第104話 テレジアの目覚め
俺を代表にすることをアイザックは納得するように頷いていた。テレジアのこともあって、今の話を聞いた上でできるだけ話を仲介する役を逸脱しない範囲で便宜を図るとのことである。
「持ち帰ってもらう話や情報のすり合わせでもしておきましょうか。封蝋をした書状を預けておけば、多少不都合な事実をゴファール王に交渉材料として突きつけてもアイザックが口封じをされることもないでしょうし」
「承知しました」
話をしながら歩き、陽が落ちた草原を歩き開拓地に辿り着く。広がる耕作地と中規模な町程度に発展した拠点。そこを闊歩し、農作業までしているアンデッドの住民達にアイザックは目を瞬かせていた。
「ヴァルカランの領地に踏み込んで、こんな町や畑を見るとは……町はどこも廃墟になって、田畑は荒れ果てたと書かれていたのですが……」
「ソーマに呪いを解いてもらってから、心が自由になったからね。植物にすら生命として嫌悪を感じていた私達が、こんな風に畑仕事をできるようになった。皆、生前していたことができるようになって、楽しそうにしているわ」
「そう、か。植物でさえ……」
ソフィアの言葉に、アイザックは何か思うところがあるのか、静かに耕作地を眺める。
「食料の生産は……周辺の住民を受け入れられるようにでもあるかな。戦いになるならそういう備えも必要だろうからな」
現状では俺とエルフの集落のみんなが食えるようにではあるが、獣人とドワーフが増えたとしても対応は可能だ。アイザックからの情報としてエルフの集落よりも開拓地の方を印象付けたい。森はエルフが長年かけて育てたもので、そこを戦場にされては困る。
こっちに引き付けてもらった方が有難いのだから、ここで農作業をしていることや軍事的な備えがあることも持ち帰ってもらって問題のない情報だ。
アイザックを連れて開拓地の地上部――集会場に通す。眠っているテレジアも、ここでメアリが看病してくれている。
「到着したようですね」
「あの子の容態は?」
顔を出したメアリにソフィアが尋ねる。
「身体的な反応も、魔力の感じも落ち着いていますよ。眠っているだけかとは思いますが、何分、身体の状態が特殊ですから、他の神官達と交代で慎重に様子を見ています」
「私もモニターさせてもらっていますが……脳波にしろ、身体的な反応にしろ、眠っている状態と判断しています。胸部に埋まっていた宝石の挙動は抑え込んでいますが、意識が戻ったら更に解析を進めつつ必要なものとそうでないものをわけて、部分的に切り分けて機能停止させてしまおうかと」
メアリの返答にエステルが答える。あの宝石が精霊と融合しているテレジアの身体を維持するのに必要なものかどうか。それが分からないから除去や完全な機能停止まではしていないという状態だ。解析が進めば対策もより完璧なものにできるだろう。
メアリとエステルの会話に、アイザックは安堵したように息をつく。
そのまま会議室の椅子に腰を落ち着け、アイザックに使者として渡せる情報を整理して伝えていく。テレジアにあんな仕込みがされていたことや、自身の命が狙われたこと、それに俺達から聞かされた情報もあって、既にゴファールに対しては相当な不信感があるのだろう。アイザックはこちらの方針に合わせてくれるようだ。
「ソーマ殿やエステル殿と会って、交渉が可能になったということは伝えて良いのですね?」
「そうだな。別の世界からやって来たと知ればヴァルカランと断絶者の両方の性質を知っているだけに納得もするだろう」
別の世界からやってきた人間の技術体系。それに伴う変化。解呪が進んでいること。
それら諸々を含めれば、神殿を諦めて戦いを回避するという選択を取る可能性もある。解呪が完璧なものになれば、不滅というヴァルカランを難攻不落たらしめている要素が消えるからだ。
逆に時間を与えず、ここで叩き潰そうとする選択を取るということもあるだろう。俺を殺してしまえば最終的な解呪には至らないというのは事実だ。ヴァルカランはこれ以上変わらず、魔族に対する防壁であり続ける。
どちらも発想としては有り得そうなものだが、ゴファール王はどちらを選ぶだろうか。
少なくとも断絶者が行方不明である以上、身体の乗り換えで何代にもわたって時間を稼ぐだとか、中身を入れ替えて責任を逃れようとするといった方法は使えない。
まあ、こちらもおいそれと入れ替わりのことを突きつけるようなことはできない。エデルガルトの所在が知れてしまうからだ。
一先ず……ここからは向こうの出方を見る形にはなるか。
話をしていると、幽霊神官の一人が顔を出す。
「テレジア嬢が意識取り戻しました。今、メアリ様がお話をしていますが、かなり落ち着いているようです」
「それは……何よりね。アイザックは顔を見せてあげたらいいと思うわ」
「ご厚意に感謝します」
アイザックはソフィアの言葉に頭を下げて応じた。
「ソーマ殿やエステル殿、アイザック殿と話をしたいそうですよ。操られていた時の記憶も残っているようですから」
「そうか……。あの時の声も届いていたんだな」
話を切り上げてテレジアを看病していた部屋へと向かう。
テレジアはといえば――寝台の上で上体を起こしてメアリから診察を受けていた。出会った時のような、どこか眠そうな表情だ。
こちらを見て、少し思案してから首を傾げて言う。
「おはよう……?」
「ああ。おはよう」
「お前は……全く……」
苦笑して答える俺と、少し呆れたように笑って頭を抑えるアイザック。
「思ったより元気そうで何よりです。体調はどうですか?」
「何だか、少し不思議。みんなの顔を見てると、ふわふわする感じ」
テレジアは胸のあたりに手をやってエステルの言葉に答えた。それから顔を上げて俺達の顔をまじまじと見てから言う。
「何だか眠くなって。私の身体が、私のものじゃなくなって。見えてるのに、聞こえてるのに、思った通りに身体が動かなくなってた。どんどん暗くなって……そうしたら声が聞こえてきて……回りが真っ黒でも私がここにいるって自分の形が分かった、ような気がした。だから」
テレジアは胸に当てていた手を握る。感覚的な話ではあるが、それがテレジアの主観で見えていたものだったんだろう。
「だから私はここにいられる。それに忘れてたこと、思い出した。あの人達が私のこと、泣かなくていいって……守るからって、私とずっと一緒にいてくれたことも」
あの人達……あの光と闇の精霊達のことだろう。記憶の中のテレジアは、今よりももっと幼かったから、当時起こったことをよく分かっていなかった節もある。
「だから……ありがとう」
テレジアは立ち上がると、俺達に頭を下げる。
「無事で良かったですよ」
「そうだな。助けられて良かった」
「はい……。安心しました」
俺やエステルが言うと、アイザックも少し笑って頷く。それからアイザックは真面目な表情になるとテレジアに言った。
「僕はまたゴファールに戻らないといけないが……テレジア。君はここに残るんだ。理由はわかるかい?」
「……また、同じようなことになるから?」
「ああ。それに、君はきっと、ゴファールなんかにいるよりもここにいた方がいい。もう……戦う理由もないのに戦ったりしなくていいんだから」
「そうだな。その辺は約束できる。食事や住むところ……それに勉強もか。まあ、不自由はさせないし、普通の子供として扱うことを約束する」
俺が言うとアイザックは頭を下げる。
「ありがとうございます」
「いいさ。精霊達にも頼まれたからな」
一方のテレジアは少し不思議そうな顔をした。
「戦わなくても食べて良い?」
ああ。そんな発言が普通に出てしまう……のか。戦いの対価として衣食住が与えられると、そんな風に教えられていて、それが常識だったんだろう。アイザックが行動をかなり自由にさせているから、分からなかったが、戦いに赴いているから食べてもいいという理屈で街中でも行動していたんだ。
エデルガルトあたりはそんな発言を聞いたらまたショックを受けるとは思うが……まだ顔を合わせないよう我慢してくれているからな。
「……勿論です。子供が戦わないと食べさせてもらえないなんて。そんなこと、言わせる方が間違っていますから」
エステルはテレジアに、穏やかな笑顔を見せて言う。
テレジアは少し不思議そうに目を瞬かせていたが、その腹から空腹であることを示すように音が鳴った。
「ふふ。食事の用意をしましょうか」
「アイザックも食べていくといい。というか、問題ないなら一晩泊っていくと良いと思うぞ」
俺達の言葉にテレジアはこくこくと頷き、アイザックも穏やかに目を細めて頷くのであった。
エルフの集落にも事態が落ち着いた旨の連絡を入れつつ、テレジアのことやアイザックを交えて食事をとることにしたと伝える。
『そっか……うん。みんな無事で良かったわ。テレジアちゃんも……助かって本当に良かった』
シルティナは通信機の向こうで微笑みを浮かべる。
「ああ。意識を取り戻して……空腹なようだから食事の準備を進めているところだ」
『それなら……そっちにいる皆の分、シチューを持っていくわね』
「助かります。テレジアさんも大分お腹を空かせていましたから」
『ふふ。アリアとノーラも連れて行くわね。賑やかな方がきっと楽しいもの』
「そうだな……。確かに」
シルティナの言葉に笑って頷く。アリアとノーラは――テレジアより見た目の年齢は年下ではあるが。屈託のない二人は、きっとテレジアとも良い関係を築いてくれると思う。孤児院の子らもいるし、テレジアがこれから友達を作って普通の人生を取り戻していくには良い環境とも言えるだろう。
ともあれ、シルティナはアリアやノーラと一緒にこちらへシチューを持ってきてくれるとのことである。
テレジアは既に腹を空かせているようなので、繋ぎで少しだけクッキーを渡しておいて、今はエステルと調理を進めている最中である。
というわけで一旦通信を切り、エステルと話をしながら料理を進めていった。
会話の内容は当然ながら、テレジアの……その身体、健康面に関することになる。
精霊の力を抑えるアストラルナイトの炉に組み込まれた機能。その作用自体を抑えるプログラムを組み込んだ魔道具もある。そこに少し手を加えてやれば、テレジアに組み込まれた宝石の力も抑えることができた。所詮は後付けの力なので、もう少し構造解析を進めれば安全な回収にしろ、内部に刻まれた術の安全な書き換えも可能だろうというのがエステルの見解だ。
テレジアに組み込まれていた制御機能にアストラルナイトの炉にあったようなブラックボックスのようなものは存在せず、基礎部分は共通していても少し様式が違う。
恐らくアストラルナイトの炉とは技術提供があっても設計者が違うからだろうというのがエステルの見解だった。




