第110話 東部からの訪問者
資源輸送の関係上、ヴァルカランの国土内にも俺とエステルの話は伝わっているようで、結婚したというわけでもないのに遠方から祝いの品だとして魔物肉の食料だとか、産出された宝石を加工したものまで届けられていた。
「お噂は聞き及んでおります、ソーマ殿、エステル殿。私は東への山間の関所――ラゴリア砦の副将、ガイエルと申します」
輸送任務の護衛でやってきたという死霊騎士は、ぼろ布の向こうで目を光らせながら恭しく挨拶をしてきた。
山間の関所というと、ヴァルカランの西部と東部を繋ぐ関所のことだな。竜王の山脈の山間にある砦で、ヴァルカランにとってはかつて要衝であったはずの場所だ。
言うまでもなく国防上重要な場所で、そこの副長が精鋭でないはずはない。事実、所作に隙はなく、かなり訓練された人物であることが窺える。それに加え、生前かなり体格のいい人物だったようで、結構な大柄であるが……挨拶に当たっては結構腰が低いようで大きな身体を小さくして、丁寧に挨拶をしてくれた。
「こちらこそ、こんなに丁寧に挨拶をしてもらって恐縮だ」
そう言って握手を求めて手を出すと、ガイエルは一瞬固まる。
「おお……。まさか、死霊となった私に握手を交わして下さる方がいようとは……」
「生命力を吸い取る、だったっけ。その能力は任意で行使可能なものだって聞いている」
「そうではありますが……そうは分かっていても、というのはありますからな。まさか、そのような方がいようとは思ってもおりませんでしたぞ。将軍の代理として会いに来た甲斐があるというものです」
「なら良かった」
「砦の皆さんにもよろしくお伝えください」
ガイエルは大きな身体を小さくし、感激した様子で俺の手を取っていた。エステルとも続けて握手をし、こちらも「精霊姫殿にそう言って頂けるとは」と応じる。
「精霊姫……ですか?」
「はい。向かうところ敵なしの、異界より現れた真の勇者と勝利の精霊姫。東側や関所ではそんな風に専らの噂ですな」
「そんな事になっているわけですか……」
ガイエルの話に苦笑しながらも握手を交わすエステル。ガイエルはエステルとも恐縮しきりといった様子で丁寧に握手を交わしていた。
真の勇者……いや、その呼び方は勘弁してほしいところだが……。
「まあ、士気高揚は分かりますが、程々に留めてもらえると助かります。元いたところではマスターは軍の都合でそういう扱いもされましたが、少々気疲れしていたようですので」
エステルも苦笑しつつそんなことを言った。
「そうでしたか。これは失礼をば。皆にもそう伝え、言い含めておきましょう」
「助かるよ。気を遣わせてしまって済まないな」
「いえいえ」
「エステルもな」
「ふふ。いえいえ」
ガイエルと揃ってそんな反応をするエステルである。
エステルが今回は俺の言いたい事を伝えてくれたということで。
ガイエルの他にも、竜王の山脈の向こう側――東部に広がっているヴァルカランの国土側からも輸送隊に同行する形でやってきた者がいる。
「王都ヴァルゴニアの守護を担っております。シルヴェストルと申します」
こちらは青い炎で構成された大怨霊――の分霊ということらしい。本体は東にあるヴァルゴニアという土地に潜んでその守護を担っているらしい。
インフェルノブレイズと呼ばれるゴースト系のアンデッドの最上位種ということだが……こっちにやってきたのは分霊だ。本体は都をすっぽり覆うことができるほどの力を秘めた炎の大怨霊ということだが……その分霊の見た目は何というか……その話からは想像がつかない。
青い……熱を感じない炎で構成された身体だが、見た目そのものはシーツを頭から被せたようなコミカルなフォルムの幽霊というか、随分とちんまりとした姿だ。
もっとも、分霊を派遣できるあたり本体は相当な力を持っているのだろう。この分霊も流す力を制限しているからこんな姿なだけで、その気になれば凄まじい力を引き出せるのだろうし。
ともあれ、拠点を守るのに向く能力を持っているが故に、かつての王都の守護を任されているという話だ。
アンデッドとして転じた時にかつて駐留していた魔族を纏めて焼き焦がして焼失させたというのだから、その力のほども知れようというものだ。
「守護というと聞こえは良いのですが……その時、勢いのままに色々やり過ぎてしまいまして。元々戦火でボロボロになっていたところを完全な廃墟にしてしまいましてな……。ソフィア陛下がルヴィアニウムに留まっているのは、王女であった頃の直轄地でありルヴィエラ殿との契約も継続しているというのもありますが……王都がそういった有様だったからというのも理由としてありましょう」
「ルヴィエラのこともあるけれど、呪いの始点になったのがこちら側だったからというのもあるわね。研究は必要だったから」
ソフィアがシルヴェストルの言葉に補足するように言う。
「ですが、解呪の報に皆やる気を取り戻しました。王都も復興が進んでおりますですよ。そのことにどうしても感謝をお伝えしたく、こうして訪問してきた次第です」
と、短い手をぶんぶんと振って、嬉しそうに語るシルヴェストルである。
憎悪のままに王都を焼き払ったのも今は昔。シルヴェストルが王都に留まり、そこの守護はしていても、ヴァルカランの住民達は廃墟となった王都で、陽光を避けつつ暮らしていたということだ。
住民は皆、いつ終わるともわからない呪いにやる気を失って、ほとんどを眠りのままに過ごしていたということではあるが……部分的な解呪が成されたことで、活気づいて身の回りを花で飾ったり、瓦礫を片付けて昔の状態に戻したりと、王都が日に日に美しくなっているのだとシルヴェストルは嬉しそうに語ってくれた。
「それは……何よりだ。その内王都も見に行きたいな」
「是非とも。復興が進んでかつての美しさを取り戻したら遊びに来てください」
シルヴェストルとも握手を交わす。炎の見た目ではあるが、熱は任意ということで、やはり熱は感じないし火傷するようなこともなかった。そのまま握手するとシルヴェストルは全身を使って喜びや感謝を示すようにぶんぶんと上下に小さな身体を振っていた。
王都からは物資の他に役に立ちそうなものを運んできたということであるが、宝物庫の中身で重要なものは元々、過去王都を捨てて撤退する前に既にルヴィアニウムに退避させられていたということで、今回はそれ以外の……素材になりそうなものや焼け残って無事だったものを中心に持って来たという話である。
「今回運ばれてきた物資は今までより多いし……修復もだが地下区画の建造も進みそうだな」
「実験結果の報告ももらったけれど……構想通りにいけば結構なことになるでしょうね」
「そうだな……。その通りいけば、ゴファールに対する圧力にもなるか。特に、実験が上手くいったというのは大きい」
戦いになって……例えばヴァルカランの将兵が敗れた場合。魔道具は撃破されたところに残ってしまうし、ヴァルカランの国土以外では回帰できない。
エステルの組んだ術式のセキュリティ回りは結構しっかりしているが、それでも絶対とは言い切れない。魔道具自体を解析されて対策を打たれてしまうことも有り得るだろう。だが、地下区画として建造されているものはその辺の問題を別の角度から解決してくれるはずだ。
色々用意しているがそういう手札の出番が来ないのなら、それはそれでいい。先んじて手札が用意できていることと、いざという時に選択肢を持てることが重要だからだ。
ともあれ、そうやって物資も運ばれてきた上にヴァルカランの重鎮達も戦いが近付いているということもあり、後詰として祝いを兼ねて来訪しているというわけである。
魔物肉等も使って一気に俺とエステルのお祝いと、エデルガルト達を歓迎するための席の準備が進められていった。
戦いの前に結束を高めるという意味も含めているようだ。孤児院の子供達やテレジアも楽しめるものになれば良いな。
「開発中の技術と言えば……ソフィア。アンナに渡したいものがあるんだが」
「アンナに?」
アンナは……俺がルヴィアニウムに滞在している時に世話になった、スケルトンのメイドだ。
「ああ。義体技術……失われた部位を機械で補って不便を補う技術をこっちにも普及させたいって構想しているところなんだ」
ロスヴィータに全身義体を作り、それを広げていくにしても個々のパーツのクオリティを上げたいからな。
「とりあえず試作品を作ってみたから意見を聞きたい。俺達の技術を魔道具に落とし込むのも結構融通が利くようになってきたから、試してもらいたいものがあるんだ」
「なるほど……。確かに、そういう技術は欲しいわね」
ソフィアは少し思案しながら頷くと、アンナに来てもらうように伝えていた。
ルヴィアニウムから共同開拓地まではそこまで離れているわけではない。程無くして城から幽霊馬の馬車に乗ってアンナがやって来た。
スケルトンメイドのアンナは俺達を見ると恭しく一礼する。
「前に城に泊まった時は世話になった」
「お久しぶりです」
そう言葉を伝えるとアンナはこくこくと大きく頷き、再会を喜ぶように手の骨と手の骨を組んで顔の横に持っていったりしていた。
身振り手振りが大仰になるのは、一般的なスケルトンだと話すことができないからだ。結果としてボディランゲージが意思疎通において重要になるので、ヴァルカランのスケルトンはアンナに限らず大きな動きをすることが多い。
スケルトンの面々に愛嬌があるようにも見えるのは、仕草で一生懸命意図を伝えようとしてくれているからで、それはそれで好感が持てるのだが……やはり不便ではあるだろう。だから、工作機械ではなく個人レベルで使えるナノマシンを用いて素材から合成してみたのだ。
さて。アンナに対して、しっかり効果を発揮してくれると良いのだが。




