短答直前公開模試
11月に入り、大原の短答直前公開模試を受けてきた。一般に専門学校の公開模試は本試験よりも少しだけ難易度が高い問題が出題される。
重要なのは基礎的なAランクの問題を絶対に取りこぼさないことだ。試験では単純に今まで培った知識量を吐き出す問題だけでなく臨機応変な対応力や現場思考力を問われる問題も出題させる。
これは難しい試験である場合にはどれにも共通して言えることだが、試験本番には必ず受験生が今まで見たこともないような初物の難問が数題出題される。
しかし冷静に考えれば誰にも分かることだが、そうした難問ができなくても実は合否には殆ど影響しない。平たく言えばそうした問題は正解する必要がない捨て問だからだ。とにかく大事なのはあくまで基礎的なAランクの問題を死守することだ。
そしてそのセオリーを徹底して守ることができれば、公認会計士試験を含めて大概の資格試験というのは実はそこまで合格点を取るのが難しいわけではない。
計は公開模試の試験中、努めて冷静に自分自身に言い聞かせながら一つ一つ丁寧に問題を解き進めていく。いつか夢の中で見たのと同じようだ。あの時の感覚に凄く似ている。
"やっぱり今までの努力には意味があったんだ。"
心の中でそう呟く。それはまるで産まれたばかりのサナギが脱皮して美しく力強い蝶に変貌していくような感覚に近い。
計の自信が確信に変わりつつある。
"俺は強いんだ。"
そう思えるだけの努力も実力も計は既に持ち併せていた。
"計なら絶対に合格できるよ。"
ケセラの声が聴こえてくる。
"何も余計なことは考えず、目の前の問題に集中すれば良いさ。"
お兄ちゃん・・・・・
オレ頑張る・・・誰にも負けないから・・・
試験終了の合図が聴こえた。
計はペンを机に置き、一つフーッと深く息をついた。
ちょうど斜め前に座っている唯が計に目配せをしてくる。その悪戯っぽい表情に計の緊張も少し緩み、思わず笑みが零れた。徹也は計の方を向き両こぶしでガッツポーズを決める。きっと二人とも出来が良かったのだろう。それでなくたって唯と徹也は優秀だから。
会場を後にして校門のあたりで唯が計と徹也の肩を叩く。
「よおよお。どうだった?二人とも?」
満面の笑みで話しかけてくる。
先に徹也が答える。
「たぶん合格点は言ってると思う。」
「さすが徹也!自信あるねえ。追い込み頑張ってたもんね。」
「計は?」
一拍置いてから計はゆっくりと噛み締めるように呟く。
「僕も大丈夫。合格ラインは超えてるはず。」
「へへへ。そう来なくちゃ。私もイケてると思う。」
「忘れちゃいけないのは・・・・」
徹也が釘を刺す。
「今回はあくまで公開模試だということ。」
「本番はこれからだよ。」
そうだ・・・本番はまだこれからだ。これは練習に過ぎない。
そう思い計は思わず武者震いした・・・
「計どうしたん?」
徹也が訝し気に聞く。
「ううん。大丈夫。何でもないよ。」
唯が二人に笑いかける。
「絶対に3人揃って短答突破したいよね!」
「ああ」
「勿論」
「短答だけじゃダメ!論文式も僕ら揃って合格するんだよ!」
「そうだね!」
「さあ!今日は折角だからサイゼリアで短答直前公開模試お疲れ会しますか!」
ムードメーカーの唯がはしゃぐ。
「良いね!行こう!」
「ほら徹也も。」
「え・・・分かったけど・・・」
~サイゼリア 短答直前公開模試お疲れ会~
「とりあえず乾杯!」
「乾杯!」「乾杯!」
「みんな頑張ったね。」
「おつかれー!」
3人は目前に迫る12月短答を控え、短答合格後の新しい景色にそれぞれ思いを馳せた・・・
僕は本当に公認会計士試験に合格できるんだろうか?・・・
計は二人の弾んだ会話の陰に実は得体の知れない不安が潜んでいることに気づく・・・そこでハッと思った。
"僕と同じじゃないか?"
直前期のプレッシャーの中でもがき苦しんでいるのは僕一人じゃないんだ・・・みんなが苦しいなら逆に安心じゃないか?計は不意に唯に優しく微笑んだ。唯も計に気づき計に優しく笑い返してくれた。
そして僕と唯の関係もまだ終わっていない。きっと僕と唯はこれからなんだ・・・
"ありがとう唯・・・"
3人は御茶ノ水駅で解散した。
12月の短答本試験はもうそこまで近づいてきていた・・・
あともう少し・・・あともう少し・・・
未来を・・僕の未来を変えるんだ・・・
扉を開くのは僕しかいないんだ。
半蔵門線に乗り込み座席に腰掛けすぐにリュックから財務諸表理論のテキストを引っ張り出し勉強モードに切り替える。計の隣に座っている老婦人は一心不乱にテキストを読んでいる計の様子を目を細めて眺めている。
"ケセラ。いよいよ始まるよ。僕の勝負の12月が。"
電車を降りて吐き出す息は白く、冬の到来を告げていた。
そしてそれは計と唯と徹也たちの熱い戦いの火蓋が切って落とされる静かなゴングの音だ。
遠くの教会の鐘が薄暗く曇った灰色の空に高らかに鳴り響いている・・・・計はイヤホンを外し、しばらく駅前の雑踏に立ち尽くして淀んだ空に響く鐘に耳を澄ませた。




