3637.外国人のフリ
「えっと、私は、フィアールカさんに端末を借りて、それをアーテルに持って行って、他の人たちが上げた動画をSNSで拡散するだけでいいんですか?」
アミエーラが小さく手を挙げて聞いた。
ラゾールニクが頷いて、詳細な指示を出す。
「うん。後でフィアールカさんにも言われると思うけど、位置情報は基本的にオフにして、アーテルに居る時だけオンにして、帰国する時は必ずオフにして、アーテル以外の場所では電源も切ってくれよな」
「はい。気を付けます」
「んで、アミエーラさんは、アーテル企業が作ったSNSと、バルバツム企業が作って世界展開してるSNS。条件に当て嵌るとこならどれでもいいから、二カ所で捨てアカ作ってやってもらえるかな? なるべくいろんな層の人をバンされない程度にフォローしまくって」
アミエーラは頷きながら紙の手帳にメモするが、ふと顔を上げて確認した。
「あっ……捨てアカはアーテル人のフリして、動画を拡散する前に現地の写真とか小出しにした方がいいですよね?」
「うん。その方が興味を持つ人が増えるだろうし、動画の拡散だけしてたら不自然だからね」
「来週の第四回国家再統合会議までだと、俺、一回しかジゴペタルムに行かないんで……どうしよっかな?」
ラゾールニクが同意すると、クルィーロが困った顔になった。
「ジゴペタルム共和国への出張は初めてですか?」
国営放送アナウンサーのジョールチに聞かれ、クルィーロは首を横に振った。
「その会社とは何回も取引してるんで、首都ジゴンの南門だったら跳べますよ」
「では、会議までの一週間弱、会社の昼休みに少し抜け出して、門の近くで街並や昼食などの写真を撮って、ジゴペタルム人のフリをするのはどうでしょう?」
「さっすがぁ! ジョールチさん、冴えてるぅ」
ラゾールニクが指をパチンと鳴らす。
ジョールチは頬を染めて横を向いた。
ファーキルが、報道関係者三人に依頼する。
「ジョールチさんとレーフさんとラゾールニクさんには、動画の拡散が始まってから、ニュースとして扱ってもらえますか?」
「私は調査報道から離れているので、記者の誰かが気付いて書いてくれるのを待つしかないのですが」
国営放送アナウンサーのジョールチがもどかしそうに言う。
「えぇ。国営放送が記事にするのは、最後になると思いますが、その分、詳しい内容になるんじゃないかなと思ってます」
ソルニャーク隊長が、ファーキルの楽観的な見通しに疑いを挟んだ。
「記事にならないとは思わないのか?」
「ラキュス・ラクリマリス王国はアーテルと再統合する予定です。で、アーテル人の子が、バルバツム連邦軍に国外へ連れ出されて、アルトン・ガザ大陸南部の紛争地域で、衛生兵とは言え、少年兵として使われてるなんて、大事件ですよ」
ファーキルは、追加の焼菓子をひとつ摘まんで言った。子供に見立てた焼菓子を皿の外、腕を伸ばして隣の机に連れてゆく。
「ウチの国は国連を抜けたからバルバツムとは縁が切れてる。バルバツムから援助を受けてる国は何も言えないし、同盟や貿易で関係が深い国も言い難いけど、ウチとか縁のない国は枷がないから、ホントのこと言いやすいんだよな」
ラゾールニクも理由を並べた。
トラック運転手のメドヴェージが首を傾げる。
「でもよ、リストヴァー市にゃバルバツムの会社の倉庫があって大勢が働いてるし、教会にゃバルバツムの慈善団体から毎月いっぱい援助が届いてる。俺らキルクルス教徒は……リストヴァー市のモンはバルバツムに強く言えねぇから、国営放送のリストヴァー支局は、ラジオでそのニュース流さねぇんじゃねぇか?」
「俺たちの移動放送局プラエテルミッサなら、援助云々が関係ないから、リストヴァー市でも放送できますよ」
レーフ局長が請合う。
「ネットの接続環境がある人なら、俺が書いた新聞や雑誌の記事を読んでくれるかもよ?」
ラゾールニクが、フリージャーナリストとして自信満々に言う。
葬儀屋アゴーニが苦笑する。
「お前さんの記事、どっかに買ってもらえりゃいいんだけどよ。書きゃ必ず載るモンでもあるまい」
「載らなくてもSNSには載せるから、拡散よろしく」
ラゾールニクはネットの接続環境を持つ面々に片目を瞑った。
運び屋フィアールカは、思ったより早く戻って来た。
「お待たせ~」
「早かったですね。まだ説明の途中で、動画は観てないんですよ」
ファーキルは状況を軽く説明した。
「あら、そうなの。丁度よかったわ」
緑髪の運び屋は微笑を浮かべ、肩掛け鞄から様々な機種のタブレット端末を出してパソコンデスクに並べた。
ファーキルは、割当ても説明する。
「アミエーラさんはアーテル、クルィーロさんがジゴペタルムを担当することになりました」
「そう。じゃあ、アーテルの分はもう使ってるのを貸すわ」
フィアールカはカバーを見て、黒地の隅に白猫が描かれた端末をアミエーラに渡した。
「えッ?」
受取ったアミエーラが、使い込まれた端末に驚いた目を向ける。
運び屋は、歌手の驚きに構わず説明を続ける。
「SNSのアカウント名は“魔獣激ヤバ”さんよ」
「えぇ……?」
「報酬として食べ物を渡して、アーテル人に租借地前の道路を撮ってもらってたのよ」
「あぁ……」
「アーテル人のフリする手間が省けてよかったじゃねぇか」
メドヴェージが、歌手のアミエーラに笑顔を向ける。
運び屋フィアールカが、自分の端末にSNSを表示させてアミエーラとファーキルに向けた。
ファーキルもパソコンでSNSを開いてアカウント名を検索し、みんなの目が大画面に集まる。
運び屋フィアールカは、画面を指差して矢継早に指示を出した。
「ここでは電源入れないで、アーテル領内に着いてから入れて、この人の投稿はこんな感じだから、文体を真似して書いてね」
「頑張ります」
アミエーラが表情を引締める。
アーテル人が運営した「魔獣激ヤバ」のアカウントは、フォロワーが二十万人以上も居る。手当たり次第にフォローする手間も省けた。
主な投稿は、ラキュス・ラクリマリス王国軍の租借地駐留部隊が魔獣と戦う様子を撮ったショート動画だ。バルバツム連邦陸軍やアーテル人が襲われる瞬間もあるが、望遠で不鮮明なので、血飛沫などは見えない。
……グロ禁止規定に引っ掛かってバンされないギリギリ。絶妙な線だな。
ファーキルは感心したが、心配になってフィアールカに聞いた。
「これ撮った人って生きてますよね?」
「生きてるわよ。先週、もう少し南の地区に引越したから、餞別に【魔除け】の呪符をあげて、これ返してもらったの」
マリャーナ宅のパソコン部屋の空気が安堵で緩む。
運び屋フィアールカは、青地に白で魚の絵が散りばめられた端末をクルィーロに渡した。
「ジゴペタルムの分もあるわよ」
フィアールカが自分の端末を弄ってこちらに向ける。
アカウント名は「水質汚濁を防ぐ会会員五号」だ。
こちらは、ラーヌンクルス電池産業の公害訴訟を見守る。ラキュス湖を汚染したバルバツムの公害原因企業に厳しい目を向け、関連ニュースを拡散する。
クルィーロが怯えた目で聞いた。
「この人、ガチの環境活動家じゃないですか。俺、ホントにこの人のフリするんですか?」
「会員五号さんは最近、持病が悪化して透析受けるようになったから、少し活動をお休みしたいって一旦、これ返してくれたのよ」
フィアールカの説明で、クルィーロが手渡された端末に微妙な顔を向ける。
「病気のことは公表してないから、元気なフリのアリバイ工作って言うか、ラーヌンクルス絡みの裁判の記事を拡散してくれるんなら、他のことに使ってもいいって言ってくれてたわ」
「ひぇッ……五号さんにお大事にってお伝え下さい」
「それならば、クルィーロ君がこれからしばらく、昼休みをジゴペタルムで過ごすのは実行した方がいいだろうな」
ソルニャーク隊長に言われ、クルィーロは魚柄の端末を握りしめて頷いた。
……って言うか、フィアールカさんはジゴペタルムの公害訴訟にも一枚噛んでたのか。
彼女は半世紀の内乱後、フラクシヌス教の神官を辞めて運び屋に転身した。それでも、湖の女神パニセア・ユニ・フローラを信仰する湖の民として、ラキュス湖を汚染する異教徒の外国資本を許せないのだろう。
ファーキルは、フィアールカの別の一面に気付き、彼女に対する認識を改めた。
☆ラーヌンクルス電池産業……「1235.水を穢した者」「1262.沈みゆく泥船」「2201.進む用地買収」参照




