お山でお稽古!
僕は今、山に来ているんだ。なんで山に来たのか……、たぶんマークが怒っているのと関係があると思うんだけど……。
「ねえマーク、なんで怒ってるの?」
「……なんでって、解らないのかい? マナブ君、この前のはなんだ! あの体たらくはなんだ! おかげで私は警察に御厄介になってきたんだぞ!」
マークは拳を握り、身体を震わせているんだ。
この前って言うと眼鏡お姉さんのお仕置き部屋での事かな?
確かに僕も少し情けなかったと思うけど、マークだって十分に情けなかったと思うよ。
「……警察って? なんでマークが捕まるの? 眼鏡お姉さんの方じゃないの?」
実を言うと、僕は最後の方の記憶があやふやなんだ。それでも僕はマークがやられそうになったから警察を呼んだ事は何となく覚えているような気がするよ。それでも僕は警察の人を見た記憶が無い……、どういう事なんだ?
「……マナブ君はどこまで覚えているんだ?」
「いやそれが、マークが助けに来てくれた時の事まではハッキリ覚えてるんだけど、その後の事があやふやなんだよ」
「……」
……マークはしばらく僕を放置して考えているみたいなんだけど、僕なにかマークに酷い事でもしちゃったのかな?
「……マナブ君。すると君はなんで山に連れて来られたかも解らないと?」
「えっ!? 気分転換に遊びに来たんじゃなかったの!?」
「違う! 修行だ! そんなんだからボンバーなんかに遅れをとってしまうんだ!」
僕は面白そうだったから学校を休んでまでマークについて来たんだけど、確かにマークは怒ってるみたいだったし、だから僕は気晴らしに空気の良い山に来たんだと思ってたのに修行……?
それに、ボンバー?
って言うとマスヨお姉さんの事だと思うけど、僕がマスヨお姉さんになにかされて、それを見たマークが僕の事を情けないと思ったのかな……?
「……マナブ君はいつ、どこで目が覚めた?」
「……どこでって、家のベッドの上だけど……。マークが僕を運んでくれたんじゃないの?」
マークは僕に向かい、否定の意味を込めて首を振ってみせた。
「……それはおそらくボンバーの仕業だろう。解ったよマナブ君、あの時なにがあったのか、話してあげよう……。
少し長くなるけど良いかい?」
僕は長くなるなら別に聞きたくなかったんだけど、マークが折角話してくれるって言うなら聞く事にしたんだ。それでもマークには悪いんだけど、絶対に僕の為になる話じゃないだろうなと少しだけ考えてしまったよ。
だって、眼鏡お姉さんとマスヨお姉さんが関わってるんだもん……。
「……まず、実を言うと私はマナブ君の後をずっとつけていたのだよ。最初からね……。
だからマナブ君に何があったのか私は全部把握している……。
だからあの時に絶妙な瞬間にマナブ君を助けてあげる事が出来た訳なのだよ……」
最初からって言うと、僕がマーク達の前から走って行った時からって事なの?
だったらなんで……?
「……なんでもっと早く助けてくれなかったんだよっ!? 僕は、僕は……」
「……いやマナブ君、なんだね、私が助けに行った時に感動しただろ! ヒーローみたいで良いと……、
マナブ君が自分で言ってただろう……」
「……確かに、マークが助けてくれた時、僕はマークにシビレたよ!
カッコ良かったよ!
でももっと早くに助けられたんじゃないかっ!
ヒーローみたいにしたいって言うなら、その事を僕に言うなよ!
折角の感動が台無しだよ……。
知りたくなかったよ、そんな事は……」
僕は少しだけ出てきた涙を拭った。
本当に悲しかった。
僕は本当に怖かったのに、あんなに助けを求めてたのに、それなのにマークはずっと見てただけなんだ……、気が付くと僕はマークの事を少しだけ冷たい目で見てしまっていた。
「いやまあ、それはスマナイ事をした……。
それで、なんだ、マナブ君を私が助けてあげたまでは良かったんだ……、
だけどマナブ君が眼鏡なんかとお友達になってしまったから……。
そのせいで増長した眼鏡が私に抱き付いてきたんじゃないか……。
いや、そうじゃない、それだけならまだ良かったんだ……。
私の首筋に鼻をグリグリとこう……、
いや、なんでもない。今のは忘れてくれ……」
「それがどうしたって言うんだよ!
そんなのマークの腕力なら直ぐに引き剥がせるじゃないか!
そんな事まで僕のせいにしないでよっ!
だいたい僕が眼鏡お姉さんに目を付けられたのはマークのせいじゃないか……」
僕はあんなに辛い目にあったって言うのに、マークったら僕だけが悪いみたいな言い方をしてくるんだ。流石の僕でもムッとしてしまうよ。だからつい強い口調で言ってしまったけど、僕だってマークに悪い事してしまったなって思ってるんだ。
「……いや、それはそうなんだが……、
確かに私の腕力を持ってすれば眼鏡を引き剥がす事は簡単だ。
だがあの時あの場所でそれが出来なかったんだよ……。
あの暗がりの血生臭い場所であの眼鏡から少しだけ良いにおいがしたんだ……。
それにあの眼鏡、普通に柔らかい身体してたんだよ……。
プニプニで!
ポヨンポヨンだぞっ!
あの眼鏡っ、無駄に良いスタイルしやがって!
だから私はあの時、アリかナシで言ったらアリなんじゃないか? と思ってしまったんだよ……」
「良いにおいがした、だからなに?
プニプニでポヨンポヨン?
僕には意味がわかんないんだけど……。
マークは僕に何を求めてるの?
アリって言われても、そんなの知らないんよ……」
「馬鹿野郎!
貴様も漢だろ!
漢だったらムチムチのプリンプリンに憧れたって良いじゃないか!
あんな顔も良く見えない場所であんな事されてしまったら誰だって期待しちゃうだろ!
例え相手が眼鏡だって、こいつアリなんじゃないか? って思ったって良いじゃないか……。
ただ少しだけそう考えただけなんだよ……。
実際に眼鏡に手を出そうとした訳じゃない。
それは断じてない!
本当だ信じてくれ……」
僕にはなんであんなに必死になってるのか理解出来なかったんだ。だけどもマークは僕に信じて欲しいって……
マークにそんな事言われたら僕は嫌だなんて言えないよ。
だから、どこかせっぱ詰まった様子が見え隠れしているマークの事を信じてあげようと思ったんだ。
「……大丈夫。僕はマークの味方だよ……」
追い詰められた人間と言うのは得てして暴走してしまいがちだから、なるべく刺激しないように優しくそっと言い聞かせてみた。
「あう、あう……」
僕の余りの優しさに触れたマークは、言葉を詰まらせているみたいだ。
これが俗に言うお涙頂戴と言う物なのかな……?
「……マーク、大丈夫だから話を続けて」
「だ、だから、違うんだよマナブ君……
眼鏡なんて全然――」
「良いからさっさと話を進めてよっ!
ちょっと優しい顔したら直ぐに付け上がって!
流石の僕だっていい加減にうんざりだよっ!
眼鏡お姉さんなんてどうでも良いから、なんで僕が修行しなきゃいけないのか、それを早く教えてよ……」
僕はマークを甘やかすだけのそんな、なあなあの関係に甘んじる積もりはないんだよ。
何時までうだうだ言ってるマークを慰めるのは簡単だよ。だけど折角こんな大自然が広がる山に来たんだ。僕は今直ぐにでもこの大自然の中に溶け込んでしまいたいんだ。つまり虫取りとかそんなところから始めたいんだよね。
僕としてはカブトムシとかクワガタを取ってみたいんだよ。なんてったってお店でしか見た事がないような物を自分が山で捕まえる。つまりは天然物だよ。それ相応に高く売れる事だろうね。
そうだ、近所のガキンチョ共に割高で売り付けよう。
どうせ物の価値も解らない子供、僕に掛ればちょいってもんだよ。
「ち、違うんだよマナブ君……」
「何が違うんだよ。良いからさっさと修行を始めようよ?
僕は早く修行を終わらせて天然物を捕まえないといけないんだ。
ところで修行って、僕は何をすれば良いの?」
「だからそれが違うんだよマナブ君。修行をするのは私だけだ……。
ただ、一人だと寂しいからマナブ君を連れて来ただけだ!」
ええっ! なんで僕をなの?
別に僕じゃなくても良かったじゃないか。僕にだって学校とか色々とあるのに……。
修行と言う言葉にほんの少しだけ胸を踊らせていたのに……。
くそっ! マークめぇ!
僕の胸のドキドキを返せよっ!
心の中で握り拳を作り、呪詛の言葉を呟いてみた。
……まあ、仕方ない。マークが山に連れて来てくれた事には感謝してるからね。
本当はちゃんと僕を助けてくれなかったマークに仕返しを考えていたんだけど、この山に免じてマークの事を許してあげるよ。
「…………じゃあ修行はマークに任せるから、僕は勝手に天然物でも探させてもらうよ」
「……駄目だ!
私を一人にするな!
マナブ君は私の修行を見ているんだ!」
マークに背を向けて、早速にでも虫取りに励もうとしていたところを呼び止められてしまった。
「……どうして?」
「……だ、だから寂しいからだと言っているだろう!」
マークったら高校生にもなって寂しいだなんて……。
泣かしてくれるじゃないか……。
もう僕には、いくらマークが声を張り上げようとも子供のわがままにしか聞こえなかった。
「……分かったよマーク。僕の代わりにジョージでも連れて――」
「駄目だ! ジョージじゃ駄目だ!
マナブ君が見ていろ!」
僕を見るマークの眼が本気だったんだ。
逆らったら悪戯でもされてしまいそうな、そんな眼だよ。
マークが言うに世の中にはいろんな変態さんがいるみたいなんだ。マークが僕に気を付けるように言ってくれてたのに、まさかマーク自身がその変態さんの一味だったなんて……。
こいつはとんだスクープだ。早速マスヨお姉さんに教えてあげないと。
「……べ、別にジョージでも良いじゃないか!
な、なんで僕なの?
ま、まあ良いや。僕、忙しいから帰るね?
じゃあまたね」
「……だ、駄目だ!
帰っちゃ駄目だ!
落ち着けマナブ君、ジョージは入院してるじゃないか。だからマナブ君は私が良いと言うまでジョージに会ったら駄目なんだ!
だからまず私の話を聴いてくれ……」
マークがじりじりと僕に近寄って来るんだ。
どことなく怪しげな手付きで近寄って来るんだ。
マークの視線が僕を捕えて離さない。
僕の第六感が頭の中で囁いている。あの顔は犯罪者の顔だ!
「ジョ、ジョージにはもう毎日会ってるからそんなの今更だよ。
昨日だって――」
「な、なにぃいいっ!
な、何を喋った!?
ジョージに何を話したんだ!?
言え! イヤ言うな!
誰にも言うな!」
マークが僕の肩に掴み掛かり、ゴリラのような腕で僕の身体を前後に揺さぶる。
意識が薄れて逝く中で僕は最後の抵抗に出た……。
「……ぼ、僕に、さ、触るな。変態……」
「だから違うんだぁあああああっ!
眼鏡とは断じてなにもないんだ――――」
続く




