3631.旧交を温める
印暦二二〇一年十二月中旬。
アミトスチグマ王国の夏の都に雪が降った。温暖なので積もることはないが、外はいつもより寒い。
高級住宅街にあるマリャーナ宅の一室……通称パソコン部屋には、久し振りに移動放送局プラエテルミッサの面々が集まった。だが、全員ではない。
総合商社パルンビナ株式会社に雇われ、ここで居候するファーキル。
中小企業のカルタルス商会に就職して、トポリ市に住むクルィーロ。
歌手と縫製職人、ルフス神学校の音楽講師で三足草鞋のアミエーラ。
局長として、移動放送局プラエテルミッサを切盛りするDJレーフ。
国営放送のクレーヴェル支局で、アナウンサーを続けるジョールチ。
本物のフリージャーナリストになって記事で見掛けるラゾールニク。
ゼルノー市職員になり、斎場で働く葬儀屋アゴーニは有休を取った。
リストヴァー市内で、東教区の住民に農業を指導するソルニャーク。
今も大型トラック一筋で、配送範囲が広がった運転手メドヴェージ。
移動放送局プラエテルミッサとは異なる立場の運び屋フィアールカも、ファーキルの呼出しに応じた。彼女はフラクシヌス教の元神官だ。
薬師アウェッラーナは、トポリ市立東市民病院の仕事だけでなく、脳解毒薬の調合業務もあって多忙を極める。
アビエースはベテラン漁師として後進の育成を始め、今日は講師の仕事を抜けられないと言う。
パンの椿屋を営むレノ店長、ピナティフィダ、エランティスは、平日はそれぞれ病院の仕事と学校、週末はパンの移動販売で忙しく、今回は参加を見送った。
高校生になったアマナは期末考査で休めず、父パドールリクはクルィーロと同じ中小企業勤務で、父子が同時に休暇を取るのが難しい。
少年兵だったモーフは、リストヴァー市内の工場で働く傍ら工業高校にも通い、アマナと同じく期末考査の期間なので出て来られなかった。
キルクルス教団ネモラリス教区を預かる大司教になったロークは、信徒からの相談を受け、異端者を正しい信仰に導き、大聖堂から派遣された司祭たちを統括する責を負い、聖典に記された魔法を善き業として解説する生配信もあり、そう簡単に教会を留守にできない身だ。
呪医セプテントリオーは今年の春に過労で倒れて以来、未だに職場復帰できず、クレーヴェル城で療養の日々を送る。
……集まれたの九人で、来られないの十人か。
移動放送局プラエテルミッサのトラックには乗らなかったが、武力に依らず平和を目指す活動で共に力を合わせたリストヴァー選挙区のラクエウス議員と、彼の姉で星道の職人クフシーンカは、何年も前に聖なる星の道へ旅立った。
二人とも元々高齢だった為、いつ亡くなっても不思議ではなかったが、終戦を見届けられたので、心残りはなかったと信じたい。
クフシーンカは星道の職人として、アミエーラの妹弟子サロートカを後継に据えて逝った。彼女はロークと協力して、聖典の星道記が魔導書の写しであることを世界中のキルクルス教徒に証明してみせるなど、魔法使いと無原罪の清き民を隔てる厚く高い壁を切り崩す活動を続ける。
……報道関係者が三人も居るし、フィアールカさんの人脈と情報網も相変わらず凄いし、これだけ居れば何とかなるよな。
ロークには、後でこの会議を動画で見てもらう。
ファーキルは、三脚に立てたカメラをチラリと見た。
メドヴェージが、集まった面々を見回して顔を綻ばせた。
「こんだけ集まンの久々じゃねぇか?」
「そうですねぇ。メドヴェージさん、お元気そうでよかったです」
アナウンサーのジョールチが、ラジオと同じ声でしみじみ言って懐かしむ。
クルィーロが、ファーキルの隣の席に置いたタブレット端末を小突いた。
「ジョールチさんは動画ニュースにも出てるから、全然久し振りな感じしませんけどね」
「最近はそんなのあるんだな。俺は仕事中にカーラジオで聞く専門だ」
メドヴェージが笑う。
「ラキュス・ラクリマリス王国では、旧ネモラリス領でのインターネット普及に伴い、ラジオの需要が年々下がっています。その代わり、動画ニュースでの出演が増えましてね。有難いことに仕事量は変わらないのですよ」
ジョールチが微笑むと、定年退職が近い彼の目尻に以前より深い皺が寄った。
葬儀屋アゴーニが、報道関係者三人を見回して聞く。
「セプテントリオー呪医のニュース、最近は何もねぇんだが、あんたら何か知らねぇか?」
「この間、アマナがお城に呼ばれて俺もお見舞いしましたけど、まだ全然ダメな感じでしたよ」
「えッ? クルィーロさんとアマナちゃんがお城に?」
ファーキルとアミエーラが異口同音に驚いた。
「あれっ? まだ言ってなかったっけ? あ、データ渡すの来週だからか。この春、呪医のおうちが郷土資料館として一般公開されただろ。で、九月にアマナが校外学習で行ったら丁度十万人目の見学者で、呪医が自分で記念品を渡したいからって、ついこの間、クレーヴェル城に呼ばれたんだ。あ、俺は付添いね」
「私は十万人目の見学者の記事を読んで、久し振りに消息が知れて個人的に嬉しかったのですが、記念品の贈呈が三カ月もずれ込んだのは……セプテントリオー殿下のお加減が芳しくないからなのですね?」
国家公務員のジョールチが顔を曇らせる。
クルィーロも難しい顔で答えた。
「椅子から立ったり座ったりするのも、お付きの人に支えてもらわないと厳しいみたいで、仕事どころじゃない感じでしたよ」
アミエーラが涙目になる。
ラゾールニクは苦笑した。
「流石にあのお歳で、三百六十五連勤七年連続は無理があるよなぁ」
「若かったらイケるみたいな言い草だな、オイ?」
メドヴェージがラゾールニクを肘で小突いた。
「旧王国時代の軍医ってあんまり休みが取れなかったし、呪医は公爵でもあったから、軍の仕事がお休みの日は領地のお役所仕事をこなして、実質、三百六十五連勤を二百年以上してたようなものじゃないかしら?」
旧王国時代から生きる運び屋フィアールカが言うと、常命人種の面々は度肝を抜かれた。
ファーキルも、そこまで多忙だったとは思わず、言葉も出ない。
頷いたのは、同じく旧王国時代から生きて、当時も仕事で関わりがあった葬儀屋アゴーニだけだ。
「俺も八月の終わり頃、仕事でクレーヴェル城に行きました。来たついでなので是非どうぞって、呪医のお部屋のお茶会に招かれたんですけど、アゴーニさんより老けて見えるくらいボロボロでしたよ」
「おいおい……ホントに大丈夫なのか?」
自営業者から地方公務員に転身した葬儀屋アゴーニが、本気で心配する。
「そんな状態でも、治癒魔法は普通に使えてましたよ」
「治癒魔法? 誰か怪我をしたのか?」
ソルニャーク隊長が別の心配をする。
ファーキルは小さく手を挙げた。
「俺です。見習いの女官の人が躓いて転んで俺にお茶が掛かって火傷したんですけど、呪医がすぐ【癒しの水】で治療してくれたんで大丈夫でした」
「そうか……それは災難だったな。その見習いは」
「ファーキル君から聞いて気になってたから、呪医に聞いてみたんですけど、その人が呪医のお部屋に居たのは、お城勤務の研修だったからで、今は本採用されてお城の厨房で皿洗いを担当してるそうですよ」
答えたのはクルィーロだ。
「あ、ホントにクビにならずに済んだんですね。よかった」
ファーキルは他人事ながら安心した。
ラゾールニクが首を傾げる。
「ホントに……って何か言われたのか?」
「呪医はミス一回でクビになんてしないって言ってくれて、偉い女官の人も、もし賠償が発生しても、全責任を負うのは監督責任のある上司の自分だから心配しなくていいって言ってたんですけど、客の手前、大丈夫って言っただけかもって思ってたんで」
「ははは……心配性だな」
ラゾールニクに笑い飛ばされ、ファーキルは心配して損した気分になった。
「えー……まぁ、そのお茶会では、カミェータ様もご一緒だったんですけど、お部屋に行く途中、呪医が気にしてるから、それとなくアーテルの大統領選の話とかしてあげて欲しいって言われて、カミェータ様とちょっとだけアーテル情勢の話をしてきました」
「カミェータ様ってなぁ、どこのどいつ様だ?」
メドヴェージに聞かれ、ファーキルは少し考えて答えた。
「カミェータ様もラキュス・ネーニア王家の王族で、王位継承権はありませんけど、呪医より格上の分家です」
「へぇー……家の格ってなぁよくわからんが、要は呪医の親戚なんだな?」
「そうです。ネーニア島南部にあるガリクーハ神殿の神官長です。王族の公務と聖職者としてのお勤めの他、個人的にあちこち土地をお持ちで、ランテルナ島の光の導き教会一帯の地主でもあります」
「湖の民の王族がアーテル領に土地を?」
ソルニャーク隊長が驚く。
「俺も終戦まで知らなかったんですけど、ランテルナ島は昔から土地の所有者が大勢居て、アーテルが共和国として独立してからも、個人の土地所有権はそのままなんだそうです」
「へぇー……?」
メドヴェージがよくわからない顔で感心する。
アナウンサーのジョールチが報道関係者として確認した。
「カミェータ様の土地と言うことは、ラキュス・ネーニア王家の直轄領なのですよね?」
「そうです。それで、カミェータ様もアーテル情勢に強い関心をお持ちで、常に情報収集なさっておられるそうで、先月開かれた国家再統合会議の議長をお勤めなんです」
ファーキルは、本日の議題に向けて少しずつ会話を誘導した。
☆お茶会に招かれた……「3517.お茶会の来客」~「3519.厳しい懐事情」参照
☆カミェータ様とアーテル情勢の話……「3520.客たちの雑談」「3521.事件の生配信」参照
☆ランテルナ島の光の導き教会一帯の地主……「3522.大聖堂の五人」「3523.老司祭の抵抗」参照
☆国家再統合会議の議長
第一回……「3571.再統合の会議」~「3575.連邦軍の目的」参照
第二回……「3600.聖光党の情報」参照




