第86話 子供達と幽霊と
エルフの集落側はやはり、樹上生活だと孤児院の面々には不便がある。大人数でやってきたから生活スペースも集落にある既存の家では足りていないということもあって、開拓地側に新たに孤児院を作る事になった。
作ると言っても基礎工事から設計、建設まで工作機械を用い、3Dプリンターに設計図と素材を流し込んで組み立てるだけだ。それなりの規模の複雑な建造物でも割とインスタントに作ってしまえる。
「孤児院を作ると聞いた時は何か月か待つことになると思ったのだがな……」
俺達はグラシエーラ達を連れて新しく作っている建物の前にやってきていた。
元の孤児院と同程度の規模の建物だ。元の孤児院にあったような広々とした庭こそないものの、共同浴場が隣接していて風呂には入りたい放題だな。
「お風呂……お風呂に入りたい放題ですか。それは……素晴らしい。潜伏先でそのような環境があるとは」
エデルガルトは共同浴場を見上げて呟く。
入りたい放題というのは文字通りで、一日の内いつでも、ということだ。川から一部の水を引き込み、地下区画に作った貯水槽に水を溜めておく。そこから湯を沸かして風呂に利用したり、パイプを通して館内暖房に用い、循環させたり温度を合わせてから浄化して再利用し、一部は再度浄化してから川に放出できる仕組みだ。
温泉のような効能が特別あるわけではないが、風呂水としては常に清潔な環境を維持できる。沸かした熱を利用しての暖房。非常時の消火用水。日常時の飲用水や農業用水としても利用できるので無駄がない。
ともあれ、風呂自体は王都や各地の滞在先にもあるが、常時なんの準備もせずに入浴できる環境というのは中々あり得ないらしい。
「魔法や魔道具があるから、もう少しお風呂も普及しているものかと思いましたが、そんなこともないんですね」
「ある程度の力を持った貴族家や商家。高級な宿には魔道具を含めた設備もあります。しかし普段から何の準備もせずに常時となると……温泉地のような保養地ぐらいですか」
エステルの言葉に答えるエデルガルト。
まだ出来て日の浅い開拓地には普通はないものではあるだろう。
「風呂があると衛生的だしな。要塞化するような運用も考えているから、水の貯蓄や衛生面、士気の向上にも繋がる。水回りは早い段階で計画して整備しておくに越したことはない」
「それは確かに……。恩恵に預かれるのは有難いな」
グラシエーラが腕組みしつつ頷いた。
「生活や子供達の教育に必要なものがあったら言ってくれ」
「これまで通り私に教育を任せてもらっても良いのか?」
「私達としては特に口出しするつもりはないわ。私達の事情についての話が正しいものならばね」
ヴァルカランが譲れないのはそこだけだというようにソフィアが言う。
「俺としても構わない。将来的にゴファールに帰還するにしろ、こっちで暮らすにしろ、そのために必要な知識を与えられるのも、その内容が判断できるのも、俺達じゃないだろうからな」
そう伝えるとグラシエーラは目を閉じた。
「そうか。寛大な対応に感謝しよう。信用には信用に足る行動を以って返したいと思う」
俺達にはやましいことがあるわけではない。変にバイアスをかけずに情報を伝え、その上でグラシエーラや子供達に判断してもらえば、それでいいだろう。その後はそれぞれの選択だ。
その他、武芸の訓練に魔法の勉強も許可が出る。才能があるなら将来に必要だからだ。教育の合間に畑の収穫作業だとか、裁縫や手作業も、手伝いにもなるし職業訓練と交流にもなる。
呪い対策が終わっていない者も国内にいるから、開拓地から遠出するのは制限がされるが……近隣なら現時点でも問題が起こらない。ソフィアがその辺のことをヴァルカランの国民に周知しているから、対策が済んでいないものは開拓地やその近辺に近寄らないのだ。
畑仕事の手伝いなども普通に出来る状態ではあるか。エデルガルト達の日々の過ごし方であるとか、ルールについての大まかなところが決まったところで、ヴァルカランの面々と顔を合わせることになった。
顔を合わせるのは幽霊神官のメアリ他数名と、全身甲冑の亡霊騎士達だ。日中の間に顔を合わせる形ならばそれほど威圧感もなく、実際に話をしてみれば気のいい面々だからな。顔を合わせて話をし、挨拶をした後でヴァルカランの住民であることや、その真実について教えた方が恐怖感も少なく受け入れられやすいだろう。
「初めまして。メアリと言います」
エステルのサポートによって、陽光の下で微笑んで挨拶するメアリは、淡く霞んで光りながら透けていて……神官服と相まって神秘的で幽玄な雰囲気すらあった。
そんなメアリの姿に、子供達は目を瞬かせている。
「私達はまあ、この土地に昔から住んでいる者達ですね。私は癒しの術を使うことのできる神官で……その……怖がらせてしまうかも知れませんが、ぶっちゃけて言ってしまうと、幽霊なのです」
小首を傾げて微笑み、少し悪戯っぽく言うメアリである。
「勿論、幽霊と言っても危害を加えるつもりはありません。怪我をした時や病気になった時には、私達が治療に当たることになりますので、気軽に接してもらえると嬉しく思います」
他の幽霊神官も穏やかな表情で言った。
「我らもだ。その……顔は怖がらせてしまうから見せない方が良いだろうが、警備や護衛は任せて欲しい」
そう言ってガシャっと音を立てながらも少しコミカルな仕草で力瘤を作ってみせる亡霊騎士である。
全身甲冑で身体からオーラを立ち昇らせる彼らには……特に男子からは「格好いい」という声が上がっていたりする。アンデッドでもあるというのは伝わったから、後はヴァルカランについての情報と注意事項を伝えれば問題はなさそうだ。
最初の接触は互いに好意的なものになってくれたようで何よりだ。
「――どうだった?」
「笑顔が明るくて素直な子達だと思います。これはエデルガルト王女とグラシエーラ殿の行いの賜物でしょう」
「それに……聞けばグラシエーラ嬢はライゼス子爵領の方々――子爵家の武官、文官や領民の方々とも積極的に交流していたとのこと。その中で教育もかなりの水準のものを施していたようですし……人材を育成し、ライゼス子爵領やゴファール王国の各地で受け入れてもらえるような下地作りをしていたのでしょう」
「孤児達を保護し、育てれば将来有望な人材になると……そう証明して支援の手を国として広げることを認めてもらうためだと仰っていました」
対面も終わって、子供達だけでなく、メアリ達とエデルガルト達を引き合わせての面談のような時間も取った。
それが終わったところで改めてメアリ達にエデルガルトやグラシエーラ、子供達の印象を尋ねてみるとそんな返答があった。
「素晴らしい志ですし、試みは上手くいっていた……と思います。しかし……それだけにゴファール王国のやり方には憤りを感じざるを得ませんな」
「そうですね……。彼らはまた、私達の時と同じようなことをしようと……いえ、これまでもしてきたのでしょう。そういう意味では彼女らを応援したい、と思わされると言いますか、身につまされると言いますか……」
メアリは目を閉じる。ゴファールの王族としてというよりは、その被害を被った相手としての仲間意識というのか。エデルガルトに対してもかなり共感する部分があるようだ。
同じようなこと……志を持つ者を利用し、最後にその上前をはねるというような。かつて国を守ろうと願ったヴァルカランの前国王と民達の想いを利用して、魔族への盾にしたし、エデルガルトが積み上げ、築いてきた能力、人間関係や信頼をそのまま乗っ取って、次代の宰相に据えようとしていた。
……そうだな。ゴファールの王族として見るよりも、全く同じ相手に利用された被害者としての目を向けるのも当然か。何せ、今の上層部は代替わりしても中身が同じで、何よりも複数人がソフィアを知っているのだから。
儀式場と祭具の破壊で乗っ取りが出来なくなればいいのだがな……。その辺、あの祭具やらの来歴だとか設備の再建が可能なのかは捕虜からソフィアが聞き出してくれるとは思う。
ともあれ、そういった共感や同情的な部分も含めてメアリ達はエデルガルトとグラシエーラ、孤児院の子らに対しての印象はかなり良いように見えた。
子供達も……昼間に顔を合わせたということもあってヴァルカランの面々を怖がっているようには見えなかった。
エデルガルトとグラシエーラによるとヴァルカランについても今までの授業において教えることもあったようだが……二人ともヴァルカランに対しては悲劇として認識している部分が多いようだ。アンデッドとなった今も尚、魔族を押し留めている誇り高い戦士達、という方向で伝えていたらしい。
アンデッドになってしまって現世に留まり続けている。憎しみと呪い。危険だが、それには理由がある。だから無闇に恐れるのではなく、敬意といつか安らかに眠れるようにという哀悼の想いを向けるべきだとそういう方針であったようだ。
実際……そういう考え方と態度でいた方が、以前のヴァルカランの面々に接触した時に助かる可能性は高かっただろうな。そういう敬意や感謝、哀悼が伝わった場合、ヴァルカランの面々は自害による回帰を選択してでも見逃す選択肢を取ることは充分に考えられる。
もっとも……敬意を持つ者、畏怖する者がわざわざヴァルカランに侵入してくる方がレアケースだろう。
「呪い解けたんだって……!」
「良かったね……!」
だから。ここがヴァルカランで、メアリ達がそのヴァルカランの住民だとエデルガルト達から知らされた子供達の反応はそういうものになったようだ。
新しい孤児院からエデルガルト達の話を聞いて出てきた子供達――特に幼い子が屈託なくメアリ達にそんなことを伝えてきた。
「ああ――ふふ。ありがとうございます。本当に……いい子達ですね」
駆けてきてそう言われたメアリは、少し驚いたような表情をしてから、そう答えて子供達の髪を撫でていた。幽霊は物理的な干渉をする場合魔力を消費するらしいが――きちんと触れて髪を撫でているあたり、子供達の言葉に感じ入るものがあったようだ。
亡霊騎士達も静かに頷いたりしていて、あの祝福の言葉は彼らにとって嬉しいものなのだろう。
「強面の面々も……昼間に……メアリからの紹介だとか、そういう方法なら怖がらせずに受け入れてもらえるかしらね」
メアリ達の様子をみて、口元に微笑みを浮かべながらソフィアは呟くように言った。そうだな……。きっと、そういう人として当たり前の交流も、ヴァルカランの面々は望んでいるのだろうから。
孤児院の面々が開拓地で暮らしを初めて、その交流が良いものになっていって欲しいと俺としても思う。
この調子なら、シルティナ達ともすぐに打ち解けるだろう。ゴファールにいたと言ってもエデルガルトやグラシエーラの教育が良いものだったようだしな。
「あのお兄さんとお姉さんが、私達を呪いから助けてくれたんですよ」
と、メアリが俺とエステルを指差しながら言う。そんな言葉に子供達はキラキラとした尊敬の眼差しを向けてきたりして……うん。そういう目で見られるのは慣れていないから、少しばかり居心地が悪いな。




