3635.作戦を立てる
「バルバツム連邦の政府や政治家は相手にしないかもしれませんけど、一般人はそうじゃありませんよね?」
ファーキルは、自分の唇が意地悪く歪むのを感じた。
アミエーラが渋い顔で同意する。
「そうよね。セプテントリオー呪医を犯罪者呼ばわりした動画も、魔法文明圏の常識じゃ有り得ないのにキルクルス教圏の人たちは信じ切ってたものね」
「市民病院のセンセイを悪者呼ばわりしてた動画のヤツ、確か……逮捕されたんじゃなかったか?」
メドヴェージが自信なさそうに言って、国営放送アナウンサーのジョールチを見る。私服姿のジョールチは険しい顔で肯定した。
「はい。そもそも、あの動画の女性は兵役拒否して、入隊すらしていないことが判明しました。当然、アーテルを訪れたこともなく、詐欺で逮捕されました」
場の空気がヒリつく。
ノックの音で、パソコン部屋に集まった十名が一斉に扉を見た。
マリャーナ宅の使用人が扉越しに声を掛ける。
「お話し中、失礼致します。お茶のおかわりをお持ちしました」
「有難うございます」
ファーキルが応じると扉を開け、ワゴンが先に入って来た。
使用人が空いたティーカップをワゴンに集めて【操水】で洗い、新しい紅茶を淹れて配り直す。焼菓子を盛った皿をパソコンデスクに置いて退室した。
……見計らったようにいいタイミングだったな。
ファーキルはホッとして紅茶を口に含んだ。ゆっくり味わい、気持ちを落ち着けて言う。
「あの動画は嘘ばっかりでしたけど、俺が持ってるデータはホントのコトしかありませんよ」
「ユアキャストにアーテル人の少年兵がバルバツム軍の駐屯地で【癒しの風】を謳ってる動画を公開すんの?」
フリージャーナリストのラゾールニクがファーキルの瞳を覗き込む。
「それもしますけど、バルバツムにとって不利な情報だと、運営の判断で削除される可能性が高いので、複数のサイトで公開します」
「どことどこ?」
運び屋フィアールカが、タブレット端末を手に前のめりで聞く。
「まず、ラキュス・ラクリマリス王国の『湖畔の窓辺』です。ここなら削除される心配がありません」
「ん? ウチの国にも動画サイトってのができたのか?」
葬儀屋アゴーニが初めて知った顔で聞く。
「はい。去年開設されたばかりで、利用者はまだあんまり多くないんですけど、ラキュス・ラクリマリス王国政府は、広報動画を湖畔の窓辺とユアキャストで公開しています」
「相変わらずスゲェな」
メドヴェージに感心され、ファーキルは顔が我知らず綻んだ。
クルィーロが意外そうに聞く。
「アーテルから撤退しなかったらバラすぞって脅すんじゃなくて、先にネットで公開すんの?」
「俺たちは一般人ですからね。バルバツム連邦の政府や軍を相手に直接交渉なんてできませんよ」
「あ……あぁ、そっか」
クルィーロはバツの悪そうな顔で自分の端末に視線を落とした。
「先に告発して、バルバツムの……可能なら、世界中の世論を煽ろうかなって、各国政府や世論の反応を見てから次の動きを決める予定です」
「こちらがバルバツム連邦にとって不都合な情報を握っていると仄めかすに留めれば、公開前に狙われることになりかねん」
ソルニャーク隊長に言われ、ファーキルはギョッとした。
みんなの視線が、かつてはキルクルス教系テロ組織だったが、戦後は元の慈善団体に戻った「星の道義勇軍」の小隊長に集まる。
ソルニャーク隊長が、ファーキルに聞いた。
「インターネットの回線は世界中に繋がっているのだろう?」
「はい。物体としての回線の管理は国や地域毎に色々な通信事業者がして、インターネットサービスを提供するプロバイダも、各国に大小たくさんの会社がありますけど、世界中と繋がってますね」
「では、我々が個人でバルバツム政府を脅迫した場合、その回線を辿って発信元を突き止めることも可能なのではないか? 電話回線なら、警察が誘拐事件などで逆探知するだろう?」
「そうですね。発信者情報はプロバイダが一定期間保管しますから、脅迫事件や名誉棄損事件とかは、発信者が匿名でも、警察が突き止めてますね」
ファーキルは答えながら内心、冷や汗を拭った。インターネットの接続環境を持たないソルニャーク隊長の洞察の鋭さに尊敬の念を新たにする。
……危ない。俺一人だったら、いつも通り、真実を探す旅人のアカウントでユアキャストにも出すとこだった。
ラゾールニクが遠い目になる。
「警察は……大抵の国では、通信の秘密が基本的人権のひとつとして憲法とかで保障されてるから、裁判所の令状がないと発信者情報をどうこうできないけど、バルバツム連邦の諜報機関は何でもアリっぽいよな」
「え……じゃあ、発信者情報……契約の情報とか勝手に調べられて、最悪、家まで来られたりとかするかもしれないんですか?」
アミエーラがラゾールニクに怯えた目を向ける。
ラゾールニクは考える顔で言葉を並べた。
「アミトスチグマ王国にもラキュス・ラクリマリス王国にも、バルバツム連邦との直通便はないけど、バルバツム陸軍がアーテル領に駐留してるから、そっちから来る可能性が……ゼロとは言い切れないかな?」
クルィーロとアミエーラが顔を引き攣らせる。
「じゃあ、私が飛ばしの端末をいっぱい用意するから、それで捨てアカ作って証拠の動画を色んなサイトで公開して、拡散も別の飛ばし端末で作った捨てアカで、手分けして作業しない?」
「可能なら、ドラクラ共和国からも発信した方がいいでしょうね」
運び屋フィアールカの提案を受け、レーフ局長が自分の端末に地図を表示させて言った。
「そうですね。発信する場所も、自宅や生活圏から離れたとこからの方がいいと思います」
「えっ? じゃあ、俺がやるとしたら、アミトスチグマ……はマリャーナさんに迷惑掛かりそうだから、ジゴペタルム共和国に出張した時とか?」
「私は……アーテル領に行った時? ギームン神官と神官戦士のどなたかにお願いして、どこかの廃墟から発信した方がいいのかな? それか、もっと遠く……バルバツム連邦のコンサートの後?」
ファーキルが運び屋に同意すると、クルィーロとアミエーラが覚悟を決めた顔で聞いた。
「バルバツム領内はやめた方がいいと思うな。発信場所で、歌手のアミエーラさんの仕業なの即バレしそうだから」
ラゾールニクに言われ、アミエーラは蒼白な顔で頷いた。
運び屋フィアールカが椅子から腰を浮かせて聞く。
「みんな、ここでお昼をご馳走になってから帰るのよね?」
「えぇ。そのつもりですが……?」
国営放送アナウンサーのジョールチが何事かと訝る。
「じゃ、ちょっと行って飛ばしの端末持って来るわ」
「えッ?」
運び屋フィアールカは返事も待たず、マリャーナ宅のパソコン部屋を出た。
☆湖畔の窓辺……「3344.呼出して配信」参照




