第87話 開拓地の現状は
エデルガルト達の受け入れ態勢はすぐに整った。新しい孤児院となる家屋が出来上がり、部屋に置く家財道具も工作機械で作られて運び込まれていく。
それぞれに個室が与えられる程度には部屋数も余っているが、年少の子には面倒見のいい年長の子が班長のような役割を担い、当番制による入れ替わりを行いながらも大部屋で一緒に寝泊まりする、といった体制のようだ。
ある程度自立していて素行も問題ないと判断されれば個室も与えられるわけだな。この辺の取り決めは元々孤児院にあったものをそのまま持ってきているということで、部屋割り等は諸々スムーズだった。
集団生活を学び、年長者としての振る舞いを学び、成長を促していく。そういう考えの元に色々と組み立てられているようだ。
エデルガルトやグラシエーラの教育についてはしっかり考えられているもののようだから、こちらが口出しするようなこともないだろう。
孤児院の方は問題なさそうなので、留守の間に出来上がったものや設備等、開拓地の様子を実際に見ていくことにした。
「開拓地内部の見学……私達も同行していいのですか?」
新しい孤児院で生活を始めていたエデルガルト達を誘うと、意外そうに言った。
「新しく作った建物の中にずっと籠っているわけにもいかないだろうし。いざという時どこに避難すればいいかだとか、平時はどこが危ないから近付かない方がいいだとか、そういう情報は共有しておかないとな」
「なるほど……。信用していただけるのですね」
「ああ」
そういう情報を渡すのは信用しているからでもある。こちらが信用していると示せば、それに答えてくれる相手だと。
俺の返答を受けて、グラシエーラやカーシャと顔を見合わせて頷き合うエデルガルトである。そんなわけで留守の間の開拓地の仕上がりを眺めながらの移動だ。
現状、開拓地の地上の外観は軍基地としての役割を持った広場に畑や果樹園といった耕作地に、村規模の生活環境がくっついている、といった感じだ。
開放的な見た目で、周囲は一応フェンスで囲われているが、特に高い外壁で囲われた要塞というわけではない。
ただ――現時点でも既に地下に埋設し、建造している施設とヴァルカランの魔法技術によって、強力な結界を構築して維持することはできるようになっている。これは対アストラルナイトを想定したものだ。機動兵器相手では単純な外壁を作っても固定された拠点はあまり意味をなさない。こっちの世界で見るような外壁などは簡単に乗り越えられてしまうし、攻撃力が高いために並みの建造物であればそれ自体の破壊も可能だからだ。
ストラトス・フレームのある俺達の世界で軍事要塞と言うのなら……山ほどの砲台を宙域内、空内に幾重にも配置し、入り込んだ敵や飛来した兵器を砲台と機動兵器による十字砲火で撃墜するような防衛設備、ということになるが……そこまでのものは現状望めないからな。
だから、アストラルナイトを相手にするならば早期の位置把握と遠距離攻撃、或いは近接や中距離で機動兵器を用いた撃破ということになる。対アストラルナイト用の拠点防衛兵器は――通常戦力に向けた場合は充分な戦力になるだろう。
で、その拠点防衛兵器が何かというと。
「大きな蜘蛛か蟹か……何かの生き物のようですね……。あれは一体……」
というのが少し離れたところからそれを見たエデルガルトの感想だ。エデルガルトの視線の向こう――。広場には現在12機もの防衛兵器が鎮座している。
「2人乗りも可能な自走砲ですね」
「じそうほう……ですか?」
「うーん。自分でどこにでも移動できる……バリスタみたいなものです。普段はレーダー……探知の魔法と連動して固定弩弓としての役割を担っています」
エデルガルトにも理解しやすい単語に置き換えてエステルが説明する。
「必要とあれば自分で移動して最適な位置取りから攻撃目標を選ぶこともできる、という代物ですよ。試しに外から動かしてみましょうか」
エステルがそう言って、光のラインを空中に走らせる。そうやってハッキング魔法によって外部から無人であるはずの自走砲を動かして見せた。ローラーとクローアームが組み合わさった多脚を駆動させて、自走砲は軽快な動きで敷地内を前後左右に滑走する。
工作機械で組み上げた多脚型の自走砲だ。見た目はエデルガルトの言った通りの代物で、全高は4メートル程。ストラトス・フレームのような汎用性や高機動性、空戦能力はないが、長距離砲撃と対空砲火、近接掃射の三種の役割を果たせる。
それらの兵装を使って地上の通常戦力への対地攻撃も距離、位置を問わずにできる。
優れている点としては……平野部の移動もできるが悪路は勿論、森の木々を登るなどの立体的な動きもできることだ。
これにより、エルフの集落に配備すれば近付く相手の迎撃と、内側に入り込んだ相手への掃討の両方をこなせる、というわけだな。森、平野、荒れ地、岩地と、場所を選ばず運用できるし、本来の目的とは異なるが、人員や物資を運ぶ輸送手段としても有用だ。
防御能力も攻撃能力も、生身とは比べるべくもない程に高いのは確かだが、かなり射撃戦に偏っていて汎用性には欠ける。アストラルナイト相手の近接戦闘に持ち込まれれば不利だろう。
相手のアストラルナイトがハイエンドの機体ならば、標準的に装備されている兵装では相手の防御を抜けないだろう、とも思う。
ただ、自走砲は生産と維持、運用のコストが安い。基本装備となる弾丸は金属の成型弾を磁力レールで飛ばす仕様だし、魔力と術式を込めた弾頭を曲射して長距離砲撃もできる。機体自体は大部分が複合型のマジックカーボンでできているために材料はそれこそ木や土からでも調達できるから、製造も運用も安価だ。
動力は操縦者の精霊術か魔力、或いは搭載した魔道具に蓄積させた魔力を用いる複合運用方式。あくまで自走砲であり、移動能力に伴う副産物としての格闘能力は持っていても、アストラルナイトと白兵戦でやり合う為の代物ではない。必要な位置取りと配置で砲撃と射撃を行う防衛兵器であり、内側に入り込まれようが遮蔽物に隠れられようがどこでも射線を取りに行けるのが強みだ。
これは数を揃えて拠点防衛に使う想定だ。面制圧での射撃や十字砲火になれば、防御にせよ回避にせよ、魔力で動くアストラルナイトの消耗は確実に狙える。
アルタイルを始めとしたこちらの機動兵器とセットで運用する予定だから、消耗させた上で戦う形に持ち込める。
それに、火力はその程度でも構わないのだ。一定程度のランクのアストラルナイトの足切りが可能で、普通の騎兵、歩兵相手には脅威と呼べる戦力となれば、拠点の侵攻、制圧を躊躇わせる抑止力には十分になり得る。
機動力、走破性を持っているためにこちらの陣形の隙をつく、というのも難しい。俯瞰図で戦場を見て、最適な配置、陣形にするための指示も出せるからな。
エステルの操作によって軽快な動きで地面を滑走し、フォーメーションを取ったりアクロバティックな姿勢をしている自走砲を見て、エデルガルトは目を瞬かせる。
「これがバリスタの役割を果たすわけですか……」
「パワーの割に軽量で頑丈ですから、木々を登ったり垂直な壁に張り付いたままでの射撃ができますよ。姿勢制御と照準回りのシステムはマスターとの合作です」
誇らしげに言うエステルである。エステルは人間の肉体の感覚そのものや人間の尺度での処理能力には不慣れだからな。大枠で作ったものを俺が調整を手伝って仕上げた方が、結果的に人に扱いやすいものになる……というわけだ。
「どう思いますか、カーシャ」
「私は……彼らとは敵対すべきではないと思います。ソーマ殿の世界の技術、でしたか。本当に高度なものではないかと」
騎士として意見を求められたカーシャが答える。
「そうですね。しかし……仮にそれをゴファール本国に伝えても意味がなく、一戦交えるまで退かないのが目に見えている……。困りものですね」
エデルガルトは残念そうに言った。カーシャもそれを受けて静かに瞑目する。
だろうな……。普通は後ろ盾のないエルフの集落にこんな兵器が建造されて配備されているとは思わないだろうし。ヴァルカランにしても解呪と断絶者の捜索を目標にしていたから、特段兵器開発もされてこなかった。というのも不滅である彼らは、兵器に拘らなくても問題がなく、持久戦や回帰を用いた戦術に持ち込めば勝ててしまうからだ。
だから……西にやってきた場合、ヴィルジエットを倒したと言っても先入観を以って事に当たるのが目に見える。エデルガルトも軍人ではないし、助言したとしてもその言葉は軽く見られるだろう。こっちが運用しているのがゴファールにとっては未知の兵器というのもな。運用法も設計思想も違い過ぎて、結局、戦ってみるまでどういうものなのか理解もできない。
「自走砲についてはこのまま増産して運用の訓練を続けるとして……地下部分ももう結構出来上がってきているみたいだな」
「はい。とりあえずエルフの集落への侵攻を防げなかった場合の避難先には十分になるかと思います」
案内も兼ねてエデルガルト達を連れて開拓地や出来上がった兵器を見て回りながら、エステルに見せてもらったデータを確認していく。
「美しいフォルムだな。エルフの集落でも見たが、他のアストラルナイトも保有しているわけか」
と、基地部広場の中心に立つ機体を遠巻きに眺めてグラシエーラが感想を口にする。
「集落の機体――アルタイルもこれも、アストラルナイトの区分ではないんだ。集落の方は俺の機体アルタイル。こっちの方はヴァルカランや鹵獲したアストラルナイトの技術や俺達の技術を混ぜて作った機体で……機体名も種類も、正式名称が決まってない」
「ほう……それはまた」
ここにあるのはシルティナの専用機だが……もう組み上がっている。滑らかな質感の、スマートなシルエットの機体だ。薄緑の装甲と半透明のウィングを備えるそれは、エルフとその契約精霊、守護精霊が動かす機体らしい色合いとフォルムである。
妖精のような繊細な印象の射撃機体で、蔦が絡まったようなデザインの大弓を持っている。弓の見た目をしているが湖と樹の精霊の力を借りて力を増幅して放つという……魔法武器的な括りだろうか。
「機体の名前は……みんなが帰って来たら決めようかなって思っていたの」
シルティナがにこにことしながら楽しそうに言う。
「シルティナの中では、もう名前も浮かんでいたりするのかしら?」
「うん。ユグドライア、とかどうかな? エルフの昔話に出てくる大樹のもじりなんだけれど」
ソフィアの質問に、シルティナが答えて俺達を見てくる。
「いいんじゃないか? 機体の成り立ち的にも良さそうだ」
装甲の材質も樹を硬化させたものであったり、樹と水の精霊の力を借りていたりするので、名前のイメージ的にはぴったりという気もするな。
俺がそう答えると、シルティナは「それじゃあ決まりね」と微笑む。
「これからよろしくね、ユグドライア」
機体に触れつつ話しかけるシルティナである。
もう一つの専用機――ソフィアの機体は……ルヴィエラの力を借りて湖水で組み上がるので、普段は流体制御システムとなる宝玉だけで機体そのものは存在しないが……こちらも完成している。エデルガルトの護衛で予定が伸びていたが、こちらもソフィアにテストしてもらわないとな。




