3623.付与術を見学
キルクルス教団クレーヴェル教会の大司教執務室の扉が叩かれた。
ノックの音で、生配信中のローク・ディアファネス大司教、ゲストとして呼ばれた星道の職人サロートカ、魔法使いの縫製職人フィランスロピオン、撮影係の教会事務員、通訳を買って出た信徒会の青年二人が一斉に扉に目を遣る。
警備の魔装兵が流暢な共通語で窘める声が、木製の分厚い扉越しに聞こえた。
「ガルバヌム司祭、ディアファネス大司教は生配信中ですよ」
「はい。存じております。その生配信をこの目で確かめたく、参上致しました」
どうやら訪問者は、大聖堂から派遣されたクレマストラ連合王国出身のガルバヌム司祭のようだ。
……アポなしで来るとか、これだから貴族の三男坊は。
ロークは顔が引き攣ったが、扉の前で魔装兵と押し問答を続けさせるワケにはゆかず、仕方なく声を掛けた。
「ガルバヌム司祭ですか? 開けて下さい」
魔装兵が扉を開けると、ガルバヌム司祭が勝ち誇った顔で入室してお辞儀した。
「おはようございます」
……この五十二歳児め。
ロークは苛立ちを押さえて聞いた。
「ガルバヌム司祭、急にどうされました? 緊急の御用ですか?」
「緊急と申しましょうか、私も是非、善き業をこの目で確認したいと居ても立ってもいられず、礼拝が終わってすぐ駆け付けた次第です」
生配信の出演者三人は、無言で顔を見合わせた。三人とも困惑を隠しきれない。
〈ガルバヌム司祭参戦!〉
〈生配信中にアポなし凸〉
〈ワロタ。母ちゃんかよ〉
〈俺だって直に観たいわ〉
〈猫様ですらキャットタワーで大人しくしてるのにこの司祭と来たら〉
大聖堂公式チャンネルの火曜礼拝生配信のコメント欄が、共通語の冷笑で埋め尽くされる。
「えぇっと……では、そちらのソファの後ろに立って見学して下さい」
「突然の訪問にも拘らず、見学をご了承いただきまして恐れ入ります」
……だったら事前に言って許可取ってから来いよ。
ロークは、年配のガルバヌム司祭が荷物を置いていないソファの後ろに回るのを待って、表情を繕って言った。
「では、フィランさん、よろしくお願いします」
「胸のところに刺繍してある呪印は、服全体に刺繍した術を魔力で定着させるものです。ここを指で押さえて魔力を流し込みながら【定着】の呪文を唱えます」
フィランが下級司祭用の衣の胸にある刺繍に人差し指の先で触れ、【編む葦切】学派の呪文を力ある言葉でゆっくり唱えた。
「ここに組む力を刻む 流れ産む理の道 結び構えよ
時も火も 如何なるものも損なわず 綴り綴じよ
力満ち 堅く固まれ この物に定めた術 如何なるものも常保ちあれ」
ロークが初めて耳にする呪文だが、ラキュス・ラクリマリス王国軍のシポーブニク大佐が残した記憶が【編む葦切】学派の【定着】の術だと教えてくれる。
フィランが人差し指で押えた呪印の刺繍から、下級司祭用の衣に魔力がじんわり流れ込む。鱗蜘蛛の糸で織った純白の生地に同じ糸で施された刺繍が、胸の呪印から流れ込む魔力を受け、端へ向かって次々と淡い色の光を纏った。
「えーっと……この光も、霊視力がないと視えない……んですよね?」
ロークは辛うじて湖南語で質問した。
縫製職人フィランが、いきなり訪問したクレマストラ連合王国出身のガルバヌム司祭に目を遣る。
信徒会の青年が共通語訳すると、ガルバヌム司祭は、驚きに見開いたままの目をロークに向けた。
「いえ……私の目にも、胸の模様から他の刺繍に向かって光が流れるのが見えています。これが、善き業なのですか?」
「え? 善き業? 特に良いも悪いもなく、刺繍した魔法を服に定着させる魔法ですよ」
共通語の発言が湖南語訳されると、【編む葦切】学派の縫製職人フィランが即答した。
ロークが、画面越しに見守る信徒の理解を促す為に質問する。
「この刺繍の魔法を服に定着させる魔法は、無原罪の清き民が【魔力の水晶】を握って呪文を唱えても、使えるんですか?」
「いえ。これは自前の作用力がないと発動しない術なんで、生まれつき魔力と作用力が揃ってないと、付与魔術を使う職人にはなれないんですよ」
「あ、じゃあ、私たち無原罪の清き民がお手伝いできるのは、刺繍と縫製だけなんですね」
「そうなりますね」
星道の職人サロートカが確認すると、縫製職人フィランは頷いた。
ロークは気を取り直して、フィランに聞く。
「これで完成なんですか?」
「いえ。まだ、全体の術を起動する術を掛けないと、この服を着ただけでは刺繍した魔法が発動しないんですよ」
ロークは少し考えて質問した。
「服を着た、だけ……では発動しない……着てそれぞれの術の呪文を唱えたら発動するんですか?」
「えぇ。そうですけど、着替えの度にいちいち呪文を唱えるの面倒臭いですし、唱え忘れがあったら危ないでしょ」
「そうですね」
緑髪のフィランに苦笑され、ロークも笑った。
湖南語の遣り取りが共通語訳されると、ガルバヌム司祭が小さく手を挙げて質問した。
「この聖職者の衣の刺繍すべてが善き業なのですね?」
「そうです。着用者を魔物や暑さ寒さ、ちょっとした打撃、火傷から守って、服を丈夫にする魔法の刺繍です」
ローク・ディアファネス大司教が、先程、フィランから聞いた説明を一言でまとめると、ガルバヌム司祭は満足そうに頷いて、応接机に広げて置かれた聖職者の衣に視線を戻した。
縫製職人フィランがひとつ咳払いする。
キルクルス教団所属の六人は表情を引締めて、湖の民の魔法使いに注目した。
「えっと……じゃあ、仕上げに【付与】の術を掛けますね」
フィランが改めて、聖職者の衣の胸に施された呪印の刺繍に人差し指の先で触れ、力ある言葉でゆっくり呪文を唱えた。
「力満つ 理の道 巡る道 正しく流れ 物皆受ける奇しき力」
聖職者の衣全体が淡い光に包まれ、純白の刺繍糸が淡い青色に染まる。
光がゆっくり明滅して完全に消えると、刺繍の色が元の純白に戻った。




