3634.揺さぶるネタ
ファーキルは、歌手として活動するアミエーラに話を振った。
「アミエーラさんって、バルバツムにもファンが居るんですよね?」
「直接会ったコトはないけど、ユアキャストで投げ銭してくれる人が三人くらい居るわね」
「生配信で雑談とかします?」
「湖南語でならするけど……何か言って欲しいコトがあるの?」
アミエーラが察して質問で返した。
ファーキルは更に聞く。
「アーテル領での【道守り】って、続けてましたよね?」
「ルフス神学校ではクアエスツス君の事件の後、安全の為にって理事長先生に断られたからしてないけど、教会や病院の周りは、前と同じように王都第二神殿のみんなと一緒にしてるわよ」
「アーテル領の荒廃した状態と、復興が進んでいない状況を直接見て、ここに居る誰よりも詳しいですよね?」
「行くのは水害の被災地だけだから、北部の無事だった地域とか、アーテル領全体のコトまでは知らないわよ」
アミエーラは、自分が見たものの範囲をきちんと整理して答えた。
ファーキルは憶測でものを言わない彼女に安心して要望を伝える。
「呪歌の手伝いで回った地域の様子をそのまま雑談で話して欲しいんです」
「えっ? そんなコトでいいの? 湖南語で?」
「できれば、その動画のアーカイブに共通語訳を付けて欲しいんですけど、事務所の許可ってもらえそうですか?」
「公開済みの分に共通語訳がないのは、単に人手と経費の都合なの。エポス社長は、共通語圏にも私のファンをもっと増やしたいから、そこが何とかなれば付けたいって言ったけど」
アミエーラは、エポス芸能事務所の中では下から数えた方が早い順位の歌手だ。彼女にあまり経費を掛けられないのは、仕方がないのだろう。
「じゃあ、俺が一人のファンとして、アミエーラさんの為に共通語訳するから、事務所の方でそれを貼付ける作業だけしてもらえるか、聞いてもらってもいいですか?」
「えぇッ? ファーキル君も会社のお仕事で忙しいんじゃないの?」
アミエーラが気遣い、マリャーナ宅のパソコン部屋に集まった九人が、呼出したファーキルに注目する。
「あの国がこれ以上悪くなると、商圏がひとつ消えますからね。ウチはアーテル企業とも取引があるので、マリャーナさんに言えば、仕事の調整は何とかなると思いますよ」
ファーキルは、この場に居る全員の懸念を払拭する為に微笑んでみせた。
「共通語圏にアーテルの惨状を伝えるのって、ニュースじゃダメなのか?」
移動放送局プラエテルミッサのレーフ局長が首を傾げる。
ファーキルは、FMラジオの局長に向き直った。
「ニュースはその方面に興味関心のある人でないと読みませんからね。アーテルの話題は、共通語圏のポータルサイトではトップニュースになりませんから、わざわざ調べた人でないと、視界にも入らないんですよ」
「あぁ……そう言うコト」
移動放送局プラエテルミッサは、公式サイトでニュースの要約記事の掲載や、ラジオ番組の聞き逃し再配信などもするが、すべて湖南語だ。主な内容は、電波が届く範囲のゼルノー市とその周辺のことが中心で、全国ニュースや国際ニュースは独自取材ではなく、通信社から購入した原稿を読み上げる。
歌手アミエーラの生配信なら、アーテルの状況に無関心な層にも雑談として小出しで届けられる。
湖南語話者と共通語話者の興味を引いても、敢えて検索してまで報道記事に目を通す者は少数派だろうが、一人も居ないよりはマシだ。
一人でも検索して、SNSで一言の感想でも呟いてくれれば、そこから更に誰かの心に引っ掛かるかもしれない。
迂遠だが、アミエーラに頼みたいのは、長期的な関心の維持だ。
バルバツム連邦では、連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊のアーテル共和国への派遣に反対するデモが毎週のように繰り広げられるが、デュクス大統領も連邦議員も撤退を判断する素振りすらない。
魔獣に捕食された兵士の遺族は心が折れ、デモに参加する者が時を追う毎に減ってゆく。
アーテルの状況がどんなに酷いか、共通語圏でもっと広まれば、派兵反対デモが勢いを取り戻すかもしれない。
ファーキルは、我が子が兵役義務年齢に近付く親たちの危機感を煽りたかった。
クルィーロが自分を指差して聞く。
「俺は何すればいい?」
「クルィーロさんはいつも通り、マリャーナさんとの契約に従ってラキュス・ラクリマリス王国内の情報を伝えて下さい」
「えっ? ホントにいつも通りでいいのか?」
「もしかしたら、アゴーニさんの都合がつかない時にメドヴェージさんとの連絡役をお願いするかもしれませんけど」
「わかった」
クルィーロは、マリャーナが通信費を払い続ける私物のタブレット端末を握りしめて頷いた。
ファーキルは少し考えて付け加える。
「そのついでに鎮痛剤系違法薬物や脳解毒薬絡みで何か少しでも情報があれば、教えてもらえると有難いんですけど」
「俺よりファーキル君の方が詳しそうだけど」
「そうでもありませんよ。アミトスチグマ王国には脳解毒薬を作れる術者が一人も居ませんし、今のところ鎮痛剤系違法薬物が国内に持ち込まれた事件もありませんから、俺の情報源はニュースとSNSだけで、一次情報がひとつもないんです」
「でも、紫連樹の葉は仕入れてるんだよな?」
中小企業勤務のクルィーロが、少し羨ましそうな顔で確認する。
「それに関連して、バルバツム連邦に揺さぶりを掛けられそうな情報と証拠が手に入ったんで、どうにかして広められないかなと」
運び屋フィアールカが、緑の瞳に不吉な輝きを宿して身を乗り出す。
「何? 面白そうなコト企んでるのね」
「それをネタにルスタートル司令官か誰かを脅して撤退させるのか?」
ソルニャーク隊長も興味津々で話に加わった。
葬儀屋アゴーニが苦笑する。
「まぁ待て。まずはその情報とやらを聞いてからだろ」
「どんな情報なのですか?」
国営放送アナウンサーのジョールチが、懐からメモ帳とペンを取り出す。
ファーキルはひとつ深呼吸して答えた。
「バルバツム連邦軍が、アーテル人の子供を衛生兵として育成して、アルトン・ガザ大陸南部の紛争地域に派遣してるんですよ」
メドヴェージが気の抜けた声を出す。
「は?」
「何故、敢えてアーテル人の子供を?」
「大人のお医者さんとか看護師さんじゃなくて?」
ソルニャーク隊長とアミエーラの疑問が重なった。
「バルバツム連邦陸軍魔獣駆除特別支援部隊が、アーテル人の孤児をアーテル領内の駐屯地に連れて行って、【癒しの風】を仕込んで、【魔力の水晶】で発動させられるようになった子を順番にドラクラ共和国へ送って、勝手に作った駐屯地で衛生兵として働かせてるんです」
「あッ! その話、前に聞いたな。あの時はまだ、湖南語を話す子供が呪歌でバルバツム兵を癒してるってことまでしかわからなかったけど、アーテル人なの確定なんだ?」
クルィーロはすぐに思い出してくれた。
「えぇ。ウチが雇ったアミトスチグマ人の魔法戦士に頼んで、動画を撮った人にデータを送ってもらって、マリャーナさんの伝手で【明かし水鏡】を使って特定しました」
ソルニャーク隊長が当然の疑問を零す。
「バルバツム軍がアーテル人の子供に魔法を仕込む? そんなコトが可能なのか?」
「ユアキャストには、初歩的な魔法講座の動画が溢れています。呪歌【癒しの風】は、大聖堂が聖典を全文公開して、ロークさんが治癒魔法は悪しき業ではないって解説して以来、人気コンテンツのひとつなんですよ」
「そう……なのか?」
ネットの接続環境を持たないソルニャーク隊長は半信半疑だ。
ファーキルはみんなに聞かせる為に説明を続けた。
「バルバツム軍に魔法のことはわからないでしょうが、租借地の病院で【癒しの風】による治療を受けましたから、旋律を聞けば、それとわかる兵士が増えた筈です」
「成程……?」
「ユアキャストでサイト内検索して、【癒しの風】の解説動画をみつければ、後は簡単です」
「歌詞と旋律を覚えるだけなら、動画を何回も見せればできるでしょうね」
アミエーラが音楽の非常勤講師として言った。
彼女はアーテル共和国のルフス神学校で、聖典に聖歌として記された呪歌を本来の歌詞で教える授業を担当する。主にオンライン授業で、【道守り】の力ある言葉の呪文を教えるのだ。
神学生は、彼女が手本を謳った動画を視聴して自習する。
クルィーロが首を捻った。
「でもさ、【水晶】を握って魔力を引き出すのも、ちょっとコツが要るよな?」
「俺でもできますし、アーテル人の子供も、頑張ればなんとかなるんじゃないんでしょうか?」
ファーキルが言うと、ソルニャーク隊長とメドヴェージは何とも言えない顔で顎を引いた。
ラゾールニクが微妙な顔になる。
「でも、魔道具の調査結果なんて、バルバツム連邦は気にしないんじゃない?」
「その動画も、巧妙に編集したフェイクだと一蹴されそうです」
ジョールチも懸念を口にした。
☆クアエスツス君の事件……「3113.神学生の異変」~「3125.警察に委ねる」参照
☆教会や病院の周り……「3182.被災地の現在」~「3191.戦争の被害者」参照
☆アーテル人の子供を衛生兵として育成……「3236.任務は空振り」「3243.使い捨て人材」「3254.孤児達と話す」「3255.処遇改善の案」参照
☆その話、前に聞いた……「3417.成長した仲間」~「3419.重たい世間話」参照
☆ソルニャーク隊長とメドヴェージは何とも言えない顔……ファーキルが元アーテル人だと知っている「545.確認と信用と」参照




