3636.分担して拡散
トラックの運転手メドヴェージが、運び屋フィアールカの出て行った扉を見詰めて不安な声を出す。
「動画を公開して拡散するったって、俺ぁ端末なんざ、触ったコトもねぇんだけどよ」
「隊長さんとメドヴェージさんとアゴーニさんには、長期の情報収集をお願いしてますから、動画の件は俺たちで何とかしますよ」
ファーキルが言うと、農業指導員のソルニャーク隊長、大型トラックの運転手メドヴェージ、葬儀屋アゴーニはホッとした。
リアルの情報収集には、彼らの持つそれぞれの人脈が必要だ。
ソルニャーク隊長は、リストヴァー市東教会の敷地などで、定期的に家庭菜園の指導をする。
バルバツム連邦などからラキュス・ラクリマリス王国在住のキルクルス教徒宛に届く寄付の物資や、バルバツム連邦に本部を置く慈善団体のリストヴァー市内での活動状況、鎮痛剤系違法薬物に関する情報、現地法人を設立したバルバツム企業の情報などを集めてもらう。
メドヴェージは、リストヴァー市内の工場と、ネーニア島東部クブルム山脈以北の都市を結ぶ大型トラックの運転手だ。
行く先々の街の情報やトラック仲間の噂話、バルバツム連邦に本社を置くネット通販大手リゴルネット株式会社がリストヴァー市内に設置した物流倉庫の業務に従事する者たちの愚痴など、物流関係者ならではの情報を集めてもらう。
葬儀屋アゴーニは戦後、自分の葬儀屋を畳んでゼルノー市職員として斎場で勤務する。
死は誰にでも訪れる。様々な社会階層の人々が集まる火葬場では、思わぬ情報を拾えることがある。また、彼には、メドヴェージから情報を回収してファーキルに届けることも頼んだ。
「その……証拠の動画ってどんな?」
クルィーロが恐る恐る聞く。
ファーキルは以前、彼とレノ店長には、バルバツム連邦軍が湖南語を話す子供を衛生兵としてドラクラ共和国の紛争地域で運用していると話したことはあるが、動画の現物は手許になったので見せられなかった。
葬儀屋アゴーニが同族の不在を指摘する。
「え? 今から見んのか? 運び屋の姐さんどうするよ?」
「フィアールカさんにはデータを渡すんで、自分で観てもらおうかなって……みなさんも気になりますよね?」
ファーキルが聞くと、インターネットの接続環境を持たないソルニャーク隊長、運転手のメドヴェージ、葬儀屋アゴーニは、マリャーナ宅のパソコン部屋の扉を見詰めて頷いた。
扉脇では、三脚に取り付けたカメラが会議の様子を動画で撮影し続ける。
ラキュス・ラクリマリス王国のネモラリス教区を預かる大司教になったロークと後で情報共有する為だ。動画ファイルは情報漏洩を防ぐ為、送信せず、物理メディアに焼いてラゾールニクにクレーヴェル教会まで届けてもらう。
フリージャーナリストのラゾールニクが、思い出した顔でファーキルに聞いた。
「動画の他にも証拠が集まったって言ってたけど、何を手に入れたんだ?」
「派遣した魔法戦士経由で、現地の人にお願いして、バルバツム軍の駐屯地から手袋とかハンカチとかくすねてもらいました」
「はははッ! 悪い奴だなぁ」
ラゾールニクは心底、面白そうに笑った。
物証があれば、【鵠しき燭台】で更に詳しい証拠映像を得られる。
総合商社パルンビナ株式会社は紫連樹の葉を仕入れる為、ドラクラ共和国にアミトスチグマ王国で雇った魔法戦士を派遣。アラクニス共和国との国境地帯に広がる森への案内を現地の狩人やゲリラに依頼した。
現地人の武力では、魔獣の多い森には入れない。森の入口からは衛星画像とGPSで座標を確認し、その方向へ【跳躍】を繰返して紫連樹の群落に辿り着いた。
紫連樹の葉は、一回の採取では少量しか得られないものの、これまでのところ安定して仕入れが続く。
道案内は一度だけで済んだが、採取する度に現地の武装集団に仲介料を払う約束だ。総合商社パルンビナ株式会社の担当者と魔法戦士は、その支払いの際に現地人と世間話をする程度には仲良くなった。
ドラクラ共和国など、アルトン・ガザ大陸南部の旧植民地で紛争が続くのも、治安が改善しないのも、国際法を無視して駐留し続ける旧宗主国のバルバツム連邦軍やクレマストラ連合王国軍が原因のひとつだ。
国連では、旧植民地の国々が、旧宗主国の国際法違反を度々糾弾する。だが、批難決議は旧宗主国のロビー活動で流れるか、採択されても生ぬるい表現に修正された。そもそも、批難決議には道義に基づき良心に訴えかける効果はあっても、法的拘束力がない。
バルバツム連邦やクレマストラ連合王国などキルクルス教圏の大国は、国連軍の主力を担う常任理事国五カ国中四カ国を占め、拒否権を持つ。
残る一カ国は、如何なる信仰も認めず、宗教的な中立を謳うアルポフィルム連邦だ。
バルバツム連邦やクレマストラ連合王国などの軍事大国は、利害が対立する他国に対しては、国際法違反や自国民に対する人権侵害を執拗に追及し、当該国に住む一般国民の人権状況を著しく悪化させる経済制裁を科すが、自分たちがする国際法違反や人権侵害に関しては無頓着だ。
それどころか、指摘されても開き直ったり、逆切れするだけで、一向に改める気配がない。
旧植民地を中心として、旧宗主国の二重規範に冷ややかな視線を向ける国は少なくないが、援助を受ける弱小国が大国の意向に逆らうのは難しい。
国連で批難決議を提起するだけでも、国益を考えれば、勇気を振り絞った精一杯の抵抗なのだ。
パルンビナ株式会社は、アミトスチグマ王国に本社を置いて世界展開する総合商社だが、武器弾薬の売買には手を染めない。
アルトン・ガザ大陸南部が平和になり、治安が回復した方が商売しやすいのだ。
「物証は切り札として置いとくとして、まずは動画だ」
ラゾールニクが、飛ばしのタブレット端末を取りに行った運び屋フィアールカを除く八人を見回して言う。みんなは頷いて続きを促した。
「撮影の経緯を考えると、最初にドラクラ共和国でユアキャストに公開して、日之本帝国に跳んでからダウンロードして、微笑み動画とユアキャストに現地語の字幕を付けて転載、ガレアンドラ共和国に跳んで大時計動画とユアキャストで同じようにして、ジゴペタルム共和国では、微笑み動画か大時計動画からダウンロードしてユアキャストとSNSへの直接埋込み、アーテル共和国では、ユアキャストとSNSでの拡散くらいにした方がよさそうだよな」
「日之本とガレアンドラ? どっちもチヌカルクル・ノチウ大陸の東の端ですよね?」
クルィーロが驚く。
……こんな短時間で俺よりしっかりした計画立ててくれて、ラゾールニクさん凄いなぁ。
ファーキルはどちらの言語も全くわからない。
「誰か行ったコトあるって言うか、言葉わかるんですか?」
フリージャーナリストのラゾールニクはあっさり答えた。
「俺もわかんないから、君たちの知らない知合いに頼もうと思ってるよ。ドラクラ共和国では、ファーキル君が会社経由で現地駐在員の人に頼んでもらってもいいかな?」
「えぇ。それはそのつもりで……って言うか、この会議も会社の方針ですし、マリャーナさんに予算を付けてもらいましたから」
ファーキルが言うと、マリャーナ宅に集まったみんなが表情を引締めた。
ラゾールニクが理由を語る。
「微笑み動画と大時計動画は、ユアキャストに次ぐ登録者を抱える大手だけど、運営会社がキルクルス教圏じゃないそこそこの大国にあって、閲覧者のコア年齢層がそれぞれ別だから選んだんだ」
ファーキルは検索して、パソコンの大画面にそれぞれのトップページを表示させた。
みんなはほんの数秒だけ見て、ラゾールニクに視線を戻す。
ラゾールニクはファーキルの目を見て頼んだ。
「公開はこっちで知合いを当たるから、その動画の拡散は、それぞれの国の駐在員の人にお願いしてもいいかな? 私物でするの怖かったら、フィアールカさんに飛ばし端末を増やしてもらうけど」
「この会議の議事録をマリャーナさんに提出して、取締役会でどうなるか、俺にはお約束できないんですけど、伝えるだけなら伝えますよ」
「うん。頼むよ。もし、パルンビナの駐在員が無理でも、知合いに端末いっぱい渡して場所変えてやってもらうから」
葬儀屋アゴーニが緑の目を丸くする。
「お前さんの人脈ってなぁ一体どうなってんだ?」
「そりゃ、フリーの記者してたら、いろんな人と知合いになりますからね」
ラゾールニクはニヤリと笑った。
☆常任理事国五カ国……「0364.国際政治の話」、アルポフィルム連邦「752.世俗との距離」参照




