第105話 戦いの後で
「――私としては外科的な措置をして完全に取り除くよりは、術式を上書きして安定性を高めるための補助を担ってもらう方が安全かと思います」
夕食の準備――ハンバーグの種を捏ねながらエステルが言った。
外科手術、か。あれを埋め込んだ人間は魔法的な方法で実現しているのだろうが、それを魔法的にどうにかできるのは組み込んだ人間だけだ。
医療用ナノマシンを併用すれば大抵の外科手術も可能だが、異世界の人間、しかも魔法や精霊が絡んだ相手に安全に運用できるのかと言うと絶対の自信もない。ならば無理に取り除くよりは中身をテレジアにとって都合のいいものに切り替えてしまう方がいいという判断なわけだ。
「安全な書き換えが可能なら……そうした方がいいんだろうな。上書きは出来そうか?」
「テレジアさんの協力があれば。隷属制御は既に抑えることができていますが、テレジアさんが精霊の力を引き出すことそのものは、彼女を守るために融合した精霊達の意志があってのもので、制御プログラムとは関係のないもののようです。ですから……実際に精霊の力を引き出してもらい、その魔力の動きから解析を進めて、不安定な部分があれば補ってやれるような術式を刻んだものに作り変える、というわけですね」
エステルとしては書き換えに対しては結構な自信を持っているようにも見える。内部のプログラムはそれほど大きなものではなく、既に全体の把握は終わっているとのことで、精霊の隷属と同時に精神誘導による自動操作を行うものに費やされているとのことだ。
「要するにゴファールにとっての制御と安全用のものであって、テレジア自身の安全や安定性には寄与してるわけじゃないってことか」
「はい。それでも血肉の一部――というか魔力の流れの一部に組み込まれてしまっているので、取り除くとかなりの期間、悪影響が残る可能性もあるかなと」
「魔法的な部分も絡めた生体機能までは情報がないしな……」
医療用ナノマシンを他者に活用するにも臨床試験を終えていないから安易に踏み切れないというのもある。怪我の治療なら治癒魔法があるから敢えてリスクを取る必要がないというか。魔法で治療できているのなら必要がないならその方が良い。
話をしながら作業しているとその内に食事の用意も終わり、それをみんなのところへ運んでいった。
「待たせたな」
「ん。待ってた」
テレジアは俺達が料理を運んでくるとこくこくと頷いていた。シルティナ、アリア、ノーラも丁度こちらに来ていて、にこにこ笑って手を差し出しているアリアとテレジアが握手をしているところに俺達が料理を持って入って来た格好だ。
「アリアとノーラもテレジアと仲良くなったみたいだな」
「うんっ。ソーマお兄ちゃんの妹なら、友達でいいって」
「よろしく」
「うんっ、テレジアお姉ちゃん」
と、ノーラとも握手を交わすテレジアである。
「お姉ちゃん……」
テレジアお姉ちゃんと呼ばれて、それを復唱するように呟く。
「ダメだった?」
その反応にノーラが尋ねるもテレジアはふるふると首を横に振った。
「ダメ、じゃない。その呼び方はなんだか、うれしい感じが、する」
テレジアは小さく笑って答える。アリアとノーラは……テレジアから精霊の力を感じ取っているのかも知れないな。テレジアは……兵士として育てられはしたが、普段はマイペースで攻撃さえ受けなければ粗暴なところもない。エルフと精霊の関係を考えるなら、お互い性質的に馴染みやすいところはあるかも知れない。嬉しそうに微笑むノーラにテレジアはこくんと頷いていた。
エルフ達ともうまくやっていけそうなのを見て取りつつ、食事にする。
テレジアはハンバーグを口に運ぶと目を見開く。
「おいしい……。柔らかくて油がいい匂いがする。……こんな肉団子、初めて食べた」
肉団子は……まあそうとも言えるか。「子供が喜ぶ料理と言えばハンバーグでしょう」というエステルの意見の元、ハッキング魔法の干渉で下準備の過程に時短を行いつつ、エステルの情報でハンバーグをふんわりと仕上げるコツというか情報のようなものを習いながら二人で仕上げたわけだが……柔らかく肉汁の染み出してくる良い出来栄えだ。
ハンバーグの種には玉ねぎの代用品として球根や香草を刻んだりして肉に混ぜているから、染み出す肉汁も風味の良いものになっている。
「ハンバーグって言うんだ。俺達の世界の料理でな」
「肉団子はハンバーグ……すばらしいりょうり……」
言いながらフォークに刺したハンバーグを口に運んでいるテレジアである。並んでアリアやノーラも笑顔で食べているし、エステルのチョイスは正解だったようだ。
「いや……本当にな……。前に差し入れてくれていたお菓子も随分と美味かったが……ソーマ達の世界の料理や菓子なのか?」
「ああ。と言っても……あっちにいた頃は食べられなかったな。こっちに来てから寧ろ食材関係には恵まれている」
それもこれも精霊の力を借りられることで植物の育成速度が速いだとか、森やヴァルカランのあちこちから魔物肉が集まるだとか、そういった事情もある。
調味料に関しては合成すればいいから料理のレパートリーはかなり広いと言える。
街でテレジアやアイザックに渡していた菓子については……どこで手に入れた食材なのか疑問に思われてしまわないよう、外に持ち出すものは合成でなくとも森で得られる食材から一応全て代替できるものに限定していたりするが。
実際砂糖を採取できる植物とて森に自生しているから、菓子作りは砂糖を合成しなくても一応自然素材でもできるしな。
というわけで……エステルが料理レシピを集めていたということもあって、俺が食べてもハンバーグはかなり良い出来だ。
シルティナの持ってきてくれたスープはさっぱりとした香りとほのかな酸味があって野菜、山菜が多めなので肉料理との相性も良い。パンと合わせて食欲が進む食卓である。
アリアやノーラと共にテレジアがハンバーグを美味しそうに食べている姿を見られたことに俺としては満足している。
子供達が子供達らしく喜んでいるというか。「沢山作ったので足りなければ遠慮なく言って下さいね」というエステルの言葉におかわりしたり、それらを口に運んで目を輝かせたり笑顔になったりしている様は、見ていて微笑ましいものだった。
「食後はお菓子もありますよ」
「エステル様のお菓子……!」
「それは……嬉しい」
そう言って喜び合っている子供達である。集落や開拓地側でなら出せる菓子も遠慮しなくていいからな。若干手の込んだ菓子でも出自を気にされることなく提供できる。というわけで……初めてカップケーキを食べたテレジアは目を瞬かせていた。
「……テレジアのこと、よろしくお願いします」
そんな様子を見て、アイザックが俺に言う。
「ああ。任された。アイザックも……交渉の仲介を務めるのは助かるが、十分に気を付けてくれ。何かあったら、こっちを頼ってもらって構わない」
「ありがとうございます。危険と判断したら、ヴァルカラン側に避難させてもらいます」
アイザックの様子はこちらでもモニターさせてもらおう。身辺に危険が迫っていたらサポートできるようにしておきたい。
アイザックは、そのまま一晩共同開拓地に宿泊し、帰っていった。色々口裏を合わせたというか、テレジアに関しては作戦行動中に戦死、ということで通すことにしたようだ。その後ヴァルカランのみんなと交戦していたアイザックは俺の仲介で見逃され、交渉が可能になった、という筋書きで通す。
テレジアがゴファールに帰せない以上、そういう事にしておいた方がいい。ルクスワールの残骸の一部を持ち帰ってもらうのは、テレジアが敗れたということを信じてもらうためでもあるな。
テレジアとルクスワールの力や性質に対し、ゴファールが期待している結果には繋がらなかったが、調査と変化が起こった原因の特定、交渉を可能にすること、という目的自体は果たしている。アイザックに関しても、こちらとの交渉の窓口としての役割は残ったので、テレジアを失うという点を失点と見られても、おいそれと切り捨てることはできまい。
そもそも、調査に際してテレジアをヴァルカラン内部に送り込まなければならない関係上、アイザックが同行してサポートするにしても限界があるからな。
「テレジアのことは、もう少し待っていてくれ」
『分かっています。ゴファールの王族に対してはテレジアさんも思うところがあるでしょうから』
通信機で話を通すと、エデルガルトは分かっているというように静かに頷いていた。エデルガルトとテレジアを引き合わせるのはもうワンクッション挟んでからだ。テレジアが会っても良いと思えるのなら、ということで話がまとまっている。
エデルガルトは……当然だがゴファールの所業であるためにかなり気にしている節がある。万一アイザックが捕らえられた場合でも情報を制限するためにエデルガルトの情報は今回伝えなかったということもあり、まだテレジアと引き合わせることはできていない。
テレジアの体調も見つつ、エデルガルトが会いたいと言っていることを了承してくれたら会わせる……ということになるだろう。
ただ……テレジアの方はあまり恨みだとかそういうものを気にしていない節がある。元々戦わされることも当たり前のものとして受け入れているというような。自分の境遇に無頓着というような。
それは、精霊がテレジアを守るための影響ではあるのだろう。
とはいえ、そんなテレジアの在り方はエデルガルトにとって喜ばしいことではないだろうが。まあ、テレジアはこれからまともな人生を取り戻していけばいい。エデルガルトのことも含めて、面会してからのことも気にしておくとしよう。




