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第98話 戦う理由

 ハーヴェイとメアリ。俺にとって二人の肩書きは聞いたままのものではあるのだが、その名乗りは、歴史書まで当たって色々と資料を漁っていたアイザックにとっては別の意味を持っていたらしい。


「竜滅の賢者ハーヴェイ……それに、失われたヴァーゼル教の神官……」

「ほう。懐かしい名ですな。ま、亜竜相手では尾ひれがついた過大な二つ名でしかありませんが」

「外ではどうかは知りませんが、ヴァルカランでは信仰は失われてなどおりませんよ」


 二人はアイザックの反応を肯定する返答で応じた。

 アイザックがその言動を信じたかどうかは分からないがハーヴェイとメアリの発する大きな魔力は本物だ。緊張した様子で俺の方に視線を向ける。


「なら……ソーヤがこの世界の命じゃないから呪いが向かないって言うのは……伝説に聞く、別の世界から召喚された勇者だとでも言うつもりなのか……?」

「あの裏切り者と、その方を一緒にされては困ります」


 アイザックのその言葉をメアリは即座に否定する。


「その通りだ。お二方は、あの勇者を名乗る断絶者と対魔同盟に名を連ねる王達の奸計によって呪いに蝕まれた我らの現状を想い、その知恵と力で我らを助けてくれた。我らがお前達とこうして言葉を交わせているのも、そのお陰だ」

「……勇者と連盟の……。ヴァルカランが、こうなったのは勇者と同盟のせいで……今になって呪いに変化が起こったのは、ソーヤに助けてもらったからだ、と……?」

「そういうことになるな」


 肯定すると、アイザックは表情を強張らせたままで思案を巡らせている様子だったが、恐る恐ると言った様子で尋ねてくる。


「それで……ソーヤは僕達の敵としてここに現れたのか……?」

「違う。戦いの準備をしているゴファールの動向は気になって追っていたがな。調査や交渉をしにきたというのなら、こちらの要求を伝えるつもりだし……二人のことを説得するつもりでもある。正直言うなら、二人のことを傷付けたくはないからな。特に、テレジアとは」


 アイザックは、宮仕えというか立場もあるのだろう。宮廷魔術師の弟子が国の方針に逆らって少女の為に動けと言うのも酷な話だ。けれど、慮れるのはその程度だ。苦悩はしていても、今回の件の片棒を担いでいるのは違いないのだから。


 テレジアはと言えば、鳩尾の当たりに浮き上がった宝石に触れながら言ってくる。


「私が……何だと言うんだ。お前を倒せばヴァルカランが元に戻って出てこれなくなると言うのなら、私はそうするぞ。ヴァルカランの変化もそうだし、神殿の呪いだとか、そういう話にも、関わっているんじゃないのか?」

「残念ながら。仮に俺達が死んだりいなくなってもヴァルカランの変化は元に戻らないし、ヴィルム神殿が元に戻ることもない。それでもテレジア自身に俺と戦う動機があって、どうしてもというのなら相手もするが……今はそうじゃないんだろう?」


 言外にヴィルム神殿の現状と関わりがあることを伝えつつ、テレジアに問う。戦っても解決しないのに、俺と戦わなければならない理由。テレジアは問われて一瞬戸惑うがすぐににらんでくる。


「黙れ。最初から騙すつもりで街にいたんじゃないのか。そんな奴が敵じゃなくてなんだ?」

「身分を偽っていたのが騙すっていうなら、そうなんだろう。そこは悪かったが、別にテレジアを騙すつもりだったわけじゃない」

「潜伏して調査はしていましたが、テレジアさんと知り合ったのは偶然でしたし、最初は子供があんな人達に絡まれていたから気になったというのが本当のところです」

「ゴファールとの関係で気になるところがあって、その後のテレジアの動きに注意していたってのはあるけれどな」


 冷たい目で見てくるテレジアに、俺とエステルは普段とは変わらない口調で応じる。


「ともかく、二人は戦闘を前提にしてはいても、調査や交渉を目的としていたようだからな。戦いを回避できるなら、そうしたいと思って話をしに来た。ハーヴェイとメアリは……俺がヴァルカランの人達のことも代表して交渉の場に立っているのを信じてもらう為だ。何より……交渉もそうだが、テレジアとしっかり話をできると思った」

「私と……何を話すっていうんだ? 私と話だと?」


 胸に手を当てて笑う。一瞬。ほんの僅か、一瞬だがテレジアの顔には自嘲するような色があった。変身して性格が変化して、普段よりも感情が解放されているからか。今の彼女にとって、改造された自身の身体には思うところがあるのだろう。なら、尚更だ。


「……お前とは戦わずに済むように、説得かな」


 カーボンナイフを取り出し、自分の掌を軽く斬る。


「何、を――」


 戸惑う二人に対して、掌を開いて傷口を見せる。ざっくりと斬られた掌の傷は、見る間に塞がっていった。


「俺も自分の身体を改造している口なんだ。魔法技術とは少し違うんだけどな」

「お前、も……?」

「だからだろうな。俺は、お前とは戦いたくないと思っている」


 魔力を伴わない再生と俺の独白に、テレジアは目を見開く。


「俺の国は……話し合いが最初からできないような化物に攻められていて、もう食われて絶滅するか、それとも最後まで戦うかって瀬戸際だったんだ。故郷に孤児院があって、それを守りたかった。俺自身も死にたくはなかったから、俺は自分で選んで、望んでこの力で戦場に立つことを選んだ」


 テレジアに対して感情移入しているのは、恐らくは持たざる子供を否応もなく改造して戦わせているからだ。捨てられた子供で、何の力も持っていなかった小さな頃の自分自身のこと。孤児院のあいつらのこと。そういうものを嫌でも重ねてみてしまう。


「けどな、テレジア。戦う力を他者から貰ったから、それを自分で選んだわけじゃないからってことを、俺は責めてるわけじゃないんだ。俺はお前がどう育って、何を思って生きてきたのかを知らない。生き延びるため。自分の身を守るためにそれが必要だったなら、それはテレジアの身を守るために必要なもので、大切なものに違いない。だから……俺は今、的外れなことを言っているのかも知れない。状況が他の生き方を選ぶことを許さないってのは、よくある話で、自分じゃどうしようもないことだしな」


 テレジアは視線を落とし、自分の掌を見る。


「自分の戦う理由、戦場に立つ理由ぐらいは見据えて、納得して戦いたい。掛けるのは自分の命なんだからな。だから、その必要がないのならお前とは戦いたくない」

「私は――マスター……この人がいたから世界に生まれ、マスターと一緒でしかこの世にはいられない精霊のようなものです。ですから、戦う理由はマスターのためでもあり、私自身のためです。そこに迷いはありません。では……テレジアさん自身は、何のために戦いの場に立っているのですか?」

「何の、ために……」


 エステルに問われたテレジアは思ってもみなかったことを聞かれた、というような表情をする。そう。最初に俺と戦う理由はあるのかと聞いたのはこの場限りだけの話じゃない。テレジア自身にはそもそも戦いの場に立たなければならない理由があるのかという問いだ。


「私、は――私の、戦う理由は……」


 そう言ってテレジアは目を閉じて何かを考えているようだった。……ソーヤとステラとして友好的に接していたこともあって、考えてはくれているようだが。


「……まあ、ゴファールらの都合で肉体を勝手に変えられたというのは我らとて同じですからな。それに義憤を感じ、その方は我らの味方になってくれたということです」

「ですから、今の言葉に嘘はないと……私達は思いますよ」

「変えられ、た……?」


 テレジアが何を言っているのか分からないというように呟くと、肉体改造の話に思うところがあるのか、辛そうな表情をしていたアイザックが俯いていた顔を上げる。


「……さっきも言っていたな。……勇者と対魔同盟の奸計というのは……どういう意味なんだ」

「ゴファールではヴァルカランの呪いの原因を不明。或いは魔族の仕業ってことにして語っているらしいな。だが、実際は違う。召喚された勇者のことをヴァルカランではこっちの世界に縁なく存在する命って意味で――断絶者と呼んでいる。だから俺もそう呼ばせてもらうが……その断絶者と同盟の者達が持って来た魔道具によって、国土の防衛ができるという触れ込みだったんだ」


 その為に国王が自らの命を犠牲にしたこと。本来は王女が犠牲になろうとしていたこと。その結果城から呪いが広がり、ヴァルカランの国土全体を呪いの結界が覆いつくしたことと、その際に変じたアンデッド達の犠牲で更にアンデッドが生まれたこと。その日からずっと呪いが続いていること。それがヴァルカランの呪いだと俺達は二人に伝える。


「……呪いを解いても、僕達に遺恨があるのは間違いないだろう。復讐を……考えているのか?」

「ゴファールの民……その子孫にまで罪があるとは考えてはいませんな。今も断絶者の残した魔道具で生き永らえている者は別ですが」


 ハーヴェイが言う。二人に聞かせても問題ないように、具体的な方法や誰が、と言うところまでは伏せた物言いだ。テレジアは真偽を見定めるように真っ直ぐハーヴェイを見やり、アイザックは驚愕の表情でその話に耳を傾けていた、が――。


「ぐっ……」


 突如テレジアが苦悶の声を上げ、身を屈めて苦しそうに胸の宝石を抑える。


「テレジア……どうした……!?」

「……何だ? 大丈夫なのか?」


 変身が身体に負担がかかるのか。それとも、他に理由があるのか。胸の宝石が、ぼんやりとした紫色の輝きを宿して。テレジアはそれに苦しんでいるようにも見えた。

 アイザックが寄りそうように前に出て、俺も数歩前に出たところで。


「二人とも後ろに!」


 エステルの警告を促す声と、閃光が走るのがほぼ同時だった。近付こうとした空間を、光の刃が弧を描いて通り過ぎ、アイザックがバランスを崩して尻もちをついている。


 テレジアの、その、両手。右手から長く伸びた刃が空間を薙ぎ、背後から近づこうとしたアイザックは、光の鉤爪が拒絶したような形だ。


「テレ、ジア?」


 呆然としたアイザックの声に、テレジアは光の刃と鉤爪を消失させて、胸と頭を抑えたままで、ふらふらと後退りする。


「秘密……排、除? 始末……何を……? 違、私、は……」


 何かに戸惑うようにテレジアは額を抑えて首を振る。

テレジアの魔力が不安定に増大し、無理矢理押し込めるように縮小された。これは……。


「テレジア……! その変身を解くんだ!」


 立ち上がったアイザックの胸は今の鉤爪が浅く掠っていたのか、服が裂けてそこから血が滲んでいた。それを意に介する様子もなくアイザックは言って。


「駄目、だ。逃げ……」


 胸を抑えていたテレジアの動きが。魔力の不安定な増減と変化が。ぴたりと止まる。そのままの体勢で、テレジアは声をかけてきたアイザックに顔を向けた。


 表情も。目の輝きも。そこから抜け落ちていた。ただ、小さく呟く。


「秘密……知った人間……排、除……」


 両腕から光の刃が伸びる。そのまま、跳躍してアイザックに向かって突進していくテレジア。


「テレジア!」


 アイザックが叫ぶ。斬撃がその頭に振り下ろされる、その寸前に。


 テレジアの手から伸びた光刃の魔力と、俺の握るバヨネットの光刃が干渉し合って火花を散らし、俺とテレジア、アイザック、それぞれの顔を白々と照らしていた。

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カエクスジェムの同類かぁ…… やってんな
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