3624.星道記の検証
「これで完成です」
縫製職人フィランが聖職者の衣から手を放して宣言すると、誰からともなく拍手が起こった。
ロークが拍手を止めて、完成したばかりの聖職者の衣をソファに掛ける。大司教の執務机に置いた燭台を持って応接机に置いた。
「フィランさん、すみません。【操水】の用意をお願いします」
「はい。ちょっと待って下さいね」
フィランがポケットから【無尽の瓶】を出し、耳に馴染んだ呪文を唱えた。茶色の小瓶から容量以上の水が流れ出て宙に留まる。
通訳を買って出た信徒会の青年が、マッチを擦って蝋燭に火を点した。
ロークは大司教の衣の中で左手を引っ込め、袖の先を余らせて共通語で言う。
「今から危険なことをしますが、よい子の皆さんは決して真似しないで下さい」
〈水魔法、地味に凄いな〉
〈大司教様ともあろうお方が、よい子のみんなが真似しちゃいけないヤバいコトするんだ?〉
〈大司教……蝋燭……水魔法……何も起きない筈がなく〉
〈大司教様は特殊な訓練を受けています〉
生配信のコメント欄に共通語で軽口が並ぶ。
ロークは、ぶらんと垂れ下がる大司教の衣の袖を蝋燭の火に近付けた。当然、燃え移って袖に火が点く。
フィランが力ある言葉を早口で唱え、【操水】で浮かせた水で消火した。
「ロークさ……大司教様、火傷、大丈夫ですか?」
星道の職人サロートカが恐る恐る確認する。
ロークは袖から左手を出して手をヒラヒラ振った。
「すぐ消していただきましたから、私は大丈夫ですよ」
「大司教の衣が焦げてしまいましたが、魔法でどうにかならないのですか?」
ガルバヌム司祭が苦い顔になる。
湖南語訳を聞いて、フィランが苦笑した。
「それはどんな魔法でも無理です。だから、空襲で燃え残ったアルバムとかも焦げたままなんですよ」
魔哮砲戦争を生き延びた魔法使いの一言で、コメント欄が静かになる。
「それでは、ちょっとそちらで着替えますね」
ロークが声を掛け、真新しい下級司祭用の衣を手に取る。
この場で唯一の女性サロートカがロークに背を向け、キャットタワーの上からこちらを観察するハチワレ猫を見上げた。
ロークは執務机の後ろに回り込んで大司教の衣を脱ぎ、椅子に掛けて下級司祭用の衣に着替える。聖職者に叙任されてすぐ大司教に任命されたので、この下積み用の衣に袖を通すのは初めてだ。
執務机の抽斗から大粒の【魔力の水晶】を出して、カメラの前に戻った。
「着替え、終わりました」
ロークが声を掛けると、サロートカは安心した顔で振り向いた。
「今から【魔力の水晶】で服に魔力を巡らせて袖を炙りますが、これも、よい子のみなさんは絶対に真似しないで下さい」
ロークは掌に乗せた大粒の【水晶】をカメラの前で示した。
中心に宿した魔力の輝きは半視力の肉眼にも、カメラ越しの目にも見えることは確認済みだ。
ロークは左手で【水晶】を握って、蝋燭の火に左袖をかざした。袖に押された炎がひしゃげる。芯に触れさせたが、全く熱を感じない。
魔力を使い果たせば、すべての術が失効する。頃合いを見て手を引っ込めた。
左手を上げて、蝋燭の火で炙った部分をカメラに向けたが、全く焦げた様子がなく無事だ。
袖を右手で指差して、共通語で解説した。
「私も無原罪の清き民ですが、聖職者の衣に施された【耐火】の術のお陰で袖が燃えず、【耐暑】の術で熱さも感じませんでした」
「力なき民が魔法の服を着て【魔力の水晶】を握っても、【水晶】に貯めた魔力を使い切ったら、全部の術がいきなり失効するんで、危ないから絶対に真似しないで下さいよ」
魔法使いの縫製職人フィランが改めて、湖南語で注意喚起する。
信徒会の青年が共通語訳すると、コメント欄に無数の驚きが流れた。
「炎に晒されても燃えない……この奇蹟が、善き業なのですね?」
ガルバヌム司祭が高揚してうっとりした声を出す。
「神様の奇蹟とかじゃなくて、こう言う魔法……条件さえ揃えば再現可能な技術ですよ」
緑髪のフィランが【編む葦切】学派の術者として、ガルバヌム司祭の思い込みを冷静に訂正した。
「世界中の教会で着用される聖職者の衣は、いずれも、素材が魔力を蓄積できるものではなく、魔法使いの職人さんに【定着】と【付与】の術を掛けていただいておりませんので、普通の服です。火に近付ければ普通に燃えます」
ロークが事実を改めて言語化すると、コメント欄の興奮が鎮まった。
「本日の検証は【編む葦切】学派の魔法使いで、縫製職人のフィランスロピオンさんにご協力いただきました。お忙しい中、ご協力賜りまして有難うございます」
ロークが大司教として礼を述べると、縫製職人フィランは恐縮して頭を下げた。
「あ、いえ、こちらこそ、貴重な体験をさせていただいて有難うございます」
「フラクシヌス教徒であるにも拘らず、星道記の検証にご協力下さいまして有難うございました。それでは、火曜礼拝の生配信はこれにてお開きに致します」
ロークがお辞儀すると、通訳を担当する信徒会の青年が、執務机のパソコンを操作して生配信を終了させた。
ロークが改めて礼を言う。
「今日の生配信は大成功だったと確信しています。皆さん、本当に有難うございました」
「いえいえ、ホントに面白い……って言ったらあれですけど、貴重な体験で勉強になりました」
「魔法の服の本体、全部、私が作っても、ホントにちゃんと魔法の効果が出るんですね」
フィランとサロートカが、ロークが着た下級聖職者の衣を見詰めて笑顔になる。
「これ、些少ですが、お礼です」
縫製職人フィラン、星道の職人サロートカ、撮影係の教会事務員、通訳の青年二人に謝礼を渡して解散した。
ロークは昼食後、大司教の執務室で、バルバツム連邦最大手のポータルサイトに掲載された星光新聞の記事を開いた。
案の定、共通語圏のニュースは、火曜礼拝の生配信の話題で持ちきりだ。記事横のアクセスランキングが、星道記を検証した件の関連記事で埋め尽くされる。
ロークは記事下のコメント欄を開いた。
〈生配信だから加工できないよな〉
〈大聖堂も思い切ったコトするよなぁ〉
〈異端呼ばわりで火炙りにされたソフスとか、三人一身説の宗派の連中、浮かばれないよなぁ〉
〈正しいコト言ってたのに時代の空気のせいで異端者認定されて処刑されるとか理不尽極まりねぇ〉
〈南大陸の聖職者も似たようなコト言って指摘してそう〉
〈植民地だから、非支配民が言っても大聖堂が聞く耳持たなかったとか?〉
〈そう言や三人一身説の宗派って南大陸でまだ生き残ってるんだっけ?〉
〈これが大聖堂の宗教改革ってコト?〉
ロークの目論見通りのコメントが並ぶ。
SNSを開くと、そちらは賛否両論だった。
……ま、こんな生配信一回でみんなが納得するワケないもんな。
ロークは、根気強くキルクルス教と魔術の関係を説明してゆこうと気持ちを新たに決意した。




