第106話 王女と少女の対面
「ゴファールから避難してきた王族……? 別に、会うのは構わない」
――明くる日。テレジアに尋ねてみると、そんな返答があった。ゴファールの王族と聞いてもテレジアは特に強い反応を示さなかった。やはり、テレジアの方は直接嫌なことをされたわけではないなら好き嫌いというのは特にないということらしい。
対象となる個人だけを見ていて、所属や肩書きは関係ないというか、その辺には頓着していないというか。だから……エデルガルトは心配しているが、テレジアとの顔合わせそのものは上手くいくだろう。エデルガルトの方が気にしてしまっているのは性格上も立場上も、致し方ないような気もするが。
そんなわけでテレジアを連れてエデルガルトと会う事になった。新しい孤児院の客室で待っていると、エデルガルトとグラシエーラ。それから同行してきた護衛のカーシャが部屋に姿を見せる。
エデルガルトはテレジアを見ると、少し深呼吸をしてから言った。
「その……初めまして、テレジアさん。私はエデルガルト=ゴファールと言います」
「私は、エデルガルトの友人でグラシエーラという。彼女は護衛役のカーシャだな」
「……よろしくお願いします」
少し遠慮がちというか様子を窺うようなエデルガルトとカーシャ。グラシエーラはできるだけ平常通りであろうとしているようだ。孤児院でテレジアも面倒を見るのも想定していて、エデルガルトとカーシャに負い目があるのだからと、自分はしっかりしなければという想いもあるのだろう。
「ん。よろしく」
テレジアはと言えば、やはりあまり気負ったところはないようだ。
「テレジアさんには、謝らなければなりません」
「私に? どうして?」
「ゴファール王家は人の身体に魔法で手を加えるようなことをさせていました。私は……王族であるのに、見逃してしまっていました。目に付いた子供達を助けたつもりでいて、肝心なことには気付かずに……諫めることも、状況を変えることもできないまま、国を脱出して来てここにいます。ですから……ごめんなさい」
エデルガルトが頭を下げるも、テレジアは首を横に振る。
「エデルガルトが……私に何か嫌なことをしたわけじゃない」
「テレジアさんは、気にしないだろうと、ソーマさんは仰っていましたが……」
エデルガルトは少し俯き、自嘲するように笑う。
あの……光の中に飛び込んでいった時、精霊達の想いにも触れた、ような気がする。
多分、精霊達はテレジアを守る事が目的で、それが成されたことで、融合してはいてもあの出来事を残念に思いこそすれ、現状に不満はなく……こうやって守り通せたことを、誇りに思っている。だから、テレジア自身にも恨みに思う気持ちはないのだろう。
そんなテレジアだから、エデルガルトは安易な理由で申し訳なかったとは言えない。それは多分、精霊達の矜持に泥を塗るようなことだから。
やがてエデルガルトは顔を上げてテレジアに言った。
「貴女が気にしていないというのは理解しました。貴女が許すと言ってくれても……私は、私自身の無力さや無知……それに今のゴファールの在り方を許せないのです。ですから、私のこれからの行いを、貴女に見ていて欲しい。そうすれば、私はきっと……道を間違えずに、自分を律して進んでいくことができると――そう思うのです」
「……ん。エデルガルトのこと、見てる。よく分からないけれど、何だか……不思議な感じ」
テレジアは鳩尾のあたりに手をやる。テレジア自身の想いがそう感じさせるのか。融合した精霊としての性質が、エデルガルトから向けられる想いに反応しているのか。
どちらであれ、不快というわけではなさそうで少し微笑んでいる。エデルガルトが真摯にテレジアに想いを向けたからこその結果ではあるのだろうが。
「ありがとうございます、テレジアさん」
エデルガルトはテレジアを見て微笑む。グラシエーラはそのやり取りに頷くと口を開いた。
「テレジア。これからの話をさせてもらっても良いだろうか?」
「これから?」
「そうだ。テレジアはこの建物か、近くにあるエルフ達の暮らしている森か。どちらかで生活することになる。ここは、ゴファールから避難してきた身寄りのない子供達が暮らしている場所だ。元々はエデルガルトが王都にいた孤児達を集めて作った施設だな」
「エルフの集落っていうのは?」
「ソーマ殿やエステル殿、シルティナとアリア、ノーラ達の家がある場所だ。皆行き来しているからどちらかを選んだからと誰かに会えなくなるということはないが」
「どちらを選んだとしても着るものも食べるものも住むところも問題ないよ。テレジアの自由に任せる」
グラシエーラの言葉に続いて、俺からも補足を入れるとテレジアは少し考えた後で言った。
「なら……ここでいい。エデルガルトは、見てて欲しいって言ったから。それに、ここで暮らしてる子供達っていうのも……少し気になる」
テレジアはあまり外や他者のことを気にしていない印象だったが、この辺は精霊のことを思い出したことで意識の変化があるのか、融合したから最初から影響があるのかは分からない。ただ、孤児院のことは知らされたら気になっているのは間違いない。
「エデルガルトは元々、王都にいた身寄りのない子供達を自分の経営している孤児院で保護していたんだ」
テレジアが精霊との融合を試みられた時は……記憶から見た当時の年齢を見るとまだエデルガルトが孤児院を作る前だったようだ。当時のエデルガルトもまだ子供といって差し支えない。だからエデルガルトの手がテレジアにまで及ばなかったのは仕方がないことではあるが……そう言って割り切れるなら、エデルガルトは損得勘定抜きの孤児院など作って国内を奔走していたりなどしないだろう。
「その孤児院は、いいところ?」
「俺が見た印象を言うなら……良いところだな。子供達はエデルガルトやそこで教師をしているグラシエーラを信頼しているから、ついてきたんだと思う」
「エデルガルトさんも子供達を人質に取られたら国王らに逆らえなくなると思っていましたから」
俺とエステルがエデルガルトの事情を説明すると、テレジアはこくんと首を縦に振る。
「分かった。こじいんが危なかったら、私が守る。エデルガルトのこと、ちゃんと見てるって約束したから」
確かに、エデルガルトが人質を取られて脅迫されていたら行動を見ている以前の問題だな。テレジアはエデルガルトに手を差し出す。
「これから一緒にやっていく相手とは握手をするものって、アイザックが言ってた」
「そう、ですか」
握手を求めるテレジアに応えるようにエデルガルトは一歩二歩と前に出て、そのままテレジアを抱擁する。
……アイザックから教えられるまで、テレジアは握手のことも知らなかった。身の回りにそんな人間関係しかなかったということだ。それでも自分達を守ると言ったテレジアに、感情が抑えられなくなったのだろう。
「……どうか。これから先、よろしくお願いします。テレジアさん」
「……わかった」
テレジアは最初少し驚いたようだったが、嫌な気分はしなかったのだろう。エデルガルトの肩のあたりから顔を出し、横を見て小さく笑うと抱擁を返して、そのまま軽くエデルガルトの髪を撫でた。
そんなテレジアの反応にエデルガルトの目に涙が浮かぶ。それでも感情を律しているのか嗚咽を漏らしたりはしない。テレジアを更に強く深く、抱きしめたぐらいか。
「テレジアは、良い子だな」
「はい……。優しい子だと思います」
それを見て微笑むグラシエーラと、胸に手を当てて目を閉じるカーシャ。暫くの間エデルガルトとテレジアは抱擁を続けていたが、やがてそっと手を放して立ち上がる。
「私達ともどうかよろしく頼む」
「ん」
グラシエーラが言うと抱擁を歓迎するというようにテレジアは両手を広げる。グラシエーラは穏やかに笑って、テレジアに抱擁で答えた。カーシャも、少し照れ臭そうにそれに続く。
「それでは……みんなにも新しい仲間としてテレジアさんを紹介しましょうか」
「そうだな。これから一緒にやっていくのだし」
グラシエーラは頷くとテレジアを紹介することにしたようだ。教室に使っている大部屋へと子供達に集まってもらい、テレジアのことを紹介する。
「新しく孤児院で一緒に過ごすことになるテレジアだ」
「強くて、優しい子だと思います。仲良くしてあげて下さい」
グラシエーラとエデルガルトが紹介すると、テレジアは「よろしく」と言葉を続ける。
子供達は顔を見合わせて頷き合っていた。
「ここに来る子は、みんな仲間だしな」
「姫様が言うなら、きっといい子だわ」
そんなことを言ってから歓迎の言葉を口にする。
お互いに自己紹介ということで、上の年齢の子から名前を名乗っていく。テレジアは途中で「覚えきれない」と言ってエデルガルト達を困ったように見るが、視線を向けられた側はにっこりと微笑ましいものを見るように笑う。
「一緒に暮らしていく内に段々覚えていきますよ」
「わかった」
エデルガルトに言われて納得したというようにテレジアは頷くのであった。
アイザックが預けられた書状を持ってゴファール側へ戻るということで、テレジアと共に見送りに向かった。
森沿いに進んで、ルクスワールと交戦した付近まで差し掛かると、昨日の戦闘の余波があちこちに残っているのが分かる。高熱でガラス状になった土やら闇の魔力が爆裂して抉れて飛散した土であるとか。たった一戦でこれだ。ヴィルジエットと比較した場合でもルクスワールが強力な機体だったというのはあるだろうが……エルフの森でアストラルナイト戦など起こさないようにしないといけないな。
アイザックは飛び散ったルクスワールの破片の中から手頃な大きさのものを回収する。熱で溶解した部品はルクスワールが撃破されたとゴファール側に示すのに十分に足るものだろう。ルクスワール自体は動力部に精霊を組み込んだりはしていないようだ。テレジア自身がその役割を担えたから必要がなかったとも言えるが。
アイザックの保有する機体も……どうも新型機ではなく間に合わせで用意されたものらしく、精霊を組み込んでいない旧式ということだ。本当に護身用として与えられたものではあるようだ。
「見送りはこの辺までで大丈夫だ。後方の拠点に国王も来ているというから、僕はそこまで向かうことにするよ」
ソフィアから預けられたのは形式的ながら親書だからな。預けられた以上は国王に届けるような形になる。
乗っ取りを繰り返しているゴファール王の権威を全く認めていないのに親書というのもソフィアからの皮肉のようなものではあるが。
「気を付けて。こっちに逃げてきたら、アイザックのことも守る」
「それは……助かるよ。まあ、一応アストラルナイトは切り札として受け取った分がまだあるし。危険を察知したらそれなりに努力はするさ」
アイザックが預けられたアストラルナイトは、魔巧技師レナードから支給されたものではあるが……。ルクスワール自体はテレジアの特性に合わせて高性能化されたもので、機体自体には奇妙な細工はされていなかったようだからな。
「腕輪自体も解析してみましたが、特におかしな細工はされていないようです。対策もしましたし、初手でアストラルナイト自体を抑えられなければ問題ない……とは思いますよ」
エステルが召喚用の腕輪を差して言うと、アイザックは苦笑する。
「少し複雑な気分だが、今はそれを頼りにさせてもらおう。場合によっては国王から僕を信用させる手にもなるだろうからね」
面会に際して腕輪を預けたりだとか、そういう動きをすれば二心はないと示せるか。
そうして、アイザックは俺達の見守る中をゴファール側へと歩いて去っていき、その背が見えなくなるまで、テレジアは暫くの間見つめていたのであった。
……ゴファール王はベルルート男爵領よりも後方の安全地帯にいる。前線で報告を終えたらそちらへと向かうことになるのだろう。




