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第107話 懐かしい音色の中で

 テレジアは、予定通りエデルガルトとグラシエーラに預けることになった。孤児院の子供達やアリア、ノーラを始めとしたエルフの子供達との関係性も悪くなさそうというか、テレジアの方が子供達を見守っているという印象がある。

 テレジアに関してはエステルが定期的に診断と解析を進めつつ、普通に過ごしていてくれればいい。俺達としては戦いだとかそういうことは忘れて……子供らしい日常を過ごしてもらいたいところだ。


 帰っていったアイザックの状況も追っているが、まだゴファール王が後方の都市に到着していないということもあり、ベルルート男爵に報告をすると、そちらからまずレナードや国王に早馬を出してくれていた。アイザックはそれを追いかけるように馬車で移動していく形になっているようだ。


 俺達も――戦いの後だ。アイザック側の状況を見た感じではもう少しの間は猶予がありそうなので、ゆっくりと休ませてもらうことにした。久しぶりにのんびりできる時間も取れたということで、エルフの集落にある自宅で、エステルと共にゆっくりと過ごさせてもらう。


「久しぶりに、音楽でもどうですか? 流石にゴファールでは目立つから聴けませんし。プレイリストはのんびりできそうな曲を見繕ってランダムでということで」

「良いな。ゆっくりできそうだ。茶は俺が淹れよう」

「ふふ。では、私はお茶請けの方を用意しますね」


 そんな言葉と共に、薬草茶と茶菓子の用意をしていると、エステルが空間に構築した仮想スピーカーから元の世界の音楽が流れだす。

 軍属だった時は……出撃前にテンションを上げるためだとか、戦いで昂った気持ちを落ち着かせるためだとか……音楽や歌は出撃待ちの間の、束の間でも兵士が楽しめる娯楽の一つではあったかな。


 今流れているのは……軍に入る前から馴染みのある古い……懐かしい曲だな。戦場を思い出させるような音楽だと今のようにゆっくり休もうという時間には確かに不向きかも知れない。


「これは……施設にいた頃、ゲームで使われてた奴だな」

「3Dパズルゲームですね。マスターがジャンクの中からサルベージした古いゲームの曲です」


 レトロな電子音で弾むようなリズムが心地のいいBGMだ。このBGMに合わせて出現するブロックを組み合わせて消去していくという……古典的で単純なゲームではあるが、俺達の育った施設では娯楽に餓えているという背景もあって施設内に広めたら隙間の時間に子供達が楽しんでいた。

 俺とエステルも暇な時にプレイしていたっけな。シスターが割とハマっていたりもしたがそこはご愛敬という奴だろう。


 聞いていて心地のいい曲ではあるが、こういうレトロな電子音楽というのは……聞いていると結構ノスタルジックな気持ちになる。昔の思い出と直結している曲だからだろうか、郷愁が刺激されるような感覚がある。


 一曲終わると今度は昔流行った明るい曲調の歌になる。これは映画で使われていた曲だった、かな? この曲も懐かしいが、ランダムで流すと言っていた通り、結構節操のない選曲である。一応、寛ぐのに向いた選曲ではあるようだが。


 エステルと共に茶と菓子を楽しみながら音楽に耳を傾ける。俺達にとっては懐かしい曲が流れる心地の良い空間だ。星が見える窓辺に座って、空を見ながら話をする。


「んー。クロックアップとリミッター解除の影響はなさそうですね」


 エステルは俺のバイタルを改めてチェックして嬉しそうに言った。


「有重力下でのリミッター解除は久しぶりだったからな……。心配をかけたが、テレジアのことが助けられて良かったよ」


 金属生命体群相手の戦場は、そのほとんどが宇宙空間だ。何度か植民惑星の有重力下での交戦もしているが、リミッターを解除しての戦闘は2回ほどしかない。それだけリスキーな戦い方ではあるが、今回は有意義な使い方が出来たと思う。


「はい。ですが……あまり無茶はしないで下さいね。マスターの考え方や行動が誇らしくもありますし、今回の結果は嬉しいことですが……それだって心配にもなるんですから」


 隣に座るエステルは、俺の肩に額を預けるようにして目を閉じていた。


「無茶を聞いてもらって、感謝してる。いつもありがとうな」

「マスターの力になれたのならそれはそれで嬉しいんですけどね」


 エステルは小さく首を横に振ると、顔を上げて微笑んだ。何となく、小さな子供のような無邪気な微笑みにも見える。

 子供か。そう、だな……。


「帰る方法を探すとか残るとか……色々考えていたけれど。きっと今になっては、この場所を守っていくことが、今俺が一番したい事だと思ってる」

「はい。お供します」


 その笑顔を見て、思った事を伝えると、こちらを真っ直ぐに見てエステルは頷く。

 知り合ったエルフの皆。呪いを解いて自分の人生を見据えて自由に振る舞えるようになったヴァルカランの皆。信じてここまでやって来たエデルガルトと孤児院の皆。精霊やアイザックに託されたテレジア。

 それに……俺自身やエステルのこともそうだ。こうやって……エステルや知り合った皆が笑って生きていける場所はここということになるのだろう。

 周囲を見回せばゴファールに魔族だ、竜王の山脈だと、剣呑としたものばかりで、完全な解呪に至っていないことや断絶者の行方等も含めて問題は多々ある。その解決のために困難もあるだろうし戦いを選択しなければいけない場面もあるだろう。


 しかし……守るための技術や知識……何より力としてアルタイルもあるのだから、ここで。この場所、この世界で腰を据えてやっていくと、覚悟を決めるべきなんだろうと思う。覚悟というか、これは俺自身が望んでいることではあるんだが。


 そう決めてしまえば……出来るだけ意識をしないようにしてきたこととも、きちんと向き合わないといけないんだろうな、きっと。


 今まで共にいてくれたエステルが、現実に現れて実体化したことで、それに付随してこれまでとは変化したものがある。


 エステルのことは、子供の頃からずっと一緒にいてくれて、あんな戦いの中でも支え合ってきた大切な存在だと思っている。


 けれど、今まではエステルが確固たる意志を持って世界にいる存在であると、知っているのは俺しかいなかった。俺以外の誰かと会話することはあっても、それは自由意志を持たない人工知能を演じてのものだ。

 存在を知られればそれこそ人間社会からは追われて消される存在だから、感情や好き嫌いを伝えたり、自分から思いついたことを提案したり……。そんな行動は俺相手にしかできず、結果として本当の意味で会話ができたのは俺だけだったんだ。


 身体を持って外に出られるようになったからこそ、皆とも交流して欲しいと思う。外と関われるようになったからには他の誰との交流もないままでいるわけにはいかない。俺だけのために束縛しているのは我儘というものだ。


 だから……エステルとの関係が実体化したことで変わるのを躊躇ってしまう部分もあったし、身体を持ってそこにいることに戸惑っている部分もあった。


 エステルが好意を向けてくれているのは、いくら俺にでも分かる。俺にとっても大切な存在だ。それは嬉しい。


 ただ、今まで一緒に歩んできたパートナーとしてのものとしてか。それとも、それ以上の感情がそこにあるのかが分からない。エステルの感情の現れ方は、まだ身体になれていないこともあって子供のような屈託のなさだから、尚更に見守っていたいというか、慎重になってしまう。


 会話ができるのが俺しかなかった、これまでとは違う。エステルの身体からの反応に対する情動の現れ方が素直で子供のように見えると言う事もあり、選択の幅はもっと多くあるべきだし、束縛すべきじゃないとも思って、敢えて意識せずにいた。


 けれど帰るわけでなく、この世界に残ると覚悟を決めたのなら、その話もいずれは避けて通れなくなるのだろう。情動に付随するものでなく理性的な部分で話をするのなら、エステルは冷静だ。そこは誰よりも信頼している。


 少しの間思案を巡らせていると、エステルが少し不思議そうにこちらを見ているのが分かった。思考入力で通じ合うのも……そうと意識しないと互いに以心伝心というわけではないしな。軽く笑って口を開く。


「エステル……。少し、これからに関する話をしたいんだが、良いか?」

「はい」


 エステルはこくんと頷く。俺の雰囲気が少し変わったから、真面目な話と判断したのだろう。エステルも居住まいを但し、こちらを真剣な表情で見てきた。


「最初はこっちに来て、帰る方法を探すつもりでいた。けど今は、ずっとこっちにいようと思っている。キャロルや施設のみんなに、生きているってことぐらいは知らせたいけどな」

「……そう。そうですね。キャロルさんは、あれで気にしていると思いますし」


 そうだな……。最後に別れた状況があれではな。キャロルはパイロットとして優秀だし舐められないためにと周囲に尖った態度を見せるが、施設で一緒に育った身としてはそういう部分以外のところも知っているし。長年知っている顔がいなくなったら、誰だって辛い。あんな戦いの中でだって、それは変わらない。

 だが、それでもだ。


「それでもこっちに残るってことを決めたのは……今の状況も理由としてはある。集落やヴァルカラン、開拓地で匿っている皆のことは嫌いじゃない。ゴファール王やヴィルム神殿のような連中に振り回されずに、平和に暮らしていて欲しい。そういう場を守るためならこっちに残って、持っている知識や技術を使って、腰を据えてやっていくのも悪くないと思うんだ」


 エステルは俺の目を見て頷く。静かに耳を傾けてくれているようだ。


「でも。一番の理由はそれじゃない。こっちの世界なら、エステルが追われることもなく、身体を持って自由に生きられる。そんな場所は、戻った先にはどこにもないからな」

「マスター……それは……」


 エステルは目を瞬かせた後で、少し言い淀むように俺を見てくるが、俺はそれに苦笑で答えた。


「分かっているよ。こう言うと、自分のことなんて気にしなくていい、なんてエステルは俺に言うんだろうけどな。だけどそれは、俺自身が一番望んでいることでもあるんだ」


 エステルが身体を持ったことで、俺の中だけにいる存在ではなくなった。

大切に思っている相手が、自分の肉体を持って世界に混ざって、誰かと笑っている。誰かから認められてそこにいる。


「そんな光景が、俺には嬉しかった。だから元の世界に帰ることで、また俺の中だけにいて、世間から身を隠して生きさせるような生活に戻したくはない」


 それが俺の偽らざる想いだ。思考を読ませれば内に抱えた感情も残らず伝わるのだろうけど……敢えてそうはせずに、言葉にして俺はエステルに伝えた。

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