3618.薬物の流入路
ポリキクニス王国のキクノス城では、王位継承権を持つ男子高校生ピルムの病気平癒を祝い、治療に貢献した医療者たちの労を労う晩餐会が和やかに進む。
呪医ジーマラスチも鎮花茶の芳香で落ち着きを取り戻し、慣れないご馳走に手を着けた。彼女の背後では、護衛としてついてきた素材屋プートニクが心配そうに見守る。
薬師アウェッラーナは、上座で食事をしながら会話する国王と上位貴族たちの会話に耳を傾けながら、山の幸と湖沼の幸をふんだんに使った豪勢な料理を口に運んだ。
ポリキクニス王国のウルガリス財務大臣が、表情を険しくして国王に言う。
「伯父上、バルバツム連邦では販売停止になったにも拘わらず、ローシカ製薬製の鎮痛解熱剤が、高校生のピルムでも簡単に入手できたことは由々しき事態です」
「うむ……恐ろしい薬が易々と国内に出回らぬよう、対策を打つ必要があるな」
ポリキクニス国王は重々しく頷いた。
ウルガリス公爵令息ピルムは、麦粥を前に申し訳なさそうに身を縮める。
ウルガリス財務大臣は、息子に硬い表情のまま言った。
「後で入手経路について詳しく聞かせてもらうからな」
「……はい……申し訳ございません」
病み上がりのピルム少年は小さくなって頷いた。
……そう言うの、快復祝いの今じゃなくて、後で言えばいいのに。
アウェッラーナはピルム少年が気の毒になったが、王侯貴族には何かそうしなければならない事情があるのかもしれないと思い、口には出さなかった。
ウルガリス財務大臣が、向かいに座る緑髪のラキュス・ラクリマリス王国の閣僚に改まった表情で聞く。
「ゴルテーンジヤ外務大臣閣下。貴国は租借地を通じてアーテルやバルバツムの動向も把握しておられると思いますが、依存性のある薬物の流通に関して、情報共有をお願いできませんか?」
「私にお話しできる情報は、既に報道されたことだけですが、それでもよろしければ……アーテル共和国は、バルバツム連邦からの輸入や、救援物資として送られるすべての医薬品を断りました」
ゴルテーンジヤ外務大臣はさらりと答えた。
その件は、薬師アウェッラーナも、昼休みに見た医療ニュースやトポリ基地で読んだ新聞で把握済みだ。
特別調合室の資料室の様子を見た限り、あの事務官たちは抜かりなく、アーテルでの報道も収集済みだろう。
「ローシカ製薬製の正規品だけでなく、すべて、ですか? アーテル共和国内の医薬品供給が回復したのですか?」
ウルガリス財務大臣が驚く。
ピルム少年は、怪訝な顔で異国の大臣を見詰めた。
今朝、ウルガリス財務大臣自身が“息子がインターネット通販でバルバツム連邦からローシカ製薬製の鎮痛解熱剤を取り寄せた”と薬師アウェッラーナたちに説明したばかりだ。
離脱症状で苦しむ息子を見兼ねて、アーテル共和国から同じ薬を取り寄せたとも言った。
いずれも、アーテル共和国による禁輸措置の発動とバルバツム連邦での出荷停止以降だ。
ゴルテーンジヤ外務大臣は顔色ひとつ変えず、同じ内容を繰返す。
「アーテル共和国政府とバルバツム連邦政府は、ローシカ製薬の鎮痛解熱剤、並びにそれを模倣した鎮痛剤系違法薬物に関して、正規の流通経路を遮断しました」
「それで何故、他の薬の流通まで止める必要があるのですか?」
ピルム少年が粥を食べる手を止めて首を傾げる。
「アーテル共和国宛の救援物資の中から、正規品と同じ箱で中身を鎮痛剤系違法薬物にすり替えたものが少なからず発見された為、バルバツム連邦からの医薬品はすべて遮断したとのことです」
「えぇッ? そんなコトが可能なのですか?」
財務大臣父子の疑問が揃う。
「星の標の息が掛かった密造組織は、横流しされた本物の箱を使用しました。他の犯罪組織は、印刷業者を仲間に引き込んだか、脅すなどして、本物そっくりに作らせた可能性があります。現物があれば模倣できますからね」
公爵令息ピルムが、ゴルテーンジヤ外務大臣の答えに青褪める。
「僕が飲んだ薬は……」
「それは私が【明かし水鏡】で正規品だと確認した。偽薬よりはマシだ」
「父上……ごめんなさい」
ピルムは匙を置いて項垂れた。
「アーテル政府は、バルバツム経由で来る医薬品は胃薬も風邪薬も何もかも信用できなくなり、一律、流入を阻止する方向性に舵を切りました」
「それで何故、私共はローシカ製薬の鎮痛解熱剤を入手できたのでしょう?」
「ご子息は、バルバツム連邦の一般人から、あの国の法律では禁止されている無資格者による医薬品売買で入手なさったのですよね?」
「はい。恥ずかしながら」
ウルガリス財務大臣が身を縮める。
「あなた様も、アーテル共和国から同様に入手なさったのではありませんか?」
「えッ? しかし、製薬会社の公式サイトから通信販売を申し込んだのですが」
ゴルテーンジヤ外務大臣に問われ、ウルガリス財務大臣は勢いよく顔を上げた。
「アーテル共和国では昨年末、大規模な一斉摘発がありました。その際、戦前からローシカ製薬とライセンス契約を結び、正規品の鎮痛解熱剤を製造販売していたアーテル共和国資本の製薬会社も捜査対象になりました」
「寡聞にして存じませんが……アポゼマ侯爵?」
ウルガリス財務大臣が、隣に座る宮廷薬師アポゼマに疑問を向けた。
アポゼマ侯爵が、口の中身を飲み下して答える。
「はい。ゴルテーンジヤ閣下の仰る通りでございます。件のアーテル企業は、社外に小規模な生産拠点……所謂ヤミ工場を設け、そこで、外箱も錠剤の形状も本物そっくりな鎮痛剤系違法薬物を製造していたのです」
「ヤミ工場は、公式サイトそっくりで、アドレスも本物と紛らわしいサイトを起ち上げ、ネット通販をしていました。本物の公式サイトでは、医薬品の通信販売は行っておりません」
ゴルテーンジヤ外務大臣は、淡々と情報を開示した。
ウルガリス財務大臣が戸惑う。
「し、しかし、【明かし水鏡】の反応を見た限り、愚息に飲ませたものは正規品でしたが」
「その偽サイトは、警察の摘発後に閉鎖されましたが、その後、同じ内容で、偽サイトからほんの一文字だけアドレスを変えた別の偽サイトの存在が確認されています」
ゴルテーンジヤ外務大臣は、報道で把握したと言う情報を並べた。
「え……?」
「二番目の偽サイトは、先週、アーテルの警察が発見し、レンタルサーバ会社に働き掛けて閉鎖に追い込んでおりました。その偽サイトの作成者などは、アーテルの警察では所在がつかめず、未だに逮捕されておりません」
「つ、つまり、私はローシカ製薬の鎮痛解熱剤をライセンス販売する製薬会社の公式サイトだと思い込んで、犯罪者が作成した偽サイトから通信販売を申し込んでしまったと言うことですか?」
ウルガリス財務大臣が青褪める。
「クレジットカードの履歴をご確認の上、何事もなくても、念の為になるべく早く停止して、再発行なさった方が無難ではないかと」
ゴルテーンジヤ外務大臣の言葉を受け、ウルガリス財務大臣がアポゼマ侯爵を見た。
宮廷薬師アポゼマは、その視線を平然と受け止め、しれっと言い放つ。
「公爵様から何ひとつご相談がなかったものですから。もし、事前にアーテルからローシカ製薬の鎮痛解熱剤を取り寄せることについて、私に一言でもご相談がございましたら、そもそもアーテル共和国では医薬品のインターネット通販が違法であることを進言できたのですが」
……あー……あぁぁ……
薬師アウェッラーナは、胃が痛くなってきた。
隣で呪医ジーマラスチも、気マズそうにご馳走をもそもそ口に押し込む。
ポリキクニス国王が引き攣った笑顔で話題を変えた。
「貴国では、違法薬物の水際対策が奏功したそうですが、星の標は資金稼ぎの為に周辺国にもネット通販で魔の手を伸ばす可能性があります。貴国では、電脳空間での水際対策をどのように構築しておられるのでしょう?」
「生憎、その方面に関しましては担当外ですので、存じませんの」
本当に知らないのか、機密なのか、ゴルテーンジヤ外務大臣はそれだけ言うと、料理を口に入れて答えなかった。
☆大規模な一斉摘発……「3198.大晦日の報道」「3199.組織の繋がり」、ヤミ工場「3200.本物を横流し」参照




