闘え マクギブソン! お仕置き編
この薄暗い室内で僕はなんど息を呑んだことだろう……
A子お姉様に連れられてきたこの場所は一体なんなんだろう。
辺りを見回してみたんだけど、窓がないみたいだし変な匂いがするし怪しげな機材が転がってるし、その機材にも埃が溜まっているから空気が濁ってるのか居心地が悪くて適わないんだよ。
ただでさえ薄気味悪いというのに、その上A子お姉様が薄く笑い声を溢したりするもんだから寒くもないのに僕の大事な処が身を寄せ合って今だけとっても仲良しさんなんだ。
違うよ! 僕のは何時でも仲良しさんだよっ!
くそっ、僕が喘息にでもなったら訴えてやる……。
僕はそう思うことで平静を保つように努めるしかなかった……。
そう言えば、お仕置き部屋ってどういう事だろう……。
もしかして僕、お仕置きされちゃうの?
……大丈夫なはず。
だって僕、悪い事なんてしてないから。
あっ! でもさっきA子お姉様の命令で人を運んでたんだけど、あんまり重いもんだから途中で捨ててきちゃったんだ。でもA子お姉様は此処まで一度も振り向かなかったからバレてないんだと思ってたんだけど……。
僕の葛藤なんてお構いなしにA子お姉様は肩で風を切りながら奥に進んで行くんだ。
見失っちゃったらお仕置きされちゃう。
そう思った僕は置いて行かれないように足早に後を追う事にしたんだ。
奥に進むに連れて段々と臭いが強くなってる気がする。
これって、まさか……血の匂い?
でも、なんで……?
まさか!? 僕を共犯にする積もりじゃあ?
……イヤ、違うっ!
A子お姉様は僕に罪を擦り付けて僕を犯人に仕立て上げるつもりなんだ!
まずい、ま〜ず〜い〜ぞぉ〜っ!
このままでは僕の人生が台無しにされてしまう。なんとか逃げ出さないと。僕は決意を胸にA子お姉様に話掛ける事にした。
「……あ、あの、僕、用事を……」
「マナブ君、もうすぐ着くわよ。うだうだ言ってないで着いてらっしゃい……」
振り向きもせずに僕の話を切り捨てるA子お姉様を目の当たりにした僕の背中から嫌な汗が滲み出てくるのを感じながら、今の状況から抜け出す為に普段は余り使われていない脳細胞を酷使してまでも、複雑な、それはもう近所の子供に指差されて下品な言葉を吐かれた時の心境よりも複雑な、打開策の構築作業をプラモデルを組上げる時よりも慎重で丁寧にピンセットを使って行う事にした。
僕がマークみたいに背中から毛が生えてなくて良かったと今はそう思ったよ。
初めてマークの背中の毛を見た時は余りの事に憧れてしまったけど、僕の背中からホントに毛が生えてたら、ただでさえ汗がベトついて気持悪いのに背中から毛なんか生えてたらそりゃあもう大変なんだよ。
僕だって将来はマークのように背中に立派な毛を生やしたいと思うんだ。けど、もし僕が大人に成っても背中から毛が生えてこなかったら、その時は恥ずかしいんだけどマークから分けて貰う事にするよ。
僕は作戦を考えながらも何か使える物がないかと注意深くそれでいて然り気なく、A子お姉様に気付かれないように周囲を見渡してたんだ。
周囲を見渡してみて気付いたんだけど、この建物の中には色々な物が落ちているんだよ。角材、木刀、鉄パイプ、ざっと見ただけでもこれだけの物を見つける事が出来たんだ。
探せばもっと出てきそうなんだけど、僕は見つけた物の中から取り敢えず角材を手に取り、これは僕の作戦に使えるかどうかを二秒くらい考える振りをしたんだ。
ホントは角材に手を伸ばした時に僕の心は決まってたんだけど、いざ作戦を実行しようとしたら少しだけ足がすくんでしまって、それを誤魔化す為に考える振りをしたんだ。
僕は昂る気持を落ち着ける為に一度大きく深呼吸をする事にした。
息を吸って息を吐く、それだけの事なのに不思議と落ち着いてきたような気がしたんだ。
肺に溜まった空気をゆっくり吐き出しながら、少し空気が悪いから換気して欲しいとそんな事を考えてしまった。
「……ちょっとマナブ君、変な所に息を吹き掛けないでくれる?」
僕は何を言われのか良く解らなかったので少しだけ考えてしまった。
「……ご、ごめんなさい!」
何を言われたのかまだ解らなかったけど、この状況で振り向かれるとまずい事に気付いてしまった僕は、急いで角材を背中に隠しながらも取り繕う為だけに謝罪の言葉を述べた。
「ちょっとマナブ君、鼻息が荒いんだけど。まさか……、興奮しているの?」
訳の解らない事をほざいているA子お姉様に、このままでは非常に危険と思いながらも、それでも謝る事しか出来なかった。
「……ご、ごめんなさい!」
「ダメ、駄目なんだからねっ!
こんなムードもへったくれも無いような処……、絶対ダメよ!
これだから最近のガキンちょは……、このドスケベっ!
ホント、油断も隙もないわ――」
好き勝手に宣うA子お姉様に頭を悩ませながらも、僕は言葉の意味を考えていた。
僕にはA子お姉様が何を言っているのか殆ど理解出来なかった。辛うじて、こんな場所では油断出来ないという事を読み取れた。
自分で僕をこんな処に連れて来たくせに、ついつい僕はそんな事を思ってしまうんだ。
それに、どうやらA子お姉様は一見すると隙だらけに見えてしまうんだけど、油断していなかったみたいなんだ。
そうすると僕の作戦が上手くいかないかも知れないんだ。
せめて油断くらいしていて欲しかったよ。
それでも僕は作戦を決行するしか助かる道は無いんだ。
僕はゆっくりと角材を握り締め直す。
この際、額を伝う汗を拭う手間さえ惜しい。時間が経つごとに僕の不安は大きく、重く、納豆のネバネバみたいに纏わり付いて来るんだ。
僕は角材を大きく振り上げる。これで作戦の準備は万端だ。
こうして僕の作戦は人知れず始動していった。
「あっ! A子お姉様の後頭部に蚊がっ!」
僕の作戦は完璧だ。少しわざとらしかったけど、そんな贅沢を言ってる余裕はなかった。僕の台詞が決まった事で、後はやる事が一つしかない。
僕は振り上げて居た角材を、僕の体重を乗せ、A子お姉様の後頭部目掛けて鋭く振り下ろす。
「死ねぇぇぇぇぇ!」
決まった……、僕はそう思っていた。僕の勇気ある行動に悪は滅びてハッピーエンドでこの物語も終わる筈だと。
「なっ!」
僕は余りの事に目を見開いて驚いた。
僕の渾身の一撃をあろう事か片手で、それも茶碗を持つ方の手で角材を受け取め、僕を見て笑っているA子お姉様が居たんだ。
角度、スピード、タイミング、そのどれもが申し分ない物だったのに。情けなくも、角材を掴んでいる手を振り払おうと力を込めても、ほんの少しでも動かす事は出来なかった。
はっきり言って、僕は完璧にブルってしまったんだ。
「う、うわぁぁぁっ!」
「煩いわよ、落ち着きなさい」
「わあああぁぁっ!」
「煩いっ!」
気が付いたら僕は膝立ちになって頬を抑えて居た。
「……少しは落ち着いたかしら?」
意識がはっきりして来るのに連れて頬の痛みが増してくる。
僕は叩かれたのか?
「……あの、僕は、どうして?」
僕はまだ軽く混乱していたんだけど、取り敢えず状況の確認を行う為に目の前に居る眼鏡の人に話掛けた。
「クスクスクスクスクスクスクスクスクスクスクス……、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ……アハハハハハハハハハハハハハッ」
可哀想に目の前に居る眼鏡の人も恐怖の余りに頭がやられてしまったみたいなんだ。
怖い?
何が?
……?
「わあっ!」
怖いのは目の前の眼鏡の人だ!
今の状況を把握して行くに連れて段々と恐怖も甦ってくる。
僕はまた情けなくも叫び声を上げてしまいそうになった。
なんでっ!?
僕は生きてるっ!?
僕を叩いたのは目の前の眼鏡の人……、でも僕は生きてる。
そう言えば、前の時も口の中は切れなかったし、気絶もしてない。
大人の人だって一撃で粉砕していたのに……。
僕はここに来て、一度頭の中を真っ白にする事で初めて気が付く事が出来た。
別に僕が凄かった訳じゃないんだ……。目の前の眼鏡の人が手加減していただけなんだ。
なんで手加減を……?
それは、僕が子供だからだ……。
続く




