第111話 記憶の声と花の宴
「いきなりで済まないな。実は、実験に協力してもらいたいことがあるんだ」
俺が言うとアンナは迷うことなくこくんと頷き、力瘤を作るような仕草を見せてくれた。自分で役に立てるならと、快諾してくれた感じだ。
「これです。思考入力型の魔道具なのですが……」
エステルが渡したのはブローチ型の魔道具だ。
受け取ってこちらを見て「これは何なのでしょうか?」というように首を傾げるアンナに、説明をする。
「思考入力で音声を出せないかと。アンデッドの思考入力を受け取って出力できるのなら、ロスヴィータさんを始め、他の方々にも応用が聞きますし」
「とりあえず簡単に作れて失敗した時のリスクもないから、スピーカーと合成音声技術から作ってみたんだが」
そう答えるとアンナは驚いたような仕草を見せる。いそいそと首元に装着し、どうすればいいのかとこちらを見てきた。
ソフィアやロスヴィータも実験の様子を興味深そうにじっと眺めている。
「そのまま伝えたい言葉を意識して考えてみてください」
『……こう、でしょうか?』
少し間を置いて、少女の声が響くと、一瞬アンナの動きが固まる。
『お……おお……これは。この声は』
アンナは手を僅かに震わせるようにして首元のブローチに手をやった。驚いているのはソフィアも同じで、目を見開いているようだ。
「アンナの……生前の声だわ」
思考入力を音声変換する魔道具。既存の技術を魔道具に変換するのはノウハウが積み重なって来たので合成でこういったこともできるが……ソフィアとしては生前の声が再現されるとは思っていなかったらしい。
『こ、このようなものを――! これは……わ、私の声……? 私の声です! ああ……こんな風に感情を乗せることもできるなんて……!』
アンナは手を組み、くるくると回りながら感激の言葉を口にしていた。話せない代わりにボディランゲージで感情を伝えるのが常だったから、アンナの身振り手振りは結構大きなものではあるが、喜んでいるのは声からも動作からも伝わってくるのだった。
声の再現ができているのは……思考入力であるために自分の声を思い出し、骨格や体格からの補正をかけているからだが……ロスヴィータの宿っていた鉄巨人の核――アンデッドの意思を動きに変換していたあれを解析した技術も一部応用しているのも影響している。思考入力と言ってもアンデッドは脳波で動かしているとは限らないから、あれの解析も必要だった。
いずれにせよ記憶に近い声で聞こえているのなら、うまくいっているということでもある。
アンナの声は明るい少女の声と言った雰囲気だ。テンションが高いのは今興奮しているからかも知れないが。
「喜んでもらえたようで何よりです」
『それはもう……! これは私達話すことのできないアンデッドにとっては救いとなるものですよ!』
「ふふ。良かったわね、アンナ。久しぶりにあなたの声を聞けたわ」
『はい……! 私も久方ぶりに姫様とお話ができて嬉しく思います……!』
アンナはそんな風に言ってソフィアの手を取っている。
「アンナとは侍女の中でも歳が近かったから仲が良くてね。だから……ありがとう、二人とも」
ソフィアは礼を言ってくる。
「いや、実験が上手くいったなら良かった。そのブローチはアンナに渡しておくから、暫く使ってみて問題が無かったらその魔道具も増やせるようにしていこう。術の内容はハーヴェイに伝えておく」
『ありがとうございます……!』
「私からも礼を言うわ。祝いに集まっているのに、皆更に盛り上がってしまいそうね」
深々とお辞儀をするアンナと、微笑むソフィア。
積もる話もあるようで、ソフィアとアンナはそれから長い時間をかけて語らいの時間を作っていたのであった。
それから日を置くような事もなく、共同開拓地にみんなやってきて宴が行われることとなった。ヴァルカランの面々は食事不要ではあるが……歓迎の意味を込めて宴に参加する形になる。代わりに生前が楽師や踊り子であったとか、軍楽隊に所属していたとか、そういった芸妓に優れた面々が輸送隊に合わせてやってきている。
連絡を受けてお祝いをしよう、戦いが近いのなら援軍も兼ねられるからと、俺とエステルに礼を伝えに行く流れで大分盛り上がったらしい。ガイエルやシルヴェストルの訪問や挨拶もその流れで行われたものだ。
スパイボットを開発したこともそうだが、遠隔で連携を取り合えるというのは大事だから輸送隊にも通信機能を持たせた機械を自動工作機械で作って渡している。通信機器は軍のものに準じる性能で、俺の保有する通信機やバラまいたスパイボットとも互換性がある。
ヴァルカランの主要な都市部、砦に渡っていて、共同開拓地の地下区画管制室で一括制御をしてログを管理している、というわけだ。
魔族の侵攻や竜の襲撃などがあればすぐに各地から救援を送れるし、ゴファールが行動を起こした場合でも各地から必要な場所への増援を望めるだろう。
元々不滅のヴァルカランではあるが、即応性まで加わるわけだから心強い。
ともあれ、そういった事情もあって祝いの席を盛り上げたいという面子が呪い対策の魔道具を装備して輸送隊と共にやってきているというわけだ。
エルフのみんなも楽器や酒、食材を持って共同開拓地に集まり、宴席の準備を進めていた。俺とエステル、それにエデルガルトと孤児院の子供ら、テレジアは歓迎を受ける側ということで、準備が整うまではそれぞれ待機だ。
「ヴァルカランの方々に、応援していると声を掛けられました。子供達はともかく、私への対応はもっと風当たりの強いものになると思っていましたから、これは思ってもいませんでしたよ」
エデルガルトはそう言って苦笑する。
『そこは何と言いますか……。ゴファール王国を変えてくれる方だと皆も思っているのでしょう』
エデルガルトに声をかけたのは話ができるようになったスケルトンメイドのアンナだ。実験の検証もあるのでルヴィアニウムに戻らず、共同開拓地でソフィアと共に行動し、連絡係の仕事をしているアンナである。
エルフ達やヴァルカランの面々に良い声だなと褒められると『ありがとうございます!』と明るい声でお辞儀をしながらお礼を言って、皆を笑顔にしているアンナである。
後は見た目を生前に近付ける技術か。義体にしても、本格的なサイバネティック技術を使わずとも鉄巨人の核から得られた技術を使えばどの種類に変じたアンデッドにも対応できるものが作れるかも知れない。
ゴファール対策の準備の傍らで進めていこうと思う。
肝心のゴファールであるが……アイザックの方は移動中、か。こちらも注視しておく必要があるが、とりあえず現状は問題なさそうだ。
そうして俺達が待っていると、宴の準備もできたと連絡が来た。
緊急の連絡が来た場合やアイザックの方の状況が急変してもエステルが中継してくれるので対応可能ということで、一先ずは宴に参加させてもらうとしよう。
「これは――」
「驚きました……。これは素敵ですね……」
エステルやエデルガルトが声を上げる。会場設営は出来上がってからのお楽しみということで管制室からも映像や音声データは緊急用のもの以外は切っていたが――。
開拓地の町並みはすっかり色取り取りの花々で埋め尽くされていた。花の香りと陽の光に溶けるような淡い色彩とで幻想的な風景である。
花の町といった感じに装いを変えた町だが……どうしてそんなことになっているのかと言えば、広場にて誇らしげにしているメイアとフラリアが頑張ったのだと思われる。シルティナ達、エルフの女性陣も一緒ににこにこしているから、精霊術と精霊の力でエルフ達が街並みを花々で飾ってみせたのだろう。
「すごいな、これは」
「ソーマ達が前にいたところは、お花もほとんどなかったって聞いたから、喜んでくれるかなって」
フラリアがにっこりと笑って言う。
「ああ。綺麗な風景で驚いた。これが祝いや歓迎だって言うなら嬉しいよ」
そう答えると、メイアやシルティナとハイタッチをしているフラリアである。
まだ夕日も沈んでいないが、ヴァルカランの面々は共同開拓地の内部では陽光の影響も抑えられる。そのまま俺達は花で飾られた開拓地の広場に案内された。
集落側のエルフの皆、ルヴィアニウムも含めた近隣のヴァルカランの住民。エデルガルトと孤児院の皆。新しくやってきたテレジアも含めて、広場のパーティー会場に揃っている。料理の良い匂いも漂ってきており、広場に出されたテーブルの上には食事と飲み物が沢山用意されているようだ。
面子が揃ったところで、檀上へとソフィアが上がり声を上げた。
「さて。まだ陽がある内だけれど、宴の準備も整ったわ。この土地――ヴァルカランを代表する者として挨拶をさせてもらうわね」
ソフィアは堅苦しい席ではない、というのを示すかのように微笑むと言葉を続ける。
「ヴァルカランは長年……本当に心が擦り切れて無くなってしまうほどの年月……変わることなく停滞をしてきた。けれど、ソーマとエステルがこちらの世界に来てからというもの、一気に動き出したわ。この花で飾られた町は……象徴的に思えるわね。夜と灰色の瓦礫の世界で、静かに眠って来た私達は今こうして憎悪から解き放たれ、光の中で花と音楽を愛でられるまでになった。笑って語り合える誰かをこの地に迎え、宴の席を設けられるまでになった。私達がアンデッドへと変じて以来……二度と聞くことはないと思っていた友人の声を聞いて、話すことだってできるようになったのよ」
だから、とソフィアは一旦言葉を切る。それからにっこりと少女らしい笑みを見せて言葉を続けた。
「だから……。ソーマ、エステル。あなた達がこちらに残ると決めたことをとても嬉しく思う。二人の新しい関係と新しい門出に祝いと感謝を。そして二人に導かれて、この地にやってくることを選択した隣人に歓迎と洋々たる前途が待つことを祈りましょう。今日の宴は二人の祝いの席であり、集まった隣人達を歓迎し、私達の絆を強固なものにするためのもの。どうか、最後まで楽しんでいって。ソーマ、エステル。乾杯はあなた達から」
ソフィアは俺達に壇上を譲るというように俺達を招く。エルフの長老、ライヒルから酒杯を受け取り壇上に上がると居並ぶ面々から拍手が巻き起こった。
「ありがとう。こっちに残ると決めたことも、エステルとのことも……俺達にとっての個人的な話だと思っていたから、こんなにも喜ばれるとは思っていなかった。だから、少し驚いている。けれど祝いの席まで用意してもらえたのは嬉しいよ。帰ってくる場所にしていいと、そう言ってもらえたように思えるんだ。孤児院を出てから軍に所属してそれからずっと転戦してきた。帰ることのできる家と呼べるものは無かった状態だったから、それが出来たようで……俺の方こそ感謝している」
そう言うと、また周囲から拍手が起こった。頷いてエステルを見ると、微笑んで頷く。俺の言葉を引き継ぐように口を開く。
「ソーマとのことでお話が広まって……それでお祝いというのは、少し気恥ずかしくはありますが……私も嬉しく思っています。私はこちらの世界に来るまで、顕現することができず、ソーマ以外の周囲とは、間接的にしか関われずにいました。けれど、こうして皆とお話が出来て、笑い合えることができるようになり……それをソーマだけでなく、みんなにも迎え入れてもらえて……何だかとても……温かい気持ちになっています」
エステルは胸のあたりに手をやってそう言うと一礼し、俺を見た。
「色々と解決しなければいけない問題はまだあるが……ヴァルネス氏族の集落やヴァルカランは俺にとっても帰るべき場所だと思っている。今日ここに集まってくれた皆と一緒に過ごしていけるように、できる事をしようと思っている。今日の宴で、皆との信頼関係が強くなってくれること祈って」
そう言ってエステルと共に酒杯を掲げると、居並ぶ面々もそれに倣った。
「乾杯!」
そう言うと皆もそれに続いて。最初の一杯を煽った。
口当たりの良い……エルフの花の蜜酒だ。ふわりとした花の香りと上品な甘さを感じる。アルコール度数は高くないが、飲みやすい酒だから気を抜くと深酒する者も出てきてしまいそうな味だな。




