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第85話 歓迎の宴にて

「――皆で無事に帰って来たことを嬉しく思う。私はヴァルネスの氏族……この集落の長をしているライヒルという。皆を代表して歓迎させてもらおう」


 並んだ料理の前でライヒルが言うと、それを受けてエデルガルトが立ち上がり一礼する。あの後、それぞれに自己紹介を終え、荷物を置いてゆっくりとしていると広場で歓待の席が用意できたと呼びに来られた。


「先だってのゴファールとの経緯があった後だというのに……このような歓迎の席まで用意して頂き、迎え入れて頂けること、深く感謝します」

「ソーマ殿からエデルガルト姫が戦いを避けるべく命を賭けて尽力していたことや、その命を狙われたことについては聞いている。ましてやその理由が子供達を守るためだったというのだから。それほどの御仁に一目置くのは当然というものだ」

「これまでとは色々と環境が変わったために戸惑うこともありましょう。何かあれば気軽に相談してください」


 ライヒルとマデリエネは穏やかに笑って応じる。

 命を賭けた、か。そうだな。ヴィルム神殿の狙いが分かった時点で、エデルガルトには取引して方針を擦り合わせることもできたはずだ。神殿側としては通常の方法では説得できないと思っていたからだろうし、エデルガルトがそれをしなかったのは民の為だ。神殿に対して妥協するということは、西での戦いを許容するということで。要するに……最初から思惑が相容れないと互いにわかっていたのだろう。


 仮にエデルガルトから解呪に協力するために戦いになるように話を持っていくと取引を持ち掛ければ……神殿は何かしらの保険をかけるなどした上でその話を受けていたのだろうが。


 そういう手段を取らず、ゾラルド丘陵地帯を抜けてまで王都に報告を届けに行った。西の森の変化に危機感を覚え、民のためだったとしても、賭けていたのは己の命に他ならない。


 ――ゴファール王国の上層部がああいう者達ではなかったなら戦いは避けられた、とも思ってしまうが……それは今更言っても仕方のないことではあるか。


「通した家も今日のところはそのまま寝泊まりに使ってもらって構わない。この集落での暮らしは精霊術が使えないと些か不便なところはあるが、開拓地はそうではないからな。明日からの生活のことも考えていこう」

「ありがとうございます」


 ライヒルとエデルガルトが握手を交わす。開拓地側なら樹上生活ではなく、十分な広さを確保して落ち着いた生活もできる。子供達はこれまで通り勉強をしながら過ごすこともできるだろう。


「さて。あまり待たせても悪い。子供達もお待ちかねのようだからな。今日はゆっくり楽しんでいって欲しい。それでは――これからの我らの関係が善きものになることを願って」


 ライヒルが杯を掲げる。乾杯は果実水ではあるが、皆も杯を掲げて声を上げ、そうして歓迎の席は始まった。


 エルフの集落は植物系の食材が元々豊富だが……魔物の肉も最近はヴァルカランの騎士達の見回りの関係で供給量が増えている。戦いが予想されるために保存食を備蓄したりする必要もあるから、彼らも見かけたら狩りの対象にしてくれているのだ。

 そうした魔物系の食材も今回の食卓に饗されていたが、今回は保存食にする前の新鮮なものを放出してくれているようだ。エステルが合成機械で作った調味料もあるな。

 ヴァルカランの皆が集めた素材や土中、空気中からも合成してしまえる食材も結構ある。塩や砂糖に重曹……それに脂肪分も合成で作れるからミルク、バターやマーガリンあたりも作ることが可能となる。


 ただ、バターなどは本物に近付ける風味付けが必要だ。


「軍支給品の……土から栄養ブロックを作る合成機械は兵士達からすこぶる評判が悪いですが……あれは本当に味だとかを風味を度外視していて生産コスト、栄養補給の効率のみを追求した品なんでしょう。戦場では栄養補給さえできていればいいという方針には困りものですね」

「まあ確かに……士気に関わるとは思う」


 という会話を以前エステルとしたことがある。「風味付けをきちんとすれば合成でもきちんとしたものはできます」だそうで、今回こっちにやってきてそういう合成機械を作ってその時の言動を実証して見せているエステルである。


 もっとも、砂糖と塩は特別に風味付けしなくても一定のクオリティにはなる。

というわけで今回の食卓は菓子類も多くて中々賑やかなことになっている。エステルがレシピをいくつか提供したお陰で菓子作りがエルフの女性陣の間でブームになっているそうで。砂糖やバター、牛乳に重曹が潤沢に使えるともなれば……そうもなるか。


 効率的に今までできない料理を作れるようにと、魔力で動くレンジやオーブンまで集会場に用意していたからな、エステルは……。


 ナノマシン合成で最初に部品を細かく分けて合成機械、工作機械、3Dプリンターあたりを作ってしまえば、どんどん色々な物が作れるようになるわけで。今は設計図を組んで必要となる素材を流し込めば、身の回りの道具以上のものを組み上げてもらえる状態にまではなって、開拓地でも活用が始まっている。


 人工知能とナノマシンで好きにやれないよう、本来は部品から工作機械。更に大型化、複雑化させていくという迂回ルートにも対策がされている。上官に連絡が取れるタイミングでの報告義務と、それに伴い、上官側は作った関連物品の破棄命令を出せるという制限があったりするのだ。

 戦闘中や作戦中で報告どころではない、という場合を除いて、普通は通信機器で即座に連絡が取れるから、悠長に機械を高度化、複雑化させていくようなことにはならない。ナノマシンに組み込まれているために報告は自動送信だ。報告を怠ったり、嘘を吐くこともできない。


 だが今の俺に上官はおらず、本隊に連絡も取れない。言うなれば作戦行動中に遭難して帰還の方法を模索中という状況なので、色々制限がゆるい。好き勝手にやらせてもらっているが……一応断絶者や召喚儀式の情報は追いかけているしな。目的達成のためには諸々必要なことだということで。


 さて。そんなわけで色々な調理器具やら食材やらが増えたお陰で、歓迎の席にはエルフ達の料理に加えてカップケーキにクッキー、ドーナツ等々、俺達の知識をベースにした菓子類が並んでいた。子供達はそれを口にすると一瞬固まって声を上げる。


「何これ!」

「美味しい!」


 と、大騒ぎになっている。見ればエデルガルトも口元を抑えつつも驚いたような表情をしていた。


「素晴らしい食文化だ……。こんなものがあるとはエルフのことを記述した資料のどこにも……」


 グラシエーラが言うと、シルティナが笑って応じる。


「これはエステルさんから習ったものなのよ」

「そうなのか。すると、これは異界の料理……。尚更興味深い……」


 グラシエーラは片手にカップケーキ、片手にクッキーを持って見比べたりしている。


「沢山作ったから、どんどん食べてね」

「ふふ。子供達の反応は私達と変わらないわね」


 大喜びの子供達を見て笑顔になっているエルフの女性陣である。


「確かにこれは美味ですね……。揚げた匂いが香ばしくて……」


 カーシャもドーナツを齧って手に幸せそうな表情を浮かべていた。


 ドーナツは甘い香りに油の香ばしさが混ざり、何とも言えない風味だ。後味にふわりとした品の良い香りがあるのは、食用に使える花か何かでアレンジをしているのだろうか。

 エルフ達の茶との相性も良くて……あっち側にいた時はこういうものを食べる機会にはほとんど恵まれなかったから、俺も気を付けないと食指が伸びすぎてしまうな……。


「どうですか、マスター?」


 傍らにドーナツやらカップケーキを盛った皿が置かれる。


「滅茶苦茶美味い……。正直、こんな甘味がこっちに来て食べられるとは思ってなかった……な」


 そちらを見るとエステルがいた。王都で買ったリボンでツインテールに髪を纏めているが、服装は何やら普段と違うものだった。


「えーっと。その服は?」

「手伝いに行っていましたし、髪型もまとめる時にシルティナさんに弄ってもらったので動きやすい服をと思いまして。データベースにウェイトレスのものがあったので、それをベースにしてみました」


 そう言ってその場でくるりと一回転して見せるエステルだ。メイドのカチューシャ……ヘッドドレスというのか。それにエプロンという姿なのに、和風が混ざったデザインで振袖のような幅広の袖がついている。袖や裾の端等、要所要所に光るバイナリデータのような数字が流れて、デジタルなエフェクトが掛かっているあたりがエステルらしいこだわりかも知れない。


「どうでしょうか? 女性陣の皆さんには結構好評でした」

「ん。……似合う、と思う。華やかな感じがして良いと思うぞ」


 少し慣れないことを言っている自覚はあるが、エステルも楽しそうにしているしな。そういうとエステルははにかんだように笑みを深くする。


「ふふ。そう言ってもらえると嬉しいです。お菓子の方も……色々と手を尽くして食材を調達したりレシピを広めた甲斐がありますね。マスターに持ってきたものは、実は私が揚げたものだったりします」


 嬉しそうににこにこと微笑みながらエステルが言う。


「そうなのか」

「はい。ですから沢山食べて下さいね」


 そう言ってトレイを傍らに置いて隣に腰を落ち着けるエステルだ。一口にドーナツと言っても雪が舞ったような粉砂糖を振ったものからアイシングしたものまで色々だ。食感もサクサクしたものから、もちもちとした食感のものまで色々バリエーションを出してきている。


「いや、美味いな。エステルは食べてるのか?」

「これからです」

「それじゃ、お茶ぐらいは俺が淹れよう」


 と言ってエステルのカップに茶を注ぐ。お茶請けにドーナツを齧って「これは……合いますね」と笑顔を向けてくるエステルである。


 茶とドーナツの相性はかなりいい。エルフ達の食文化に合うように現時点でも色々広めたレシピにアレンジも行われているようだしな。今後も集落のエルフ達の食文化において菓子作りが盛んになっていきそうで結構なことだ。


「まだまだ色々作れるようにしていきたいですね。次はカカオあたりが目標ですが……」


 エステルはエステルで野望があるようだな。ともあれ、孤児院の子供達からもエルフの集落の印象は良いものになりそうだ。

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