3625.お呼ばれ兄妹
クルィーロとアマナは、クレーヴェル城の城門前まで来た。
ラキュス・ラクリマリス王国領ネモラリス島南部に位置するクレーヴェル城は、ほんの数年前までネモラリス共和国の主都だったクレーヴェル市にある。
魔装兵二人が、開かれた巨大な門を守って辺りに睨みを利かせる。
出入りするのは、政府の役人らしき人物が多い。文官も、各種防禦の魔法がびっしり刺繍された背広などを着こなし、強い魔力を持つのが窺えた。
今回は仕事や学校のレポートが忙しく、貸衣裳を手配する時間を取れなかった。手持ちで一番上等な……とは言え、クルィーロは仕事に着て行く一張羅の背広、アマナは高校の入学祝で買ったワンピースを着てきた。
二人は陸の民で金髪だが、視界に入る人々の大半はネモラリス島の人口比通り、緑髪の湖の民だ。
……場違い感ハンパねぇ。
クルィーロは怖気付いたが、妹の手前、何でもない風を装った。
「さ、こちらへどうぞ」
案内係として自宅アパートまで迎えに来た緑髪の女官と近衛兵に促され、二人はおっかなびっくり門を潜った。
この城は旧王国時代から、ウヌク・エルハイア・ラキュス・ネーニア将軍の居城だ。彼は共和政時代を経て現在も居住する。ラクリマリス王国との再統合後は、主にシェラタン女王や湖の民の重鎮が政務を執り行い、湖の民に関する行政府の役割も果たす。
クルィーロは廊下を歩きながら、すれ違う文官と警備にあたる魔装兵に陸の民がそこそこ居ることに気付いて、意外に思った。扉の上に掲げられた室名の札は、役所によくあるものばかりだ。
緑髪の女官は若く見えるが、どうやら長命人種で元貴族らしい。廊下を歩きながら、城での立ち居振る舞いについての注意点を説明した。
「王族や大臣、政府の高官などと会談する際は、入室前に廊下でお辞儀して、その場で最も身分の高いお方からお声が掛かるまで顔を上げないで下さい」
「はい」
クルィーロとアマナは、共和政時代……しかも、半世紀の内乱後産まれの若い世代だ。旧王国時代の仕来りなど何ひとつ知らない。
ラキュス・ラクリマリス王国は神聖復古したが、貴族制は復活させなかった。古い仕来りの何が復活して、何が廃れたままかもわからない。
女官と近衛兵は迷わず役所の区画を抜け、奥にある立派な扉を開けた。
緑髪の若い女官が木製の扉の彫刻を掌で示して言う。
「この扉には【認証】が掛かっております。私か他の職員が同伴しなければ通れませんので、お帰りの際はご注意下さい」
「はい……って言うか、俺たちだけだと迷子になりそうなんで、よろしくお願いします」
この扉に来るまでも、入組んだ廊下が迷路のように思えた。
「お手洗いもご案内致しますので、遠慮なくお声掛け下さいね」
「は、はいっ」
「よろしくお願いします」
……呪医と将軍、役所に住んでるってコトだよな?
クルィーロは城に足を踏み入れるのが初めてで、不思議な気持ちになった。
重厚な木製扉の奥は、植物模様が浮き彫りされた漆喰の白い壁が続く廊下だ。柱や壁の装飾には宝石が嵌めてある。単なる飾りではなく、建物を守る防護魔法を維持する為の魔力源だ。
アマナが宝石を指差してクルィーロに耳打ちする。
「呪医のおうちにもこう言うのあったよ」
「凄いなぁ」
緑髪の女官は金髪の兄妹をチラ見したが、何も言わなかった。
クルィーロとアマナは、緑髪の女官と近衛兵の案内で、三階建ての別館の二階にある一室に通された。
扉の両脇でも、緑髪の近衛兵が立ち番をする。
……警備、スゲー厳重だなぁ。王族って窮屈そう。
女官は警備の近衛兵に会釈して姿勢を正すと、彫刻の施された木製の扉をノックした。
「セプテントリオー殿下、オルラーン家のご兄妹をお連れ致しました」
「入って下さい」
懐かしい呪医の声が即答した。
クルィーロは泣きたいような気持ちになったが、表情を繕った。
女官に続いて近衛兵が先に入室する。
「お邪魔します。クルィーロです」
「呪医、お久し振りです。アマナです」
クルィーロとアマナの兄妹は、城門からここまでの道程で女官に教えられた通りに廊下側でお辞儀した。
今日は、アマナが郷土資料館の入館十万人目の見学者に対する記念品の贈呈でクレーヴェル城に呼出され、クルィーロは保護者として付き添う。
ミーリカ島の郷土資料館は、呪医セプテントリオーの実家だった屋敷だ。
彼がミーリカ市に家屋敷と土地を丸ごと寄付し、役所と住民有志が主体となって整備。何事もなければ、今春の開館記念式典には、呪医セプテントリオーが元所有者として出席する筈だったが、前日に過労で倒れた為、急遽、別の王族が代わりに出席した。
アマナが高校の校外学習で郷土資料館に行ったのは九月で、今は十二月初旬だ。九月の贈呈式の時点でも、呪医セプテントリオーは外出できる体調ではなかったらしい。開館記念式典と同じ王族が、彼に代わって、ミーリカ市と郷土資料館の運営団体が用意した記念品を授与した。
今回の記念品は、呪医セプテントリオー個人からだと言う。
……もう、花束と記念入館証とコースターもらったのにいいのかな?
「二人とも、忙しいのによく来てくれましたね」
金髪の兄妹は女官に教えられた通り、呪医セプテントリオーに声を掛けられるのを待って顔を上げた。
クルィーロは、久し振りに呪医セプテントリオーの顔を間近で見る。息が詰まって言葉が出なかった。
応接机の前に立つ呪医セプテントリオーは、葬儀屋アゴーニより百歳くらい年下の長命人種だが、白髪が増えただけでなく、国家再統合式典の日より明らかに痩せて顔が窶れ、葬儀屋より老けて見えた。
「遠慮せず、ここに座って下さい」
緩い長衣を纏う呪医セプテントリオーが微笑を浮かべ、広い部屋の中央に置かれた上等のソファを掌で示した。
クルィーロたちが暮らすアパートは、台所兼食堂、寝室、トイレ、小さなクローゼットしかないが、この部屋はそれら全部を足した三倍くらい広い。
白い壁には植物の彫刻はないが、腰板の控えめな彫刻には小粒のサファイアが嵌め込まれ、防護の術を維持する。
絨緞には、青い雛菊を意匠化した模様に紛れて様々な呪文と呪印が織り込んであり、踏むのが勿体ないくらい美しい。
……王族の部屋スゲェ。
「えぇっと……お邪魔します」
二人はおっかなびっくり入室し、クルィーロは先にアマナを座らせた。
呪医セプテントリオーは、近衛兵に支えられて向かいのソファに腰を下ろす。
応接机の傍らに控えた中年の女官が、ティーセットを乗せたワゴンでお茶の支度を始めた。【操水】で淹れるのは、鎮花茶だ。薬効のある甘い芳香が、気持ちを落ち着かせてくれた。
年配の女官がティーカップを並べると、中年の女官は【操水】でそれぞれのカップにぴったりの量を注いだ。
応接机の中央にはクッキーをキレイに並べた大皿と、緑色のリボンを掛けた箱が置いてある。
「二人とも元気そうで何よりです」
「呪医も……思ってたより、お元気そうでよかったです」
クルィーロは言葉を選んで応えた。
☆入館十万人目の見学者……「3555.小さな世界で」参照
☆別の王族が代わりに出席……「3330.開館一番乗り」参照
☆アマナが高校の校外学習で郷土資料館に行ったのは九月……「3485.家族でひとり」参照
☆国家再統合式典の日……「2928.仲間との再会」~「2931.セキュリティ」参照




