3633.役割の割振り
フリージャーナリストのラゾールニクが、ぬるくなった紅茶を飲み干してファーキルに聞いた。
「バルバツム兵の雑談を聞いたのって、租借地の何病院? 看護師さんに取材したいんだけど」
「ルフス港湾病院です」
「成程。ルフス工業団地絡みか」
ラゾールニクが納得する。
リゴルネット株式会社の物流倉庫があるのも、ルフス工業団地の中でも租借地から近い地区だ。
「お前さんよぉ。俺らを集めて何しようってんだ? またアーテルに乗り込んで何かすりゃいいのか?」
トラック運転手のメドヴェージが聞いた。彼は戦時中、ラゾールニクたちと共にアーテル本土の水害被災地へ情報収集と自動車の部品調達に行った実績がある。
ファーキルは、メドヴェージの意気込みを有難いと思うと同時に申し訳なくなった。
「今はみなさん、お仕事がありますし、現地でどうこうって言うのはお願いできませんよ」
「じゃあ、何すんだ?」
「業務の守秘義務に抵触しない程度で結構ですんで、リゴルネットの配送に関して、トラックの運転手さん仲間で何か情報があったら教えて欲しいんですけど」
「何か情報ったって、ぼんやりし過ぎて何言やイイかわかんねぇぞ」
メドヴェージが、共に旅した頃と変わらない調子で苦笑する。
「リゴルネットからの仕事の愚痴を教えて欲しいんです」
「お前さんみてぇな大企業の正社員が、わざわざ愚痴聞いてくれるってのか?」
メドヴェージが訝る。
「バルバツム連邦の大企業が、リストヴァー市で雇った人にどんな扱いをしているか、愚痴から色々見えてくるんで」
「あぁ、そう言うコトか。お安い御用だ」
メドヴェージが納得する。
ネーニア島東部のリストヴァー市には、ラキュス・ラクリマリス王国内で唯一、インターネット通販の世界最大手リゴルネット株式会社の物流倉庫がある。
本社が所在するバルバツム連邦など、多くの国でリゴルネットに直接雇用された労働者や、配送契約を結んだ中小零細の運送業者が、労働問題に関する訴訟を提起して、度々ニュースになる。
リゴルネットは、消費者として利用する分には便利でいいが、労働環境が劣悪なことで有名なグローバル企業なのだ。
「メドヴェージさんは、リゴルネットの仕事したことありますか?」
「いいや。俺ンとこは工場と契約してるだけで、そっち方面の仕事はやったコトねぇから、友達に聞いとくわ」
「よろしくお願いします」
メドヴェージがクッキーに手を伸ばしかけたが、ふと気が付いた顔で動きを止めて聞く。
「友達の愚痴聞くのはいいんだけどよ、どうやってお前さんに伝えりゃいい? 俺ぁ端末なんざ持ってねぇんだけどよ」
「それは、レーフさんにお願いしてもいいですか?」
「リストヴァー市では明後日に生放送するけど、最近、移動放送車を増やした関係で、従業員に現場経験を積ませてるんだ」
移動放送局プラエテルミッサのレーフ局長が申し訳なさそうに言う。急に予定を変えるのは難しそうだ。
葬儀屋アゴーニが手を叩き、クッキーの粉を払って提案する。
「メドヴェージさんが何かに書いて放送局の奴に渡すか、ゼルノー市まで出て来た時にどっかで落ち合って俺が受取ってもいいけど、どうする?」
メドヴェージが驚く。
「あんたも焼き場の仕事があるだろうに」
「でも、会議が来週なら、急ぐんだろ?」
葬儀屋アゴーニがファーキルに聞いた。
ファーキルは、少し考えを巡らせて答える。
「なるべく早い方がいいと言えばいいんですけど、こっちの情報はあんまり急ぎませんよ」
レーフ局長がホッとした顔で言う。
「急がないんなら、俺の方でも、運転手さんや倉庫の従業員に取材してみるよ」
「よろしくお願いします」
葬儀屋アゴーニが、運転手のメドヴェージに話を振った。
「昼休みにどっかのメシ屋で落ち合えれば、割とすぐ済むと思うけどな」
「ゼルノー市のメシ屋……南大橋の近くの焼魚亭って定食屋、知ってるか?」
「あぁ、ご遺体の受取りで、近くに行ったコトあるな」
「じゃあ、そこで、明後日のメシ時にどうだ?」
「そんなすぐ話を集められンのか?」
アゴーニが緑の眉を顰めた。
メドヴェージがファーキルに顔を向ける。
「明日のメシ時に聞けるだけ聞いて、その分だけでも、先に渡しとこうと思ってな。ちょびっとだろうけど、それでもいいか?」
「有難うございます。時期によって繁忙感が違うと思うので、できれば一年くらい続けてもらっていいですか? よかったら、お二人のご飯代出しますけど」
ファーキルは二人の好意に甘えることにした。
メドヴェージが驚く。
「おいおい、スゲェ太っ腹だな。いいのか?」
「会社の情報収集も兼ねてるんで、経費で落とせますよ」
「ちゃっかりしてやがる」
メドヴェージとアゴーニが声を揃えて笑った。
話が一段落したと見て、ソルニャーク隊長がファーキルに聞く。
「私は何をすればいい?」
「ソルニャークさんって、今は農業指導してるんですよね?」
「そうだ。東教会の庭でプランター栽培の指導と、山裾に拓いた畑で農作業を取り仕切っている」
「教会でも教えてるんですか。それなら、色々な人と話をする機会がありますよね。それと、外国からの寄付の仕分けとかは手伝ってませんか?」
「手伝っているが……そうだな……星界の使者が、バルバツム製の医薬部外品を聖星道リストヴァー病院と平和記念東リストヴァー病院に寄付していたが、アーテル共和国がバルバツム連邦から届く救援物資の内、医薬品を断わった頃から送って来なくなったな。医薬品はアミトスチグマ王国で仕入れた市販薬なので、寄付を続けているが」
ソルニャーク隊長は先回りして、気になる情報を教えてくれた。
……この人、やっぱ頭の回転早いよな。
リストヴァー市内の私立病院は、二カ所ともバルバツム連邦に本部を置く慈善団体「星界の使者」が設立に尽力した。
聖星道リストヴァー病院は、リストヴァー自治区の開設間もない頃、医師だった前代表者が、平和記念東リストヴァー病院は冬の大火の後、後任の代表者リゴル社長が采配したものだ。
ファーキルは情報を補足した。
「アーテルでは密輸だけじゃなくて、救援物資として正規の経路で届いた色々な医薬品にも、錠剤の外見を本物そっくりに作った鎮痛剤系違法薬物が混じってるのがわかって、それ以来、救援物資の薬は全部断るようになったんですよ」
メドヴェージが国営放送のアナウンサーを見る。
「ジョールチさん、前にラジオで言ってたよな? 胃薬とかの中身が贋物の痛み止めだったとか何とか」
「はい。バルバツム連邦に支部を置く天球儀会……星の標の元構成員が作った慈善団体が一枚噛んでいたとの情報があります」
ジョールチが肯定して情報を付け加えた。
クルィーロが心配してソルニャーク隊長に聞く。
「星界の使者は、そいつらがどこかで寄付の貨物にこっそり違法薬物を忍ばせるとか、そう言うのを用心して、バルバツム製の包帯とかの寄付をやめちゃったんですか? 病院の人、困ってません?」
「新たな調達先を探す間、しばらくは寄付が止まったが、今はラニスタ共和国で調達したもので賄っているので大丈夫だ」
ソルニャーク隊長の答えで、場の空気が軽くなった。
☆ルフス工業団地……「2813.理性と気持ち」参照
☆平和記念東リストヴァー病院……「2801.呆気ない別れ」参照
☆天球儀会……「3197.大規模な捜査」参照




