?」
「着けてませんよ。こなとこで落とすのイヤだし」
男性看護師が笑って応じた。
泣き腫らした顔の女の子が、処置室に連れ戻された。
背後に立つ女性看護師が女の子の肩を抱き、共通語でやさしく声を掛ける。
「さ、謳ってくれる?」
女の子は肩越しに振り向き、看護師と視線を合わせたが、首を傾げた。
看護師が女の子を降ろしてラララと歌ってみせ、負傷兵を順繰りに指差す。
女の子は無言で頷くと、迷彩服のポケットから【魔力の水晶】を出して握り、大きく深呼吸して力ある言葉で謳い始めた。
ファーキルもよく知る【青き片翼】学派の呪歌【癒しの風】だ。
軍医と看護師、衛生兵の目が負傷兵の傷に集まり、撮影者も、最も近い処置台に寝かされた兵士の傷を大写しにする。
涙声で震えは残るが、発音と旋律は正確だ。傷の周囲の皮膚がじわじわ盛り上がり、体表の傷が縮小してゆく。
一度の詠唱では完全に塞がらず、何度も同じ呪歌を繰返した。
女の子が、不意に謳うのをやめる。指を開き、掌に乗せた【水晶】を指差した。
女性看護師が、魔力の貯えが尽きて輝きを失った【水晶】を確認して軍医に報告する。
「支給分の魔力が尽きました。治癒魔法は打ち止めです」
「これだけ塞がれば上出来だ。飴でも舐めさせて褒めてやれ」
「よしよし。よく頑張ったわね。これ、ご褒美よ」
女性看護師が女の子の金髪を撫で、白衣のポケットから出した飴を小さな手に握らせた。




