3627.面会はお断り
今日の招待では、事前に午後のお茶の時間まで滞在するように伝えられた。
正午の少し前、女官と近衛兵の一部が交代。代わりに来た女官が昼食の乗ったワゴンを押して、クレーヴェル城内に設けられた呪医セプテントリオーの私室に入室した。
軽食用の小さな円卓にそれぞれ昼食の皿が並べられる。
中年の女官が食卓の中央にパン籠を置いた。ロールパンは、プレーンと人参を練り込んだオレンジ色の二種類だ。
呪医セプテントリオーは湖の民なので緑青入りスープ、クルィーロとアマナは陸の民なのでコンソメスープが提供された。
金髪の兄妹は招待状が届いてからの一週間、マナー動画を観て真似して夕飯を食べたが、まだまだ自信がない。
……トラックで雑魚寝してた頃も、呪医の食べ方、上品だったよなぁ。
あの旅は、暗闇の泥沼を泳ぐように辛く苦しいことが多かった筈だが、過ぎてみれば楽しい思い出もたくさんあったような気がする。
呪医セプテントリオーがにっこり笑って、クルィーロとアマナに食事を促した。
「トラックの荷台で共に食事をした仲です。私はテーブルマナーなど気にしませんよ」
「トラックの荷台……でございますか?」
この部屋付きの女官が声を裏返らせ、呪医セプテントリオーをまじまじと見た。
「あ、そ、その……戦時中、当時、呪医がお勤めだったゼルノー市の市民病院が空襲で焼けて、トラックの運転手さんが荷台に乗せてくれて、しばらく俺たちと一緒に避難してたんです」
「え? あ、あぁ……左様でございますか」
クルィーロが説明すると、昼食を運んできた女官はぎこちなく頷いた。
……王族が俺たちと一緒にトラックで雑魚寝してたとか、よく考えたらとんでもないな。
「アウェッラーナさんのお兄さんが魚を獲って、レノ店長さんたちが料理して、あれはとても美味しかったですね」
呪医セプテントリオーが遠い目をしてしみじみ言う。
アマナが明るい笑顔で応じた。
「そうですね。魚のホイル焼き。トレーにマジックで円を描いただけの【炉】でしたけど、あるのとないのじゃ大違いで、あの頃はみんなで色々工夫して栄養が偏らないように頑張ってましたもんね」
「みなさん、お元気ですか?」
「えぇ。レノたちは……このパンの通り、元気ですよ」
クルィーロは言葉を飲み込み、レノたちの母ファリナが職場の女性に騙されて鎮痛剤系違法薬物を飲んでしまい、トポリ基地の陸軍病院に入院して軍医レーグルスに脳解毒薬を投与された件を伏せることにした。
だが、呪医セプテントリオーと共に旅したレノ、ピナティフィダ、エランティスの三兄妹が元気なのは本当だ。
「なりません」
「通してよ、ケチ!」
「レーグルス殿下のご面会はお断りするよう、陛下からのご命令」
「ちょっとくらいいいじゃないか!」
男女の言い争う声で、三人は食事を中断して扉に注目した。
「お見舞いのお約束をなさっておられませんよね?」
「してないって言うかできないんだよ。手紙も君たちが握り潰してるよね?」
「お手紙は一旦お預かりして、時期を見てお渡しすることになっております」
突っ撥ねるのは近衛兵の大柄な女性で、食い下がるのは軍医レーグルスだ。
……え? 王子様、アポなしでお見舞いに来たってコト?
扉の外では、警備の女性近衛兵と軍医レーグルスの押し問答が続く。
「セプテントリオー殿下は只今、来客中です」
「お見舞いの人が居るんなら、私もついでにイイよね?」
「なりません。シェラタン陛下から禁じられております」
「どうして私だけダメなんだ? お見舞いの約束を取り付けようとしても係のところで話が止まって先輩のとこまで行かないし」
「シェラタン陛下のお許しがなければ、如何にレーグルス殿下と雖もお通しするワケには参りません」
「伯母さんにも言ってみたけど、てんで取り合ってくれないんだもん。先輩が気になって気になって気になって仕事が手に付かないから来ちゃった」
「来ちゃったではございません。そもそも、魔法薬学会での脳解毒薬研修はどうなさったのですか?」
「昼休みだから! 今だけ! ちょっとだけだから! ねぇ!」
クルィーロは困惑して、呪医セプテントリオーを見た。彼の背後に控えるアルボル女官長が険しい顔で扉を睨む。
……何この筋金入りの駄々っ子。って言うか、あの近衛兵の女の人、強いな。
クルィーロは隣に顔を向けた。匙を手に固まったアマナが苦笑する。
呪医セプテントリオーが溜息混じりに命じた。
「ラシーハ、開けて下さい」
「いえ。セプテントリオー様のご命令と雖も、女王陛下から固く禁じられておりますので」
ラシーハと呼ばれた女性近衛兵は扉越しに返事をしたが、取り付く島もない。
「退いて! 先輩もいいって言ってるのに! 通してよケチ!」
軍医レーグルスがますます感情的に怒鳴る。
……やたら厳重な警備だと思ったら、呪医が脱走して病院の手伝いに行かないようにするのと、王子様を止める為かよ。
クルィーロは小さく手を挙げて、アルボル女官長に小声で聞いた。
「えっと……質問、いいですか?」
「何なりとどうぞ」
「どうして呪医と王子様が会っちゃいけないんですか?」
「お二人がお顔を合わせますと、どうしてもお仕事のお話になってしまい、セプテントリオー殿下のご心労に繋がりかねません。シェラタン陛下と主治医が協議なさいまして、このような取り決めになりました。レーグルス殿下だけでなく、医療行政に携わる大臣や官吏、主治医以外の呪医や薬師、ウヌク・エルハイア将軍閣下との面会も固く禁じられております」
「え? あ、そ、そうなんですね」
クルィーロは、このクレーヴェル城で同居するウヌク・エルハイア将軍とも会えないのを意外に思った。
「一瞬顔見るだけで仕事の話は絶対しないから! ねぇ!」
扉の向こうで、軍医レーグルスが涙声で叫んだ。
呪医セプテントリオーが身を捻ってアルボル女官長に顔を向ける。
「少し顔を見るだけなら構わないのではありませんか? ご本人が仕事の話をしないとお約束して下さいましたし、私の魔力では、仕事関係の話をするように魔力を籠めて命令しても、レーグルス殿下には通用しませんし」
「…………畏まりました。陛下には私からお詫び申し上げましょう」
「えッ? アルボル女官長、よろしいのですか?」
近衛兵ラシーハが扉越しに驚く。
アルボル女官長が溜息混じりに扉へ声を掛けた。
「このままではお食事どころではございませんから……レーグルス殿下、今日だけ、五分だけでございますよ。二度目はございませんし、後でシェラタン陛下から全員がお叱りを受けると思いますが、構いませんね?」
「うん! 先輩の顔見たらすぐ戻るよ!」
開いた瞬間、軍医レーグルスが白衣を翻して駆け込んだ。
扉番の近衛兵ラシーハは、この世の終わりのような顔だ。
軍医レーグルスは脇目もふらず、呪医セプテントリオーに飛びついた。床に跪いて何か言うが、涙で震えて意味を成す単語を拾えない。
緩い長衣姿の呪医セプテントリオーは、しがみついて泣きじゃくる軍医レーグルスを抱き返し、言葉もなく背中をさすった。
アルボル女官長が、部屋の隅の戸棚から茶葉を出して淹れる。宙に浮かせたお茶から甘い芳香が広がった。鎮花茶だ。
鎮花茶の薬効で軍医レーグルスが落ち着きを取り戻し、力ある言葉で【見診】の呪文を唱えた。
「……先輩……ホントに病気はよくなって、過労で衰弱してるだけなんだね」
「えぇ。なかなか公務に復帰できず、殿下のご負担を増やしてしまって」
「いいから! 今までが働き過ぎだから、のんびり休んでてよ。ヴェスペルゴ王女も租借地で研修してそこそこ治療が上手くなってきたし」
アルボル女官長がわざとらしく咳払いすると、軍医レーグルスは口を噤んだ。
……言った端から仕事の話してるし。
クルィーロはアマナと顔を見合わせて苦笑した。
☆レノたちの母ファリナが(中略)軍医レーグルスに脳解毒薬を投与された件……「3076.色々ある一日」~「3096.遺棄する家族」参照




