第96話 テレジアの力
女が退出していき、アイザックは一人部屋に残されたままで少しの間物思いにふけっていたが……やがて覚悟を決めたような表情で腕輪を手に取ると、それを身に着けて部屋を出る。隣に取っていたテレジアの部屋の扉をノックする。
『なに?』
顔を出したテレジアに、アイザックは少し沈黙してから言った。
『レナード卿から、準備が整ったと連絡があった。君には……負担をかけてしまうが』
そう言いながらも暗い顔をしているアイザックを、テレジアは不思議そうに眺める。
『アイザックは弱いから、私が守る。だから、安心していい』
やがてテレジアの中で結論が出たのか。そんなことを言う。アイザックが戦いに行きたくなくてそんな表情をしていると思ったらしい。その言葉にアイザックは少し驚いたような表情になる。僅かに苦笑してから首を横に振る。
『そんな心配をしているんじゃないよ。僕のことはどうでもいい。テレジアが心配なんだ』
『私は、私。少し普段と違う感じになるけど、今まで使ってきても問題ないって分かってる』
『そう、か。でも、今までとは違う相手だ。僕を守るとかはいいから、君が怪我をしないようにしてくれ』
『分かった』
何を使うつもりなのかはわからないが……とりあえず、テレジアにとって命に別状のあるようなものではない、と。交渉や調査にやってくるというのであれば、即座に戦いになるということもあるまい。
「普段と違う感じ……か」
「何かしらね。アストラルナイト自体に何かあるのか。それとも人格や、肉体的な変化が生じるのか……。アイザックは気が進まないという感じだけれど」
「説得できる見込みはありますが、やはりそこもテレジアさんの手段……性質次第ですか」
「そうだな。実際にそれを見るか、話を聞かせてもらわないと始まらない」
当然ながら、ソーヤやステラとして話を聞きに行っても一介の冒険者に話をしてくれるような内容ではあるまい。「交渉相手」として顔を合わせに行かなければならない。
どんな事情かは分からないが、先んじてそういう何かがあると知れたのは大きい。
アイザックとテレジアは上にするべき報告を既に終えているからなのか、すぐに動くことにしたようだ。元より、ヴァルカランに接触するつもりなら昼夜もあまり関係がないだろうしな……。部屋から出ると馬車に乗り込み西に向かって出発した。
『エルフの森はどうしたって焦点になってくるが、ヴァルカランには踏み込まない程度に周辺も捜索する必要があるな。アストラルナイトが行動しているなら、周辺に痕跡だって見つけられるだろう』
『エルフ……の集落は?』
『今回の調査では本命の一つだよ。でも、建造しているのがヴァルカラン国土の奥深くとなったら、お手上げだ。僕達はヴァルカランやエルフ達でなく、ヴィルジエットを倒した正体不明の機体にも警戒する必要がある。その場合は未知の勢力である可能性もあるから、そこは気を付けないといけない』
色々と思案している様子のアイザックに、テレジアは少し首を傾げて。それから尋ねた。
『エルフとヴァルカランとかそのアストラルナイトが、全員仲間だったりは?』
その言葉に、アイザックは一瞬固まる。
『それは……ないだろう。ヴァルカランはエルフ達にだって憎悪を向けるんだ……が』
今まで変化が起こったのなら……そういうことも有り得るのか……? とアイザックはこめかみに手をやりながらテレジアの思い付きの言葉に頭を悩ませている様子だった。
テレジアの思い付きはほとんど正解ではあるが、結局結論は出ずに、帰ったらその可能性も報告しておく、と伝える。
そうだな。エデルガルトが危惧していたけれど、それはヴァルカランの者達が外に出てくる可能性を示唆している。長年ヴァルカランに変化が無かったから安心したい。目を逸らしたいという気持ちはあるのかも知れないが……絶滅戦争のような悲惨な状況にはならないからそこは安心してもらいたい。
「俺達も集落側に移動しよう。真っ直ぐ向かってくるにせよ周辺から捜索するにせよ、集落周辺に到着する前に話をしないといけない」
エルフの森だって、本来ならば戦場にはしたくないからな。
俺が立ち上がると、エステルとソフィア、それにシルティナも続いた。
「私達も準備はしておくわ」
「ああ。ソフィアとシルティナはとりあえず、集落や森の防衛に専念して欲しい。どうなるにしてもまずはこっちで話をする」
「ソーマ殿とエステル殿が交渉の窓口に立つわけですな。では……予定通り我らも同行します」
ハーヴェイが言う。ヴァルカランと共闘していることを示すために同行者を付ける、ということになっている。宮廷魔術師のハーヴェイと、幽霊神官のメアリが選ばれた。高位の術師であるハーヴェイと、ヴァルカランの神官であるメアリはヴァルカランにおいても立場のある者達だ。俺達がヴァルカランから信任されていると分かりやすかろうというわけだ。
その分、ソフィアがノーマークで自由に動けるから不測の事態にも臨機応変な対応がしやすくなる。こっちの目的は防衛であるから、テレジアの手札が分からない内は慎重を期すべきだろう。
というわけで地下設備の管制室はハインに任せる。戦況図などを見て臨機応変に対応できるのはハインやヴァルカランの将達、それにロスヴィータあたりになるか。
「私は指揮と連絡役、か。まあ現状では仕方がないことではあるが」
ハインは目を閉じる。エルフの戦士長として後方で待機しているのは、という想いがあるのだとは思うが。アストラルナイト等を保有しているゴファールに対してエルフの戦士達だけでは現状、対抗できる戦力が足りていない。
精霊の力を借りずに動かす機体が組み上げられる体勢が整えば、ハイン達にも機動兵器を頼みたいとは思っているが。
「悪いな。もう少し不便をかける」
「構わない。これも重要な仕事だ」
ハインは苦笑するとそう言って肩を竦めた。。
「ああ。助かるよ。とりあえずは――テレジアがどういう立ち位置と能力を期待されて前に出てきているのかよく分からないし、森や集落そのものが俺達にとって防衛する対象だからな。それをゴファールには知らせたくない。ゴファールに対しての交渉に持ち込むなら、森を迂回させて開拓地に誘導する」
交渉に際してテレジア達と話をして移動させるにしても……エルフの集落よりも森を迂回し、草原の方に誘導させる。開拓地を含めて防衛拠点や集落がそちらだと見せておけば、兵力を展開しやすいから主戦場も森ではなく草原側になるわけだ。
「色々と手を回してくれているな。感謝している」
「いや。俺も森や集落は気に入ってるしな」
というわけで行動開始だ。地下設備を出て、磁力レールを使って森を飛び越え、一気に集落側へと移動する。
アルタイルをいつでも動かせる状態にしつつ待機していると、シルティナもユグドライアに乗って浮遊しながら集落側に降りてくる。
「もしこっち側に突破されるようなことになったら……私の方で足止めするわ」
アルタイルの状態をチェックしていた俺に、ユグドライアのハッチを開けたシルティナが言った。
こうやってかなり警戒する形にはなっているのは、マインラート達が倒されたことを承知の上で派遣されてきたのがテレジアである、という部分が大きい。
性質上……何かヴァルカランに対抗する手段を持っていなければ、こういう人選にはならないだろう。調査だけでなく戦力として期待されているとも言うし。
「ああ。ユグドライアなら十分に地の利は活かせるからな。でも、無理にテレジアのことは考えず、自分や集落を守ることをまず何より優先してくれ。あの子は俺が何とかする」
「分かったわ」
シルティナが迎撃なら、ソフィアは遊撃だろうか。テレジアがどんな動きをしたとしても対応できるように開拓地で待機している。必要とあればバルヴィリアスを組み上げて対応に当たる。
どの機体も何時でも動ける。エルフの集落はと言えば、有事が近いということもあって結界のチェックや避難経路の確認等に余念がない。
そうこうしている内にテレジアとアイザックを乗せた馬車は西の国境付近へと到着した。
『多分……。調査を進めている内に陽が落ちるだろう。君の性質は理屈の上では問題ないんだろうが、実際に確認したわけじゃないんだ。十分に気を付けてくれ』
『分かった』
馬車から降りたテレジアが言う。そうして、テレジアは目を閉じて、何かを掴もうとするのように頭上に右手を掲げ、地面を爪先で軽く叩くように打ち鳴らす。
変化はすぐに生じた。光。光の粒子が伸ばした指先に浮かんだかと思うと、そのままテレジアの身に降り注ぐ。指先から光に包まれて――いや、指先が光に変化しているのか? 光に包まれているのではなく、自ら発光しているのでもなく。人の形をした光に変じていくような。打ち鳴らした爪先からも黒い波紋が広がり、黒い円を作り出していた。それがゆっくりと這い上がるようにテレジアの足を包んでいく。
「これは――」
腕の変化は肘のあたりで止まるが、降り注いだ粒子と這い上がる影はそのままテレジアの全身を包んでいく。
『ぐっ……』
光が肩から首へ達したあたりでテレジアは苦しそうな声を上げて身体を屈める。
髪が。四肢が。身体が。変化していく。人の子供と同じ姿であったが少女としての面影を残しつつも人ではない異形へと変化を果たしていく。
その姿は、何だろうか。知っている何かに似ている。
何に似ているのか。少し考えてすぐに分かった。
『精霊……』
映像情報を共有していたシルティナが呟くように言った。
そう。ルヴィエラやメイア、フラリア……精霊に似ているのだ。
例えば毛先が光になってオーラのように揺らいでいるのは、ルヴィエラ達の毛先が水のようになっているのと似ている。指先から肘に至るまでは光体。人の形をしていた。耳は後ろに長く伸びて淡い光の幕となり。肩甲骨のあたりから光の翼が広がる。
脚もだ。靴が内側から弾けて膝から下が黒い獣のようなシルエットになっていた。そちらも黒い炎が揺らぐように、輪郭が揺らいでいる。最後に鳩尾のあたりに亀裂が走り、内側から煌めく宝石のような器官が表出した。
『……光と闇の精霊。多分』
ルヴィエラの声が淡々と響く。光と、闇か。
「あの子は……私の観測できる範囲では、魔力は多少高くても普通の人間の反応でした」
エステルが眉根を寄せて言った。
『人と精霊との合成獣……。或いは魂の融合や同居、かしらね。あの地下祭壇の術を応用すれば、もしかすると可能なのかも知れないわ』
『あんな子供に……何てことを……』
ソフィアの言葉に、エデルガルトの痛ましそうな声が響く。
『複数の精霊なのは……対立する属性の精霊を、人で繋いで中和させているのだと思う』
『精霊の憑依も、精霊と特に相性の良い者はできるわ。その……あんな風にはならないから、本当に一つのものとして融合しているのかな……って』
メイアとフラリアも精霊としての見解を教えてくれた。
エステルに対して違和感を覚えたり、森の精霊の反応から安全かどうか判断したりと、精霊に対する感知能力も高い理由もこれで分かったが……。本当に、ろくでもない研究をするものだ。




