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第109話 新たな関係と皆の祝福と

 一夜が明けて。

 これまでの関係が少し前に進んで変わったものの、朝はいつも通り――いや。俺が起き出す前にエステルが朝食を作ってくれていて、しかも昼のために弁当まで用意してくれたりと……いつもとは少し違うな。

 朝食はパンにチーズとハムを挟んで焼いたものとキノコのスープ、厚焼き卵にサラダ。シンプルなようでいて一品一品手が込んでいたりする。チーズサンドは程よく焼き目が付いていて香ばしい、良い出来栄えだ。


「美味いな……。しかも弁当まで。というか、弁当は初めてかも知れない」


 俺が食事をとるところをにこにこしながら眺めているエステルであるが。


「ふふ。物語の中で出てきたりしますので、ちょっとだけ憧れてたんですよ」


 とテーブルの端に置かれた弁当箱に視線を送るエステルである。朝食とは別のものを詰めてくれているようだし、これは楽しみにしておこう。

 エステルはこっちに来てから料理作り、菓子作りにはこだわっているからな……。今までの食生活が酷かった。こっちでは折角自然環境が良いのだから美味いものを俺に食わせたいとレシピを動員したり収穫できる作物を増やそうとしたり張り切っているのが見て取れる。


 施設にいた頃も軍にいた頃も、弁当というのはこれまでの生活ではなかったな。どちらも食生活の質という意味では良いものではなかった。特に軍では基地や艦船の中では合成肉やペーストサラダ。作戦行動中はエナジーバーだの完全栄養食のゼリー飲料だのが支給されていたが身体さえ維持できる栄養があれば良いと言わんばかりで、味は本当に二の次だったから、本当に食事面では充実している。


 俺が食べる姿にエステルが嬉しそうにしている様子は、昨日の今日なので何やら面映ゆいものがあるが……。


 そうやって食事を終えた後、俺達は開拓地の地下管制室へと向かった。


 ……というわけで正式にというか、将来のことを見据えた上での付き合いとなったわけだが……その話を周囲にも伝えることにした。


「それは、うん。おめでとう!」

「ええ。おめでとう、二人とも」


 地下区画の管制室で話をすると、シルティナやソフィアはそんな反応をして祝福をしてくれた。シルティナは明るい笑顔を見せ、ソフィアは普段と変わらないものの、隣で顔を赤くしているエステルを見て少し微笑む。


「というか寧ろ、今までは違ったというのが少し意外ではあるわね。精霊と精霊騎士の関係って、男女の組み合わせだと恋愛も込みというのは珍しくないもの」

「二人は仲がいいし、一緒に暮らしているんだものね。最初はそうなのかと思っていたのだけれど……」


 そう言って頷き合う二人である。そう、なのか。


「まあその……将来を約束したという話なので今すぐ状況が変わるというわけではないのですが……」

「ふふ。でも……これまで顕現できなかったというのならそうなるのかな」

「かも知れないわね」

「ん。前に顕現の話をした時に、色々エステルには伝えているけど……恋人じゃなかったのなら扱いに困る話だったと今は思う。けれど、今回のことでそれも後押しになるなら喜ばしい」


 そんな風にルヴィエラが言う。


 ……ああ。確か以前、ルヴィエラから顕現に関わる精霊の話を色々聞いたとは言っていたな。その内容についてエステルは、俺に伝えるか伝えまいかと少し口ごもっていたことだろう。その内に機会があればルヴィエラに聞こうかなとも思っていたが、他に優先することが色々あって伸び伸びになっていた話ではあるが……。


「何の話かしら?」

「精霊騎士と精霊の子孫もいる、という話」


 ソフィアが尋ねるとルヴィエラは普段と変わらない調子でそんなことを言った。

 子孫……。ああ……そういう話……。確かに、エステルもそんな話を俺にするのは考えてしまうか。エステルはすっかり顔を真っ赤にして小さくなっているが、俺も……少し居た堪れないぞ、これは。


 所在を失った俺達にシルティナ達は妙に微笑ましそうにしているし。


 だが……まあ……ルヴィエラの言う通りではあるのか。

 後押し、ね。エステルとの関係を前に進めることに、そこは無関係というか、深くは考えていなかったところではあるんだが……。うん……。喜ぶべきことではあるんだろう。この場で俺の居心地が悪いことはともかくとして。


「でも、本当にね。こっちに腰を据えるって決めたのはきっと良い事だわ」

「歓迎する」

「二人がずっとこっちに残るって言うのは、アリアやノーラも喜んでくれると思うわ。いつかどこかに行っちゃうんじゃないかって、あの子達はソーマ達がゴファールに行って留守にしている時、少し心配していたから」

「で、でしたのなら良かったです」


 エステルは気を取り直すというか、話題を変えるように応じた。


「……そうね。何時か……私達が眠りについていなくなったとして。ヴァルカランの土地を託せるのがあなた達やその子孫であるというのなら……私は納得できるわ」

「それは……随分と買ってくれたもんだが」

「それだけみんな感謝しているということよ。ヴァルカランは呪いさえなければ、とても美しい土地だわ。住むにはきっといいところだし、魔族も貴方達の技術があれば問題にならないでしょうから」


 俺はこの近辺の草原やルヴィア湖周辺しか見ていないけれど、東の方にもずっとヴァルカランの国土が広がっているらしい。


 美しい土地、というのは確かに。呪いを受けてからというもの、手つかずになって放置されていたらしいから自然がそのままで残っている。

 ヴァルカランの民は内地だと植物を嫌って元は街や村だった周辺の土地から伐採し、そこに籠っていることが多いそうだ。国境付近はまた状況も変わるが、この辺でも街道沿いの集落周辺は土地が荒れていた。あれで、廃墟の中なら陽の光をさけ、家族や友人と静かに過ごせるというのなら最適化された環境ではあったのだろうが。


 が、憎悪対策に要点を絞った魔道具は自動機械による支援もあって、かなり普及が進んでいるらしい。内地の集落も花を持ち込んだりして、街や村のあちこちに彩りが戻ってきている、とは資源を運んでいる亡霊騎士達からの報告である。


 だから、内地の方からも俺達に関しては感謝の言葉を預かって来ただとか何とか。資源が集まりまくるのもその辺、ヴァルカランの住民がとてもやる気を出して働いているからということらしい。特に鉱山は、陽が差すことはないから疲れもせず、酸素や温度、水没の問題も気にせず、落盤も魔物もものともしない住民達が昼夜問わずの採掘をしているというのだから、結構とんでもないことだ。


 ……落盤に巻き込まれたとしても回帰して採掘再開ということになる。採掘していた経験者がやる気を出しているというのなら、そういうことにもなるか。


「時間が出来たら、ヴァルカランの他の場所も見に行きたいな」

「ええ。みんなも歓迎してくれると思うわ。名勝も結構あるから、何処に案内するか考えておくわね」

「二人のお祝いもしたいよね」

「そうね。戦いを控えているけれど、だからこそというか」


 シルティナとソフィアはそんな話をして盛り上がっていた。エデルガルト達やテレジアの歓迎会も兼ねてお祝いをしたいとソフィアやシルティナが盛り上がっていた。何やら結構な大事になりそうな雰囲気だが……。




 娯楽というか明るい話題は多い方が嬉しいのか、俺達の話はあっという間にエルフの集落にも広まっていた。


「いや、実に目出度いことだ」

「聞くこところによるとまだ結婚というわけではないのでしょうが、謹んで言祝ぎます」


 そう祝福の言葉を伝えてくれたのは、長老のライヒルとマデリエネである。

 戦士長のハイン。エルフの戦士達から女性陣。子供達に至るまで、みんなに広まったという印象である。コミュニティが限られていると、広まるのも早いな。ゴシップというよりは純粋に喜んでくれているような印象があるから、悪い気はしないのだが。


「ありがとう」

「ふふ。お祝いはどうしましょうか」

「何分戦いも控えているからな。結婚というわけではないから盛大にとまではいかないが、皆の景気づけになるぐらいにはしたいものだな」


 礼を言うとライヒルとマデリエネはそんな風に微笑み合っていた。


「皆が浮ついた感じになっているようならすまないな。我らは寿命が長いだけに、そういう話も進展しにくいから、こういう時は話題になってしまうのだ。結婚した時にはまた改めて集落を上げて祝わせてもらおう」


 ハインがそんな風に解説してくれる。


「なるほど……。道理で集落内を移動するだけでお祝いを言われるわけだ」


 苦笑するとハインは小さく笑った。


「まあ、あまり気にせず、軽く流してやってくれ。皆もソーマ達には感謝しているから余計に、というところだ。気になるようなら、こちらから皆にそれとなく言っておく」

「いや、嬉しくは思っているよ」

「嫌な感じはしませんし、お祝いの言葉を頂けるのは嬉しいです」

「そうか……。それなら良かった」

「ふふ。申し訳ありませんね。ソーマさん達は、こちらに留まってくれるとも聞きましたから、それも含めて嬉しいのです」


 ああ。それもあるか。エルフの集落にとっては客人という括りだったから、エルフの集落やヴァルカランに留まることを決めたというのは、客人ではなくなるということでもある。それを……みんなが歓迎してくれているというのは有難い話だ。


 そう……そうだな。居場所がある……帰る場所が定まっているというのは嬉しいことだ。軍は終生の居場所かと言われれば多分違っただろうし、施設は見送られて巣立った場所だ。どちらも今はもう帰る術もなく、そのつもりもない。

 ソフィアにヴァルカランを託せると言ってもらったこともそうだが……ここを帰るべき家としていいのだと、元々いた人々から歓迎してもらえるというのは嬉しいものだな。


 エステルも同じような感慨を抱いたのか、俺を見ると嬉しそうに微笑んでいた。

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