3619.平和を守る志
ポリキクニス王国のキクノス城で、王位継承権を持つ公爵令息ピルムの病気平癒を祝い、彼の治療に尽力した医療者たちを労う晩餐会が粛々と進む。
「先程のお話によりますと、貴国では、王位継承権のない王族から呪医を輩出するとのことですが、レーグルス王子殿下には継承権がございますよね?」
典医団の責任者を務める年配の呪医が、すっかり気マズくなった大食堂の空気を質問で変える。
病室でその話を出したのは元騎士の素材屋プートニクだが、ゴルテーンジヤ外務大臣が答えた。
「レーグルス殿下は共和政時代のお生まれで、ご本人の強いご希望で呪医の修業をなさったそうです」
「レーグルス王子殿下も、師匠の養子となって弟子入りなさったのですか?」
ポリキクニス王国の宮廷薬師アポゼマが食いつく。
「いえ。弟子入りではなく、神殿預かりでした」
「成程……パニセア・ユニ・フローラ神殿でしたら、医術の勉学に最適な環境ですね」
年配の呪医が微笑んで頷く。
ラキュス・ラクリマリス王国のゴルテーンジヤ外務大臣は、料理を一口食べてから続けた。
「共和政時代は王族も貴族もなく、すべての民が平民でしたので、旧王国時代から平民の家系の子とも、友達付き合いがあったそうです。レーグルス殿下はそのお育ちの影響で、神政復古した現在も、相手が何者であろうと分け隔てなく、親しみやすい態度で接しておられるのです」
「そう言われてみれば、レーグルス王子殿下は、あの通訳のバルバツム兵にも、そんな感じの態度でしたね」
麦粥を前にした公爵令息ピルムが納得した顔になる。
侯爵位にある宮廷薬師アポゼマが、微妙な顔で緑髪の外務大臣に聞いた。
「例の会議の動画は私も視聴致しましたが、レーグルス王子殿下のあの言動は、貴国では問題視されなかったのでしょうか?」
「レーグルス殿下の態度は、旧来の習慣を重んじる王族や元貴族には、あまり評判がよろしくありませんが、国民の人気は非常に高く、新しい時代の王族の在り方のひとつなのではないかと存じます」
ゴルテーンジヤ外務大臣は表情を変えることなく言ってのけた。
……ゴルテーンジヤ様は、割と好意的なのかな?
下位の王族か元高位貴族なのだろうが、薬師アウェッラーナはその辺りの事情に詳しくない。部下の薬師ソーフカに聞けば、余計な情報まで詳しく教えてくれそうだ。
「我が国も、かつて革命の嵐が吹き荒れ、西部地域が共和国として独立することで落着した。旧体制を維持する我が国と、民主化した西部は友好関係を構築し、いずれの民も現在では概ね我が王室に好意的だが、将来のことはわからぬ」
「えッ……? 陛下、マコデス共和国と戦争になるかもしれないのですか?」
公爵令息ピルムが、父ウルガリス財務大臣の伯父であるポリキクニス国王に怯えた顔で聞く。
ポリキクニス国王は、姪孫の公爵令息ピルムにやさしい目をして答えた。
「今すぐ戦争になるワケではないぞ。その兆しもないが、為政者として国を守る為には、常に万一の可能性に備える必要があるのだ」
「さ……左様でございますか」
「ラキュス・ラクリマリス王国が無血革命で民主化して、共和制に移行したことは学んだな?」
「はい」
「五十年続いた内戦の手打ちとして国を分かち、ラクリマリス王国、ネモラリス共和国、アーテル共和国に分離・独立したが、ネモラリスとアーテルには国交がなかった。先般、アーテルが一方的に宣戦布告し、ネモラリスとの間で魔哮砲戦争が勃発したのだ。戦後、ネモラリスは神政復古を果たした。そのネモラリス王国とラクリマリス王国が再統合し、国号を戻して今に至る」
ポリキクニス国王の説明をゴルテーンジヤ外務大臣が補う。
「あの開戦ですが、裏で糸を引いていたのは、バルバツム連邦と星の標でした」
「えッ?」
公爵令息ピルムが驚く。
「更に言えば、二百年余り前に民族自決の思想を流入させて、民主化を煽ったのは、当時のキルクルス教団です。民主化と政教分離によって、異教徒への相互理解と民族融和の気風が薄れ、民の分断が生じました」
公爵父子が、ゴルテーンジヤ外務大臣の説明に息を詰めて耳を傾け、考え込む顔になる。
「半世紀の内乱後、国を三分割する和平案を立案したのは、バルバツム連邦をはじめとする国連常任理事国で、五カ国ある常任理事国の内、四カ国はキルクルス教国です」
「えっと、父上……我が国には……キルクルス教徒……居ません……よね?」
公爵令息ピルムが、不安に震える声で財務大臣に聞いた。
財務大臣を務めるウルガリス公爵が、息子に暗い顔で答える。
「キルクルス教の教会はひとつもなく、今のところ、宣教師などが入国した形跡もないが、礼拝の動画はインターネットで誰でも閲覧できるからな」
……あッ!
薬師アウェッラーナは、ウルガリス財務大臣の言葉に衝撃を受けた。
かつて移動販売店プラエテルミッサの仲間として共に旅したローク・ディアファネス大司教も、ユアキャストの大聖堂公式チャンネルで火曜日に礼拝の生配信を担当する。
アウェッラーナは、そのことに危機感を覚えたことがなかった。
ラキュス・ラクリマリス王国には、既に多数のキルクルス教徒が居住する。
アウェッラーナには、彼らの一部と親密な交流があり、信頼関係を構築済みだからだ。
星の道義勇軍の三人とは、成り行きで行動を共にすることになったが、普通に考えれば、湖の民でフラクシヌス教徒の魔法使いアウェッラーナが、キルクルス教系テロ組織の構成員と仲良くなることなど有り得ない。
ポリキクニス王国の王族が、自国の力なき陸の民がインターネット礼拝を通じてキルクルス教に改宗することを危険視しても、なんら不思議はなかった。
ポリキクニス国王が、白身魚のムニエルを真ん中でふたつに切り分け、左半分の端をナイフでなぞって言う。
「マコデス共和国にも今のところ、キルクルス教会は進出しておらぬようだが、あちらはキルクルス教国のラニスタ共和国と西部で国境を接しておる」
「インターネットに限らず、リアルの交流から改宗に繋がる可能性があるかもしれないのですか?」
病み上がりの公爵令息ピルムが、怯えた目をして聞く。
国王は重々しく頷いた。
「うむ。キルクルス教団は、力なき民を改宗させるやも知れぬが、直接、戦争を煽ることなどないと思いたい」
公爵令息ピルムが硬い表情で小さく顎を引く。
ポリキクニス国王は、白身魚を切り分けながら続けた。
「だが、将来、キルクルス教徒が一定の力を得た場合、マコデスの時の政権が、キルクルス教団を通じてバルバツム連邦などと結託し、我が国の油田や鉱山を狙って戦争を仕掛ける可能性は、常に念頭に置いた方がよい。そうならぬよう、友好関係と経済協力を維持するなど、平時から政策で国を守るのだ」
「我々王族は、為政者として、国家統合の象徴として、民の模範となるべく、常に行いを正さねばならん。誰か一人でも品行を乱し、民に王室批判が蔓延すれば、革命の火種になりかねんからな」
「はい。肝に銘じます……陛下、父上、この度の不始末、誠に申し訳ございませんでした」
公爵令息ピルムは表情を引締めた。
給仕の女官が、ピルムの冷めきった麦粥を【操水】で温め直す。
ポリキクニス国王が、キルクルス教団を警戒するのも無理はない。
湖東地方の多くの国で同様の事例が相次ぎ、小国が乱立した。そればかりか、フラクシヌス教の聖地を擁するラキュス・ラクリマリス王国までもが、その毒牙に掛かったのだ。
……でも、キルクルス教を危険視して禁止するのって、逆効果なのよね。
薬師アウェッラーナは、半世紀の内乱と魔哮砲戦争で思い知らされた。
ラキュス湖周辺地域の平和と安定は、危うい均衡の上に成り立つ脆いものだ。
少なくとも、ポリキクニス国王には、平和を維持する強い志がある。
アウェッラーナは、折角手に入れた平和がなるべく長く続くように祈った。




