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第112話 空と地の踊り子達

そうして酒杯を飲み干し、宴が始まった。陽が落ちると青白く光るヴァルカランの幽霊――幽霊の踊り子が優雅な衣装を纏って中空を舞い始めた。花々に飾られた町と空飛ぶ幽霊の踊り子。奏でられるヴァルカランの音楽。


 何というか……元々美しい町並みだったのが、そこに空飛ぶ踊り子が加わったことで、とても幻想的なものになっている。宴会場になっている広場の上を滑るように移動してくる幽霊の踊り子は物理的なすり抜けができて激突の心配もないからか、どこでも踊りの舞台にしてしまえる。キラキラとした光を振りまいているのはアンデッドとしてのスキルかも知れないが、予想もしていなかった美しい催しものだった。


 料理はエステルがもたらした新しいレシピと、エルフ達の伝統的な料理と……それにゴファールのものもある。みんなで集まってのものだからエデルガルト達も料理作りに参加してレシピを出したのだ。


 エデルガルトはまずこっちに来た時に使える食材が豊富なことに驚いていた。植物系と魔物系の食材が豊富なのはともかく、ヨーグルドやチーズ類も種類が多数あったためにエルフの皆さんが酪農をしているとは知りませんでしたと驚き、それらが実は成分と構造だけ合わせた合成牛乳を発酵させたものであると知って尚更驚いた形だ。


 発酵法や酵母についてはヴァルカランの知識を流用させてもらっているが、チーズやヨーグルトが何種類か作れたので、ヴァルカランの食文化も中々興味深いところだ。


 というわけでチーズを豊富に使えるということもあって、エデルガルトは魔物鳥と穀物の練り物を使ったチーズペンネのような料理を作っていた。


 成分的には全く変わりはないとはいえ、化学的な合成というのは自然に生きているエルフや精霊達的にどうなのだろうとも思ったが、寧ろ科学の負の側面のようなものが知識として周知されていないから、割と好意的だったというか。原理が不明ということもあり、知らない魔法で合成しているのと変わらない扱いだった。


「飢餓を無くしてしまう、夢のような技術だな」


 というのが戦士長ハインの意見である。

 実際、相応の原料こそ使うものの、小規模な合成なら環境に影響も出ない。精霊達も特に問題はないというか、寧ろすごいというような反応をしていたが。


 そんな経緯で作られたチーズから作られた料理は、焼き目のついたチーズから食欲をそそる匂いを漂わせている。香ばしく焼き上げている表面のチーズ層の内側はとろけるようなクリーミーさがあって、実際美味であった。


「……美味い。ハンバーグも好きだったけど、これも好き」


 テレジアは孤児院の子供らとそれを口に運んで満足そうに頷いていた。回りでも笑顔になっている。


 この辺は見たまま記憶してシェフのレシピを持って来られるエデルガルトの面目躍如というところか。子供達の反応に笑顔を見せるエデルガルトである。


「料理長が以前作ってくれたものなのです。旅先でも用意できないかと調理法を見せてもらったのですが、喜んでもらえてよかった」


 ということなので、ゴファールの宮廷で饗される料理だったりするのだろう。エルフ達にも評判はよく、チーズの使い方を教えて欲しいとエデルガルトに尋ねるエルフの女性陣である。


「私の知っているもので良ければ」

「代わりに私達もエルフの料理を教えるわ」

「ああ……それは嬉しいですね」

「興味深いな。私も良いだろうか」


 エデルガルトとグラシエーラは楽しそうにエルフ達と料理談義だ。この料理はどう作ったとか、具体的なコツであるとか交流を深めている。


 一方で食事の必要ないヴァルカランの面々も、エルフ達とは芸妓方面で交流を深めているようだった。

 エルフと共に幽霊の歌姫が壇上で声を響かせている。エルフに伝わっている歌の中にはヴァルカランの面々も知っているものがあったからだ。


 聞けば合同で何か催しをできないか打ち合わせたところ、長寿のエルフ達だからこそヴァルカランでも歌われてきた歌を引き継いでいるということが分かり、今回即興で合わせてみることになった、ということだ。

 それに合わせて地上ではエルフ達が。空中で幽霊の踊り子が歌い、エルフの楽器とヴァルカランの楽器を合わせてそれぞれの楽師が合奏すると……そんな文化交流が生まれていた。


「過去には私達との交流があった証明でもありますね」


 幽霊神官のメアリは嬉しそうにその光景を見ながら解説してくれる。月明かりの下のエルフと幽霊の舞は幽玄で美しいものだったが、神秘的なものかと思うと曲調もがらりと変わる。牧歌的ながらも楽しげな演奏はエルフ達のもので、今度はヴァルカランの軍楽隊が演奏を引き継ぐと勇壮なものになる。

 演奏と歌を片方が担当し、お互い独自の歌と踊りを披露して、曲目のバリエーションを増やしているらしい。


 というか、歌の内容も結構今回の宴の目的に寄せている。例えばエルフ達の歌は新しい森の芽吹きを祝うというもので門出や誕生になぞらえた歌だったし、ヴァルカランの軍楽隊は勇壮なる戦士を称え、その武運長久を祈るというもので、皆のことや今の状況も踏まえつつ、俺とエステルのことも祝福してくれていると……こうやって催しものをしてくれるのは有難いことだ。


 料理も……どれも美味いな。それぞれの料理にも特色がある。エルフ料理は香草や山菜の使い方が秀でていて、魚や肉の臭みを消して風味を良いものにしたり、野菜の甘味、風味を引き出して味わい深いものにしたりというのが格段に上手い。


 ヴァルカラン料理もスケルトンの料理長達が久しぶりに腕を振るったようで。こちらは魔物肉等を岩塩などで調理する豪快さが売りという印象だ。肉の扱いが上手く、完璧な温度調整で焼かれたスペアリブなど絶品である。各種発酵食品もそうだが、当時から洗練された料理文化のある、戦士の国だったというわけだ。


 ゴファール料理はエデルガルトの知識で持ち込まれたものだからか、調理の工程に手が込んでいたり洗練された優雅さが出ている感じがする。宮廷料理がベースなのだとは思うが、民間の料理をエデルガルトなりにアレンジしているものもあるようで。この辺はエデルガルトの人柄が窺われるものだと言えるだろう。


 エステルは今回主賓側なので料理には参加していないが、エルフ達がエステルのレシピで菓子類も色々作って来てくれている。テレジアは料理に目移りしているようではあるが概ね満足してくれているようだった。


 ただ、今回俺達が用意したものも、一応はある。

 ソフィアは酒が飲めないので合成した人工血液を酒杯に注いで口に運んでいたが、この人工血液は俺達が今回用意したものだ。


「あら……。少し……前と風味が違うわね」

「前回の医療用のものから少し変えて、普通の血液で有り得る程度の成分と、平常時に流れている程度の魔力を加えてみたんだ」

「それでこの味……。何というか……気兼ねすることなくまともな食事ができるのは有難いわね」


 ソフィアはそう言って笑顔で酒杯を傾けていた。前回の人工血液は無味無臭な水のようなものだったらしいが――改良版は味も気に入ってもらえたようだ。

 見た目は葡萄ジュースのような色合いで、本物の血液という感じはしないから吸血鬼の食事といったような威圧感もないしな。とりあえず、人の血に頼ることもなく、餓えによる衝動もなく、となれば、日光に弱いこと以外、吸血鬼の抱える問題のほとんどは解決してしまうのではないだろうか。


 とはいえヴァルカランの吸血鬼しか見たことがないから、普通のアンデッドを含めた全体から見るとまた話も変わってくるのかも知れないが。


「楽しいものね。こんな時間がまた来てくれるなんて」

『まさか宴会に参加して歌と踊りだなんて。皆もずっと諦めてしまっていましたからね』


 ソフィアが宴会の様子を見ながら言うと、隣に座るアンナがこくこくと頷く。

 ハーヴェイを始めとしたヴァルカランの宰相や重鎮、将軍達といった顔触れもエルフの歌声に耳を傾けたり、空を飛ぶ幽霊の舞姫に喝采を送ったりと宴会を満喫している様子であった。


 酒の席ということもあり、歌も途中から自由参加の宴会場のノリになっていき……その中で俺達も何か一曲披露しないかという話になる。


「こっちの曲のレパートリーがないな。故郷の曲で良ければ」

「勿論……! それは聞きたいわ」


 シルティナが笑顔で答えるとソフィアやルヴィエラやうんうんと頷く。まあ、こういうのは参加するのが大事だ。


「では、演奏と演出は私が行います」


 こういうのはエステルが歌った方が本領発揮できるんだろうけどな。電脳空間ライブだとか演算能力を活かしてノリで映像を作ったりもしていたし。

 が、そちらは真打ということで俺の方から前座を務めさせてもらおう。選曲は適当だが、昔流行ったダンス系の盛り上がりそうな曲を選んだ。異文化交流ということで、こちらの世界にないものを出した方が喜ばれるような気がしたからだ。


「では、参りましょう」


 エステルがハッキング魔法で空中に光のラインを走らせると、俺の背後にグラフィックエコライザーの円形ウェーブ波形が立体映像として大きく表示された。


 メロディの高低の音量に合わせて対応するウェーブが波打つ、あれだな。視覚的効果としては結構なものだろう。宴会場のみんなも何が始まるのかとじっと見守る。


 そうしてエステルがイントロを流し始めると共に波形が動きだす。響く低音に対応する波形が伸びて、主旋律が合わさればそれぞれの波形が伸びる。

 一瞬、その演出と耳慣れないメロディに宴会場の皆も面食らったようだが僅かな間の後に、拍手と歓声でそれに応えていた。


 歌詞の内容は夜通し踊って楽しく騒ごう、的な賑やかなものだ。楽しく騒ぐ仲間との絆といったような内容も含まれていて。宴会のコンセプトにも割と沿ってくれるものだろう。


 ……こういう曲は向こうではクラブやナイトパーティーで流れているようなものなので、歓迎や祝福の宴会で流れるというのはあまり想定していない場所なのかも知れないが、ノリが良くて楽しげな雰囲気もあり、リズムに合わせて身体を動かす踊り子やエルフ、スケルトンもいたりして、結構盛り上がってくれたようだ。

 俺の歌も、別に特段上手いというわけではないから、賑やかさに貢献できたのなら何よりではあるが。


 一曲歌い終わると拍手喝采が巻き起こり、俺も一礼してから笑って言う。


「いやまあ、盛り上がってくれたようで良かった。だが、こういうのは俺よりエステルの方が上手いから、次は頼む。思う存分やって良いぞ」

「任されました」


 壇上で歌を披露する役をエステルに譲ると、更にみんなも歓声で応える。


 エステルは壇上の真ん中に立つと、静かにポーズを取る。何が起こるのかと見守る中で、その身体が光に包まれて衣装が変わった。

 アイドル系の衣装だ。立体映像も切り替わり、背後に楽器の映像だけが浮かぶ。ギターにベース、キーボードにドラムセット。


 ホログラムのワイヤーフレームで構成されたバンドメンバーが空中で楽器に触れて――そうして演奏が始まる。

 透明感のある、弾けるような音をキーボードが奏で、ドラムがリズムを刻んでいく。青白い光で舞台が彩られる中、エステルがマイクを手に歌声を響かせた。


 一時期凝っていただけあって結構本気だな。部隊の慰問にもなると、パイロットを元気づける為の電脳ライブを披露してくれたこともあるのだ。

 メロディラインに合わせた歌声も澄んだもので歌声と動作に合わせて光が舞い散る演出が加わる。それを聴き、演出を目にした宴会場の皆は固唾を飲んでそれを見守っている様子だった。


次回更新は普段より1日空けて7日20時頃になる予定です。

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