第103話 アイザックの覚悟
そこに意義や意味がある戦いで、対立した相手にも事情を慮れるだけの言い分があるのならば、エステルとて厳しい対応はしない。
生き延びるためにやむなくそうしただとか、不可抗力で巻き込んだとか。そういう場合はその辺の事情を汲み取ってくれるのだ。
しかし……ヴィルム神殿やゴファール王家の言い分は、魔族のことを加味したとしてもそういうものではないだろう。
返答に込められた意志の強さを感じたのか、アイザックは言葉を続けることができず、目を閉じていた。
「……ヴィルム神殿の話は色々調べさせてもらったが、今回の森への襲撃だけでなく、他の種族の追放や外征にも積極的に関わっているみたいだな。ヴァルカランへの行いのこともあるし……俺は俺で、エステルにマスターと呼んでもらえているが、あまり俺の都合を押し付けたりするつもりはないんだ。だからエステルが俺のためにしてくれたことを、あんな連中のために否定するつもりはない」
俺からの返答にアイザックは静かに頷いた。
「そうか……。では、ソーマ達が考えている交渉の内容について聞きたい」
「まずはこちらの領分に踏み込むことをやめること。要するに侵略を止めろという話だな。こっちの交渉材料はあるが……その内容を踏み込んだところまで色々聞くと、知られていると疑われた段階ですらアイザックの身に危険が及ぶと思うぞ」
「……だろうね」
アイザックは顔をしかめた。先程のテレジアに課せられていた制御を思い出したのだろう。
「……でも、それももう覚悟の上だ。テレジアにあんな魔法を仕掛けておいてヴァルカランに僕と一緒に接触させたってことは、僕が巻き込まれても何とも思わなかったってことだろう?」
アイザックは顔を上げて、そして笑った。力なく、だが晴れやかな印象があった。テレジアの扱いに思うところがあって……覚悟が決まったということか。
「テレジアと一緒に任務につくようにと、その特性を教えてもらった時から思ってたんだ。王国のためだとか言って、わけのわからない魔法で子供を戦場に立たせる。そんなことが許されるんだろうかって。拾ってくれた師や世話になった先輩達。魔法の才を認めてくれた王国への義理や恩もあったけれど……ずっと後ろめたくて心苦しかった。だから功績を立てれば。一緒に任務を行って能力を示せば、僕なら守れるんじゃないかって。そんな風に自分を誤魔化して、片棒を担ぐようにしてヴァルカランにまできたんだ」
アイザックは滔々と己の心の内を語る。
「でも。もう状況が違う。テレジアが生きていける場所は他にあるんだから。僕は――罪滅ぼしとして、このまま秘密を知った上で交渉役もさせてもらおうと思ってる。知った上で惚けて立ち回る分には、危険だって抑えられるだろ?」
そう言って。俺が笑って「そうか」と言うと、アイザックは「ああ」と、はにかんだように明るく笑って見せた。
「ま……確かにそうかも知れないわね。状況に応じた正しい判断。身を守るための立ち回りのためには、裏の事情を知っていないといけないと言われたら、確かにそうだわ」
ソフィアが肩を竦める。同意する、ということはアイザックの今の言葉に嘘はないと判断したということだろう。
「そういうことなら……。立ち話もなんだし、多少長くなるから場所を移そう。確認しておくが、その選択は危険と隣り合わせだっていうことを忘れないようにな」
「ああ。そのつもりだ」
では……開拓地に来てもらって、そこで話をするというのが良いだろう。
連れ立って歩きながら、ヴァルカランの過去の経緯や、ゴファールがエルフの集落を攻めてきた理由であるとか、王家の秘密についてといった内容をアイザックに伝えていく。
ヴァルカランの過去については概要を既に聞いているし、ゴファールがエルフの集落を攻めた理由についても、おおよそのところは察していた。だから、アイザックが驚くことになったのはゴファール王家の秘密――入れ替わりのことだ。
「入れ替わってずっと同じ人間が中枢にいる……というのは確かに驚きだが……そうか。確かに……国難に際して頼りなかった王子が見事な采配をとったなんて逸話も確かに幾度かあった。それじゃあ、勇者――断絶者の残した魔道具……。それがテレジアと精霊を融合させたものでもあると?」
「だろうな。テレジアと融合した精霊達も、記憶を俺達に残して見せてくれたけれど、多分あの記憶にあったものがそうだろう」
「映像記録として保存はしています」
エステルが言って、精霊の記憶の中から必要な部分をピックアップして王城地下のものを空中に映して見せた。
「断絶者は魂や意識といったものに干渉する力があるのだと思います。ヴァルカランのこと、魂の入れ替わり、テレジアさんと精霊の融合についてもそうですね」
「ああ。テレジアの一件には直接関わっていないようではあるが」
魔族の国に渡って以後の足取りをゴファールでも掴んでいない。捕虜からはそう証言が取れている。断絶者が行方を晦ました年代についても調べているが証言によると結構前からのことのようで。それを考えるとテレジアについては与り知らないことだろう。もっとも、断絶者の残した祭具が用いられた以上、間接的には関係しているとも言えるが。
「ともあれ、ゴファールの王族……彼らはずっと代替わりすることなく、中身は同じまま今日まで生きているというわけです」
「それが……テレジアにあんな仕掛けをしてまで守ろうとしていた秘密か……」
「私達をアンデッドに変え、この土地に縛り付けた仇よ。決して許すつもりはないわ」
ソフィアははっきりと告げる。アイザックはソフィアの纏っている黒衣のドレス……喪服を見てそこに込められた意味を察したのだろう。神妙な面持ちになる。
「但し、最終的には仇を討つのだとしても、そこに至るまでの調整を行うぐらいの理性は持っているつもりよ。ゴファールの民を殺したいわけではないし、周辺に住んでいるエルフや獣人、ドワーフ達を巻き込みたくはない。だから差し当たっての交渉の目標は――私達や異民族への干渉を諦めさせることかしら」
ソフィアが伝えている方針は、俺達、エルフ、ヴァルカランの皆の間で共通している意見ではある。場合によっては狭い土地に押し込められている獣人達やドワーフ達に話を持ち掛け、草原側に移住してもらうことも考えてもいいだろう。彼らが望むのなら、の話ではあるが。
「確かに……ソーマのあの黒い機体の力が示せれば、ゴファールが交渉に応じるというのは分からなくもないが……」
最後――ルクスワールを圧倒したのはクロックアップをしてリミッターの解除までしていたというのもある。持続的に使えるものではないが、それを知っているのは俺とエステルだけだ。
「ああ。別に、こっちの戦力はアルタイル単騎ってわけじゃないしな。攻めてくるというのなら、交渉せざるを得ない相手というのを、理解してもらうというところまで含めての考えだ」
「だから……アイザックも気を付けなさい。戦場のど真ん中にいると、巻き込まれるわよ」
「分かりました」
ソフィアの忠告に、アイザックは静かに応じる。俺とエステルが斥候としてベルルート男爵領にいたこともアイザックは承知している。
つまり集結している戦力を見ての言葉であると理解しているはずだ。向こうの要求が神殿の状態の回復であるとしてもそれは受け入れるつもりがなく、一戦交えるのも辞さないと考えている。そこまで使者として理解していてくれればいい。
勿論、ゴファールが大きな被害と損失を覚悟してでも総力戦でも仕掛けてくるというのなら前提も変わってくるが、現状ではそこまでの想定もなく、多方面で小競り合いや睨み合いをしているようで、あちこちと緊張状態を抱えているゴファールはそんな戦力を投入できるような状況でもないというのはエデルガルトとの話で分析済みだ。
加えて……こちらの戦力はゴファールにとって未知数であり、相手をしなければならないのはヴァルカランであるというのは変わらない。少なくとも、全面戦争を考えられるような相手ではあるまい。
だから。想定以上のアストラルナイトの被害を受ければゴファールは退くだろう。俺達を殺してもヴァルカランの状態も、神殿の状態も何一つ変わらないのだから、得られるものがない。それはもう、既にアイザックに伝えた通りだ。
こちらが交渉の材料として譲歩できるとしたらエルムディア神殿ぐらいか。
「もう一点。私達は代表をソーマとしている。私達の中で生きている人間はソーマだけだし、今後もし、周辺で暮らす者達も受け入れて大所帯になれば、より生者の代表者が必要になるでしょうから」
ソフィアが言った。
この辺は、ヴァルカランの性質変化を説明する前でも交渉相手がいると理解してもらうためのものでもあるが……アンデッドに対する一般的な民衆の恐れを加味してのものでもあるな。
誰か生者が代表で、状況を制御できるなら平和が続く道もあると。そう考えてもらえるからというのもある。まあ、その代わり俺がヴァルカランを制御下に置ける死霊術師の類と思われる可能性もあるというのがハーヴェイの見解ではあるが、外の人間のその辺の評価は別にどうでもいい。死霊術師イコール悪という括りでもないという話だしな。
それよりも生きている人間であるのにヴァルカラン側の代表になった者がいるという情報が、どこかにいるかも知れない断絶者に伝わることの方が重要だ。そうなればヴァルカランの状態に変化をもたらした者を調べに、近辺に姿を現すだろうと、そんな予測もソフィア達と立てている。
何せ、完全に呪いを解いてはいない現状でも交渉やゴファールとの戦い如何ではヴァルカランを犠牲にしてまで作った魔族からの防波堤が無くなるかどうか、ヴァルカランの後ろに控えるゴファールの立場が揺らぐかどうかという話になってくるしな。
自称人類の守護者とやらには見過ごせるものでもないだろう。
それにもう一点。俺を代表としてソフィア達が推しているのは……完全な解呪がなされれば、それでヴァルカランの人々はようやく人として眠ることができるようになるからだ。
自分達はいずれ去るのだからと……そう思っているから自分達が代表と主張しないと思っている節があって……解呪が可能になったらすぐ去るつもりではないようだが、その考えには少し思うところはある。
憎悪に縛られていた分、呪いから解放されたのなら、そこからは普通に生きて、もう一度終わりを迎えるまでは。アンデッドのままであったとしても普通の人生を取り戻す時間ぐらい、あってもいいのではないかと。
けれど、それも俺の勝手な感傷なのかも知れない。既に意識があることに飽いていて、一刻でも早くアンデッドとしての在り方に終わりと迎えたいのだと言われたら、俺には何も言えない。長年をアンデッドとして縛られて存在していた、そんな気持ちまではきっと理解も及ばないだろうから。




