3630.無理を止める
食後のお茶が入ると、呪医セプテントリオーは話を蒸し返した
「ファーキルさんとフィアールカさんも郷土資料館に行ってくれたのですね。何か言っていましたか?」
「セルジャントさんが強烈だったそうですよ」
アマナが正直に答える。
呪医セプテントリオーは微妙な顔になったが、アルボル女官長たちの表情に気付くと口の端に笑みを浮かべた。
「あ、初日だけ特別に一般人が撮影してもよかったから、ファーキルさんたちも写真撮ってましたよ」
「俺たち、その写真をメールで送ってもらったんです」
……メールの写真にはコメントなんてついてないし、こっちならいいんじゃないかな?
クルィーロは、背広のポケットからタブレット端末を出した。メールからダウンロードした画像用のフォルダを開いて、呪医セプテントリオーに向ける。
アルボル女官長には何とも言えない顔をされたが、問題ない筈なので見なかったことにした。
呪医セプテントリオーが、郷土資料館として公開された実家の屋敷を訪れた人々に注目する。
「初日なのにこんなに大勢の方々が見学に来られたのですね」
「開館記念式典の抽選、倍率凄くって、ウチはダメでしたけどね」
「そんなに?」
呪医セプテントリオーが、郷土資料館の人気に驚く。
「報道関係の人は別枠……だったかな? 記者抜きでも凄い多いですよね」
クルィーロは自信がなかったが、取敢えず言ってみた。
アマナが声を弾ませる。
「ティスちゃんたちは、忙しいしどうせ当たらないから申込まなかったって言ってましたけど、フィアールカさんは当選して、招待状一通で二人行けるからファーキルさんを誘ったそうです」
「あの二人、戦後も付き合いが続いていたのですね?」
呪医セプテントリオーが意外そうに聞く。
「俺とレーフ局長もそうですけど、今も時々みんなで情報交換するんですよ」
「みなさん、お元気ですか?」
「元気ですよ。レーフさんは移動放送局プラエテルミッサの局長してますけど、今は何人か雇って放送を続けてます」
「ゼルノー市だけなんですよね? FMはクレーヴェルに届かないので、私は聞いたコトがないのですよ」
呪医セプテントリオーは、しょんぼり肩を落とした。
過労で倒れる前は、ゼルノー市立中央市民病院にも巡回診療したが、勤務中は忙しく、ラジオを聞く時間など取れなかったのだ。
今は、暇を持て余すが、ネーニア島からネモラリス島まで電波が届かない。
「インターネットなら、場所は関係ありませんよ」
「えっ? その端末でラジオも聞けるのですか?」
呪医セプテントリオーがクルィーロの説明に食いつく。
クルィーロは驚いて呪医セプテントリオーの私室を見回した。見える範囲にはパソコンなどがない。
「あれっ? 呪医、端末持ってないんですか?」
「セプテントリオー殿下がパソコンやタブレットをお持ちになられますと、このお部屋でも四六時中お仕事なさいますので、行政機関での導入当初より、シェラタン陛下から決して渡さぬようにと厳命されております」
アルボル女官長がすかさず答えた。
クルィーロとアマナは、驚きが言葉にならない。
「御用の際は我々が代わって、何かを少しお調べする程度なら、許可が出ております」
若い近衛兵テーメニが自分の端末を指差した。
近衛兵ジャドが、先回りして答える。
「カルテの入力などは、医療秘書官のヂェーニ殿がなさいます」
「私がパソコンを触らせてもらえるのは、保健省の席に置いてあるイントラネット専用端末をほんの少しだけなのですよ」
呪医セプテントリオーは恨めしそうな顔でアルボル女官長を見るが、年配の湖の民は全く動じない。
アマナが納得した顔になる。
「ファーキルさんから聞いたんですけど、呪医は難民キャンプの医療支援がお休みの日、マリャーナさんのおうちに居ても、ずっとパソコンの部屋に籠って情報収集してたそうですし、端末持ったら寝ないでニュース見そうですよね」
「せっ戦時中からそのような……!」
アルボル女官長が目を剥いて絶句する。
「九月に元貴族の身許確認に立会われた際も、休憩用のお部屋にパソコンを持って来させてまで、ニュースをご覧になられて」
「えぇ……?」
近衛兵ジャドの説明で、クルィーロとアマナは、呪医セプテントリオーに呆れた目を向けた。
「いえ、あれは湖南経済新聞の動画で、ニュースはラクリマリス城の文官に読み上げてもらいましたし、私はベッドで横になっていましたから負担は全然」
「そこまでして……何のニュースが気になってたんです?」
クルィーロは、呪医セプテントリオーがラクリマリス城の官吏に我が儘を言ってまで求めた情報が何か気になった。
「レーグルス殿下が八月に魔法薬学会で開いた脳解毒薬に関する会議です」
「あぁ! あれですか」
クルィーロは納得と同時に拍子抜けした。
「私は脳解毒薬の論文の共著者ですし、医療行政を掌る王族として紫連樹の葉の調達にも関わっていますから、知る必要があるのですよ」
「えッ? 呪医、怪我人の治療だけじゃなくて、そう言う……役所のお仕事もしてたんですか?」
アマナが怯えた顔で聞く。
呪医セプテントリオーは何でもないことのように言った。
「えぇ。ネモラリスとラクリマリスの再統合で、医療行政の統廃合が必要になりましたからね。ラクリマリス王家と行政関係者との新制度設立に関する会議、電子カルテの書式統一に関する会議、各公立病院から上がった問題点の整理や対策の采配、脳解毒薬の治験に関する組織の起ち上げですとか、プートニクさんに紫連樹の生えている場所に政府の調査隊を案内してくれるようにお願いしたこともありますし、色々な仕事が山積みなのですよ」
「え……えぇぇええぇ?」
アマナの驚きが鎮花茶の薬効を振り切った。
クルィーロが、ひとつ深呼吸して確認する。
「それで……三百六十五連勤……だったんですね?」
「戦争と経済制裁のせいで品薄になった医薬品や魔法薬素材の調達についても、各業界に指示を出しましたよ」
「寝てて下さい。一年くらい丸ごと休んだって、誰も文句言わないと思います」
クルィーロが言うと、女官と近衛兵たちが首を縦に振って同意を示した。
呪医セプテントリオーが涙目になる。
「しかし、私が休めば、助かる筈の患者さんが助からなくなるのですが」
「でも、呪医は元気だった頃も、全部の病院で同時に仕事するのは不可能でしたよね?」
クルィーロは、強い口調で聞いた。
呪医セプテントリオーが面食らう。
「え? ……まぁ、そんなことは誰にもできませんが」
「えぇっと、例えば、ゼルノー市の中央市民病院で仕事してる時、トポリ市の北市民病院に死にそうな患者さんが搬送されても、北市民病院の患者さんは治療できませんでしたよね?」
「そう……ですが」
呪医セプテントリオーが暗い顔になる。
中年の女官カタラクタが再度、鎮花茶を宙で沸かした。
クルィーロが畳み掛ける。
「だから元々、患者さんを一人残らず助けるなんて不可能なんですよ」
「しかし……それでも、私は、湖水の王族として、呪医として救わなければならないのです」
「その“救われる人”の中に呪医も入れて欲しいんですけど」
アマナも泣きそうな声で加勢する。
「無理なコトしようとするの止めて、普通に手の届く範囲を助けていただくだけで充分なんですよ」
クルィーロが言うと、近衛兵たちがハッとして、呪医セプテントリオーに注目した。王族の私室に沈黙が降りる。
……お見舞いに来て落ち込ませるとか、本末転倒じゃないか。俺。
クルィーロは、王族相手に無礼なことを言ってしまったと後悔したが、一度出した言葉は取り戻せない。腹を括って最後まで伝えることにした。
女官と近衛兵を見回して姿勢を正す。
「呪医にはお付きの人が大勢居るワケですし、その人たちとか役所の人たちとかに仕事振ってけば、倒れる前よりできるコトが増えると思うんですよね」
「そうは言っても、旧王国時代の医療行政など、長命人種の私の知識が必要な場面が多くてですね」
半世紀の内乱時代は、王族も無事では済まなかった。旧王国時代の行政に詳しい長命人種は、ほんの一握りしか生き残れなかったのだろう。
生き残りの一人である呪医セプテントリオーに負担が集中するのは、無理からぬことなのだ。
「今はパソコンとインターネットがありますから、古い時代の情報をまとめて、整理して、若い人の知識を補って、仕事を任せるって言うのができるようになってきてるんですよ」
クルィーロが、敢えて呪医セプテントリオーの弱々しい反論を封じると、若い近衛兵テーメニがこっそり頷いた。
アマナが、呪医セプテントリオーの瞳を見詰めて確認する。
「カルテを電子化したから、難民キャンプに居た頃の既往症とか、国内の病院で確認できるんですよね?」
「えぇ。ファーキル君や難民の有志、アミトスチグマ王国のボランティアの方々が頑張って入力して下さったデータを流用しましたから」
「そんな感じで、今は力なき民にも任せられるコトが増えてるんですよ。旧王国時代の役所の書類とかも、データ化してしまえば、知りたい情報がすぐみつけられるようになって、仕事がやりやすくなると思うんですよね」
……まぁ、古文書をデータ化するの、量が多過ぎて死にそうだけど。
呪医セプテントリオーの顔が明るくなる。
「あッ……データ化作業をパソコンの扱いが堪能な力なき民に任せれば、失業対策になりますね」
「呪医が何もかも抱え込まなくてよくなりますし、一石二鳥ですよ」
「その件につきましては、私から保健省にお伝え致します」
「頼みましたよ」
近衛兵ジャドが引受けると、呪医セプテントリオーは笑顔を向けた。
☆九月に元貴族の身許確認に立会われた際……「3560.駄々を捏ねる」~「3565.続報を調べる」参照




