第99話 戦いに踊る少女
ここまでするのか……。秘密を保持するためにこんな仕込みまで。
テレジア――否。テレジアの身体を制御している何かはこちらを先に仕留めるべき相手と見定めたのか、こちらに感情のない虚ろな目を向けると、光の双剣を下から振るってくる。
一刀を避け、もう一刀をバヨネットで受け止める。地面を蹴り込み、迫ってくる動きに合わせて下がる。アイザックから引き離すためだ。
凄まじい速さで二刀の刃を振るうテレジアに、こちらもバヨネットを合わせるように剣戟を交える。
「エステル!」
「はい! 魔力の動きから解析は既に始めています!」
名を呼ぶと、俺の言いたい事を察して、完璧な答えを返してきた。
「どうにかできそうか?」
「後付けならいくらでもやってみせます!」
十分だ。アイザックは――。
「こちらへ。あなたに死なれては困ります。幽霊の治癒術では不安かもしれませんが、治療をしましょう」
「……す、すまない。まさか……こんなことになるとは」
「それを言うなら、私達も甘かった。このような非道な仕掛けをしているとは」
メアリとハーヴェイに身体を支えられ、後方に下がりながら治療を受けているアイザックの姿。なら、問題ない。このまま時間を稼ぎ、エステルの解析を続ける。
先程「人間を排除」と言った。
言葉。情報。そういうものをトリガーに、知られてはいけない秘密を知った「人間」を対象に殺す。言葉通りであるならば俺とアイザックが標的のはずだ。最初に狙ってきたのが俺とアイザックだったのも口封じを目的としたものだろう。
元からあった仕込みなのか。それともエデルガルトが秘密を知ったから新たに仕掛けたものなのかは分からないが、演技をさせる必要もなく、情報を与えず自覚もないままに突如として刺客に変じさせることができる。事前の警戒は難しい。
テレジアの動きは縦横無尽。二刀の光の刃に加えて、蹴りを放てば黒い斬撃の波となって放たれる。元より軽くて小柄な体躯を活かした速度と体術を武器にしていたということもあり、両手足を用いた波状攻撃は絶え間なく続く。
それを。避け、逸らし、受け止め、払って体勢を崩す。が、どこからでもどんな体勢からでも攻撃と反撃を繰り出してくる。ここまで動ける相手を殺さずに時間を稼ぐならば、バヨネットと反射速度だけでは凌ぐのは難しくなるタイミングが出てくるだろう。
だから。空いた手に魔力を纏い、角度とタイミングを合わせて弾く。干渉の火花が弾けて、一瞬体勢が崩れたところに牽制の蹴り脚を見舞う。
対するテレジアは素手で弾いたことには何ら反応せず、魔力を纏わせた俺の蹴り脚を自身の蹴りで受け止めていた。闇精霊の魔力を纏った脚部が反発するような力を生んで、互いに弾かれるように間合いを開ける。
アイザックは既に、ハーヴェイとメアリが退避させている。この距離なら戦いに巻き込むことはない。
空中で転身して着地したテレジアがこちらに掌を広げて向け、その周囲に光の球が浮かぶ。そこから――。
「排除――」
拳を握り込めば球体から光の筋が発せられた。凄まじい熱量を持った光の線が地面を、空間を薙ぐようにしながら俺に対してあらぬ方向から迫って来た。光の方向性を揃えて放つ、レーザーのような攻撃。
その一本を選んでバヨネットの刀身を盾に突破する。光条を突き抜けたところにテレジアが地面スレスレを突っ込んできていた。後方に残した光球に魔力が集束していく。本体からの魔力供給ではなく、精霊術で周囲への影響力の行使による術だ。
見えている。最初に飛来したレーザーをぎりぎりの間合いで避けて踏み込み、テレジアが体重を乗せ切る前に斬撃の起こりの瞬間を止める。
だんっ、と地面を蹴って側転するようにテレジアが横方向に跳ぶ。追撃にはいかない。蹴った地面に闇が蟠っていたからだ。地面に残った闇から黒い錐のような槍が飛び出すのと同時に、浮かんだ光球が薙ぎ払いと直進するレーザーによる波状攻撃を仕掛けてくる。
突き上げてくる錐を、魔力を纏った掌で掴んで跳躍、逆用してその勢いに乗る。薙ぎ払いのレーザーをバヨネットで払って、返す刀でテレジア本体の斬撃を受け止めた。
鍔迫り合いの形になる。火花を散らす双剣とバヨネット。白光の向こうに感情のない、ガラス玉のような目をしたテレジアの顔がある。
「テレジア……! 聞こえているか!」
「……」
返答はない。返ってきたのは、力負けしないために側面から撃ち込んできた熱線だった。
後方に跳べば、そのまま押し切るというようにテレジアも間合いを詰めて追撃してくる。斬撃斬撃。薙ぎ払いと刺突。光芒と闇の錐による絶え間のない連撃。
「意識を強く持て! これは……こんな戦いはお前だって望んじゃいないだろう!」
それでも言葉を紡ぐことは止めない。こっちの動きに対応しているということは、外界から情報を得ているということ。声だって届いているはずなのだから。
バヨネットを噴射し、刃の幅を広げて弾き、斬撃の軌道を皮一枚で避けてすり抜け。剣を受け止めて火花を散らし。弾き、弾かれ。受け止める。
急所か、機動力を奪うような足元への攻撃か。一手で殺すか二手で仕留めるかといったような攻撃の数々。そんな目まぐるしい攻防の中で。
「分かりました! 鳩尾の宝石! あれがテレジアさんの意識を誘導しているようです! ですが、破壊しても大丈夫かどうかは――」
「鳩尾の宝石――あれか」
単純に破壊していいのかどうか。それはまだ分からないが、それなら意識を奪うなり何なりしてから解析を進めるだとか、方法はある。
「サスペンドロック――」
解析を進めながらも、離れた位置にいたエステルから光の帯が放射状に広がる。テレジアの周辺の魔力を固めてその動きを封じるも、一瞬のこと。
腕が光を放ったかと思うとバキン、と何かが割れるような音を立ててサスペンドロックが弾かれた。
「光……。魔力に透過させることで影響を及ぼしやすい範囲を拡大しているようですね。直接接触ならもっと強く干渉も出来るとは思いますが――」
エステルの分析を聞きながらもテレジアと斬撃を応酬する。
精霊は世界への影響力が強い、と精霊術の理屈では聞いた。エステルの世界への影響力に対し、テレジアの身体の周囲――光で強く照らされる範囲ではその影響力の方が上回るということだろう。同じ精霊という括りで影響力が同等と考えれば、後は距離や支配している領域の話となる。
それに、今のサスペンドロックへの対処も、俺との剣戟もだが、一つ一つの行動に感情や余分な思考が挟まらないためか、判断から対応に移るまでが速い。一瞬たりとも戸惑わない。恐れない。惑わない。他者の制御を受けていても判断能力のベースになっているのはテレジアのものなのだろうが、テレジアはそういう瞬間的な判断、野生の勘といったものに特に優れているような印象がある。
見たものの見たままに、機械的に対処するのに、判断力と反応速度は天性のそれだ。そういう意味では、確かに理想的な兵と言えるのだろう。
だが、あんな子供を、こんな形にした奴らには反吐が出る。
クロックアップ。コマ落としになる世界の中で斬撃と弾幕を掻い潜り、間合いの内側へと踏み込む。斬撃が繰り出される前に掌底を放てば、テレジアは腕を交差させるようにして防御の構えを見せた。魔力操作でスタンガンのような役割を持たせた掌底だったが、テレジアの魔力集中によって干渉。火花が生じたが反発力が生じて、テレジアは大きく後ろに吹っ飛んでいた。いや、今のは自分から跳んだのか。
離れた間合いに着地する。
「現状戦力で、排除困難な敵。秘密保持の、ために更なる戦力の増強を、実行、する」
そんな言葉が、風に乗って俺の耳に届いたかと思えば、テレジアの足元から魔法陣の円が広がった。
「召喚術式……! まずい……! ソーヤ、逃げるんだ!」
「特定の……契約を果たしている何かを召喚するためのものです!」
それを目にしたアイザックとハーヴェイが声を上げる。ああ。この系統の魔法なら学んでいるから判別がつく。そしてテレジアが何を召喚するつもりなのかも。だから、俺も対抗するための手札を切っていた。
魔巧技師、だったか。レナードはアストラルナイトの天才技師だ。特殊な能力を持つテレジアに合わせて、最適化されたアストラルナイトを組んでいたことは想像に難くない。或いは最初から専用機があって、それを改修していたか。
その準備が終わったから当初から予定されていたヴァルカランへの潜入調査を実行に移したのだ。だから俺も――アルタイルを集落から呼び寄せていた。飛び立ったアルタイルは変形して一気に高空へと舞い上がり、空中で再度人型に変形しながら降りてくる。
「行きます」
エステルの声と共に、俺の身体が磁力レールで空中に浮く。背中から引き寄せられるようにアルタイルの開いたコクピットハッチの中に吸い込まれていく。馴染んだシートに座ったところで、エステルがふわりと傍らに再顕現してくる。
テレジアは――巨大な魔法円から噴き上がる光の柱の中で宙に浮かんでいた。その身体を包むように光の粒子が集まっていく。召喚から乗り込むまでが一手順。
何か巨大なものがテレジアの身を包むようにその場に現れていた。
流線形。細身の白い機体をベースにしており、腕部や胸部に鎧のように金の装甲が施された流麗なものだ――。脚部は黒い光沢を放つ黒曜石のような質感。テレジアの変身後の姿を踏襲しているかのようなデザイン。
水晶の枝のようなパーツが背面から左右に競り出して翼のような形状を見せている。人工物に自然物が混ざったようなデザインではあるが、この辺もテレジアの性質、特性が機体にも現れているように見えた。
『起き、ろ。ルクスワール』
静かな、感情の欠落したテレジアの言葉が響く。言葉と同時に背中の水晶翼に紫色の光が満ちた。そうしてテレジアの駆るアストラルナイト――ルクスワールは、ゆっくりと機動する。地表スレスレを浮遊しているというような動きだ。
その顔が俺達――降下してきたアルタイルを捉える。
「アイザックは?」
「召喚の兆候を見た時には既にお二方が後方に退避させています」
「なら良い。秘密保持のためなら俺達を倒した後になりふり構わず探すんだろうが……ここで止めれば済む事だからな」
だがまずは……この機体を戦闘不能にまで追い込まないことには始まらない。テレジアを殺さず、大怪我もさせずにルクスワールごと制圧か。さて……。




