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第97話 少女の変化

『はぁ……』


 変貌を終えたテレジアが小さく声を上げてゆっくりと立ち上がる。


『大丈夫か、テレジア?』


 アイザックはテレジアの変貌を見るのは初めてだったのか、驚愕の表情を浮かべていたが、我に返ったかのように尋ねる。


『……大丈夫か、だと? 誰に物を言っている?』


 テレジアからの返答は、先程までとはまるで違うものだった。声は紛れもなくテレジアのもの。けれど、その言葉使いも表情の作り方も、先程までとは違う。


 不敵に笑いながら視線を向けてくる、その反応にアイザックはやや戸惑いながらも答える。


『いや……。問題がないなら良い』

『当然だ。問題などない。アンデッドなら私の敵ではないし、生き物とは違う今の私に、ヴァルカランの憎悪は向かないと聞いた』

『あ、ああ』


 飄々としていた少女の口調は、自信に満ち溢れたものになっている。記憶は共有しているが、性格上の変化が生じるということか。


『さて。それでは行くか』


 身体から立ち昇るオーラを炎のように払い、テレジアが視線を向ける。その視線の先は森ではない。


『ああ。森の外周に沿って進めば、ヴァルカランに繋がる草原に出る。ただ、草原側を進んだ場合、どこからヴァルカランに入るかが分かりにくいから注意してくれ。かつては戦場になっていた場所で、帰属が曖昧なんだ。あの森はエルフの物と言われていて、ヴァルカランの者と遭遇するなんて情報はこれまでなかった……はずだったんだがな』

『そうか。私はまず、草原の方を回って異常がないか調べていけばいいんだな?』

『ああ。問題のなさそうなところまでは僕もついていく』

『ここで待っていても良いだろうに』


 テレジアが言うが、アイザックは首を横に振った。


『それはできない。君に戦わせて、自分だけ安全なところにいるだなんて』

『そうか。なら精々私の前に出ないことだな』


 テレジアはそう言うと森を迂回するように外周を歩きだし、アイザックも後に続いた。


「来るのは草原側か……。ヴァルカランの土地に入ったら顔を合わせて話をしてみよう」

「恐らく、アストラルナイトを保有しているかと」

「だろうな。自分自身が半分精霊でもあるから、アストラルナイトが精霊器のようなものを兼任している可能性が高い」


 だから、その気になれば呼び出せるのだろう。アストラルナイトの技師であるレナードから準備ができたから作戦通り動けというのは、そういう事だ。アイザックも腕輪の話からするとアストラルナイトを呼び出すことができるのかも知れないが、こちらは訓練もほとんど受けていなさそうに見える。


 ……ともかく、テレジアの手札の一端は見ることができた。懸念点は――あの顕著な性格の変化だろうか。

 出会った時の、飄々とした少女はどこにもいない。自信に満ちた、好戦的ともとれる笑みが表情に浮かんでいる。

 精霊との融合によるものと仮定した場合、この変化は精霊の性質を表出させたことによる影響なんだろうか。或いは、戦うことを前提に改造を受けたから精神面での調整を受けているか。


 改造された機動兵器を駆る兵士。そこだけ見るならば……しかし、俺達とは事情が違うのでないだろうか。

 そもそも何のために人の身体に改造を施すのかということもあるが、俺達は残らず、自分達で望んでそれを選んだのだ。

 動機はそれぞれ違った。何かを守るため、仇を討つため、生き延びるため、金や生活のため。色んな奴がいた。勿論、俺達には後がなかったから、やむを得ず皆そうしたというのはあるが、それでもそこに最低限の同意と納得はあった。


 だが、テレジアはどうなんだ。世間のこともよく分かっていないような子供を、こんな形で戦いに駆り出すのは。精霊達をも巻き込んでいるから尚悪い。


 ヴァルカランにも対抗できるから派遣された。それは分かる。光の精霊の力も、闇の精霊の力も有効だろう。生命体ではなく精霊に寄っていることでヴァルカランからの憎悪を回避できることや子供の姿をしていることも……多分、これらの全ては効果的に働くんだろう。恐らく、アストラルナイトの乗り手としても理想的なんだとは思う。


 合理的だからこそ反吐が出る。

 ヴァルカランの呪いも。乗っ取りも。そして改造のことも。同じ連中がやっているから当然とも言えるのだが。


「全く……毎度毎度ろくでもないことを考えるな……」

「可能なら……テレジアさんにはこんなことはさせたくはありませんね」


 エステルは俺の内心を慮ってか、そう静かに言う。


「そうだな……。上手く交渉できればいいんだが」


大きく息をついて、思考を切り替える。


「……とりあえず、俺達はテレジアと話が出来そうな場所に移動する」

「交渉が決裂した場合戦闘になる可能性もあります。アルタイルは遠隔で飛び立たせる可能性があるので周囲に近付かないように通達を」

「分かったわ」


 ユグドライアのハッチからシルティナが頷く。樹上の家々の足場から様子を窺っていたアリアとノーラもこくこくと頷き「みんなに知らせるね」「こっちは任せて」とそんな風に俺達に言う。


「ああ。行って来る。二人もちゃんと避難しておくんだぞ」

「うんっ。いってらっしゃい」

「気を付けて、ソーマお兄ちゃんもエステルさまも」

「はい。お二人もお気をつけて」


 シルティナ達に見送られて、ハーヴェイ、メアリと連れ立って磁力レールで飛び立つ。


向かった方角から相対するのに都合の良さそうな場所を選び、ハーヴェイ達と共に磁力レールで移動する。


「ここで良いか」


 空中で留まり、迷彩をかける。これはどの方向から来たかを分かりにくくするためだな。


「テレジアさんの力というか特性は、ハーヴェイさん達から見てどれぐらいのものでしょうか?」

「実際に相対してみないと分からないところは多々ありますが……脅威ですな。勿論、ヴァルカラン全体から見てということなら……消耗戦によって勝つことは可能でしょうが、個人レベルで戦った場合は相当なものです」

「精霊の、世界への影響力を人の意志で振るうわけですから、魔法の規模や威力は人の比ではないと予想されます」


 と、ハーヴェイとメアリが見解を述べる。


「高位アンデッドである私は、人間の術師とは比べるべくもありませんが、光と闇の精霊と言う相性差を考えると彼女に勝つのは難しいかと」

「闇属性……同種の力で身を守り、光による反属性で攻撃、でしょうか。ゴファールにとっての仮想敵……対アンデッドや対魔族を想定しているのかも知れませんが、元々のスペックが高いのであれば汎用性においても強力でしょう」


 ハーヴェイとメアリの予想としては、非常に高い戦闘能力を持っていて、しかもヴァルカランとの相性差はかなり悪い、というわけだ。


 そのテレジア達はと言えば、連れ立ってそのまま草原を歩いてくる。アイザックは国境線が曖昧とは言っていたが、ソフィア達に言わせると呪いが発動しないところが境界線ということだ。

 但し、元からの緩衝地帯は戦時中であればある程度融通が利くようになる。ソフィア達としてはゴファールと講和を結んだ覚えはないということで、それ故に緩衝地帯での行動は可能だ。それが外の者達からしてみると境界が曖昧になる、ということなのだろう。


 ともあれ、テレジアとアイザックは周囲を警戒しながら近くまで進んできていた。


「さて――行くか」

「はい」


 迷彩を解くと同時に、ハーヴェイも結界を切れば、その瞬間にテレジアの視線がこちらに向いた。遅れてアイザックの視線もこちらに向く。


「……何だあれは……。人間……人間だと?」


アイザックの驚きを押し殺したかのような声。俺達はゆっくりと降下して草原の上に降り立つ。


「そこで止まってくれ。無闇に立ち入られるのは困る」

「……お前達は、何だ?」


 偽装用のテクスチャを解いてソーマとエステルとしてここに立っているからか、テレジアは俺達を見て眉根を寄せて尋ねてきた。


「ヴァルカラン側の人間だと思ってくれて良い。呪いが俺には発動しないんでな」


 テレジアはじっと俺達を見た後で。


「そう、か。お前達はソーヤとステラか?」

「ああ。まあ……感覚で気付くよな、テレジアは」


 そう言いながらも俺が、自分の顔前を下から上へと撫でるような仕草を見せれば、俺の意図を理解したエステルがタイミングを合わせてテクスチャを被せる。


 ソーヤの顔が現れ、右手を払うように動かせばテクスチャが粒子になって消える。


「ソーヤと……ステラ、なのか? だが、何故ここに……」


 アイザックが驚愕に目を見開く。


「それは――私達がヴァルカランの皆と友人だからです」

「その友人もここに来ている。とりあえず、今はまだ攻撃する意志はない」


 エステルがそう言って、俺が頭上を指差せば遅れて結界を解いたハーヴェイとメアリがゆっくりと降下してくる。


「ヴァルカランの……リッチと……高位のゴースト……!?」


 アイザックが身構えるも、テレジアはハーヴェイ達が攻撃的な魔力を発散していないからか、動きを見せない。


「……聞いていた話と随分違うな」

「あ、ああ。そうだ。本当にヴァルカランのアンデッドなら、ソーヤ達だって一緒にいられるはずがない……!」


 テレジアの呟きにアイザックもこちらを見ながら言う。何か絡繰りがあるのではないかと。悪い冗談はやめろと、そう批難しているようにも感じられた。


「それは、その方がこの世界の命ではないからですよ」


 メアリが静かに言うと、アイザックが固まる。


「自己紹介をしておこう。私はヴァルカラン王国宮廷魔術師長ハーヴェイ」

「同じく、ヴァルカラン王国ヴァーゼル精霊神殿の女司祭、メアリと申します」


 ヴァルカランは精霊信仰……といっても精霊騎士などの例外を除いた一般的な人間は、そこまで強く精霊と感応できない。精霊術を使えず、精霊との関わり方や神聖術の魔法方式はエルフ達とは異なる。


 精霊神に平和や自然の恵みを祈ることで個々人の世界への影響力を増大させているから、治癒魔術なども成立しているという話だが……メアリ達は今日までその信仰を維持し続けている。呪われたアンデッドとなった自分達に光が差すことはなく、自分達の神聖術がもう誰かを助けることはないと、悲観していた向きはあるが……それでも神官達は善良なのだ。信仰が失われていないことの証に、メアリは襲撃で傷ついたエルフ達を癒すことができたのだから。

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