第102話 戦いの後で
「クロックアップもリミッター解除も……短時間だったから俺は問題ない。大人しくしているから、あの子を診てやってくれ」
「……わかりました。確かに……数値的には問題ありませんね」
エステルはほんの僅か、何か言いたそうな表情を見せるも、納得はしてくれたようだ。
テレジアの意識が眠りに落ちると同時に、エステルはコクピットから外に出ていき、テレジアのところへ向かう。解析を行って精神支配を解くためだ。
精霊との融合はともかく、あの精神支配はアストラルナイトに使われていた技術を元にしている後付けだ。特定の条件を満たした時に排除行動に移る、というような挙動をしているのだろうが、技術的には形式を少し変えた使い回しなだけに対応しやすい。
意識を失っているテレジアの身体が、元の少女の者に戻っていく。完全に姿が戻ったところでエステルが大きく息を吐いた。
「バイタル、脳波……共に安定。精神支配を引き起こす機能に絞って停止させましたがそれによる悪影響は現状観測できず……一先ずの対処は完了です」
「ああ。ありがとうエステル」
礼を言うとエステルはこくりと頷く。俺は先程の言葉通り、シートに背中を預けて身体を休ませ、自身の身体のメディカルチェックを行っていた。クロックアップと、有重力下でのリミッターの解除の影響が出ていないか調べるためだ。
特に後者。重力下でリミッター解除での戦闘機動を行えば身体にも相応に負担が生じる。が……これぐらいなら問題はない。どちらの制限解除も、身体的な負担があるのでエステルは嫌がるというだけだ。
『二人の声が聞こえていなければ途中で加勢に入るところだったけれど……どうにかなったようね』
目を閉じて高まった心拍数や血流量を始めとした身体機能を落ち着かせていると、ソフィアの声が聞こえてくる。
「ああ。上手くいった。加減が必要だったから、待っていてくれて助かったよ」
目を開いて、ソフィアに答える。パイロットを殺さず上手く機体だけ破壊するなら、熱量や運動量の精密な制御はどうしても必要だったからな。そこに加勢が入ってしまうと計算が複雑になってしまう。不確定要素は少ない方があの場では助かった。
「とはいえ実際、バルヴィリアスならルクスワールに相性は良かったとは思うぞ」
『あら、そうなの?』
「ああ。ルクスワールの光は霧や蒸気に対して相性が悪いし、闇の炸裂弾の方も――水は体積を自由に変えられるし、水そのものを破壊できるわけじゃないからな」
俺達に対してテレジアが使った手札はバルヴィリアスに対して機能しにくいだろうと予想される。機体に乗って戦っている間は陽光を浴びるわけでもなく、アンデッドとしての弱点もないから、生身で戦った場合の相性問題も起こらないというわけだ。
とはいえ、レーザーへの対応等はそれに対する知識が必要だが。その辺、理屈立てて対応ができるからアルタイルはああやって正面突破が出来たというわけである。
『お二方も、あの子も……無事、ですか?』
少し遠慮がちに尋ねてくる声はエデルガルトだ。テレジアの立場からして、随分と気に病んでしまっているようだな。機動兵器での戦いは専門外であるために、邪魔にならないために声をかけることもできずに待っていたのだろう。
「大丈夫だ。俺とエステルに怪我はないし、テレジアも無事だ。今は眠っている状態ではあるが怪我もさせていない」
『ああ――。それは……何よりです。本当に』
エデルガルトは安堵の声を漏らしながらも管制室で胸を撫で下ろしていた。
『……すまない。あの子を助けてもらった事には感謝をしている』
という声はアイザックのものだ。続々と通信が入るが……アイザックに関してはハーヴェイとメアリに避難させてもらった先から、俺と会話もできると聞かされたのだろう。
「いいさ。俺としても好きでしたことだからな。アイザックは……これからどうするつもりだ?」
尋ねると、少し返答に間があった。
『……テレジアを、作戦にこれ以上関わらせるのはな……。ゴファールに帰らせたらまた同じことの繰り返しか、下手をすれば始末される。だから……ソーヤ達に不満がないなら交渉役には僕が立とう。テレジアは行方不明で、僕は戦闘能力が乏しいから見逃されたとすれば理屈だって通るさ』
「そうか……。俺達を信じてテレジアを預けてくれるってことだな?」
『ああ。あんな……凄まじい戦いをしてまで、あの子を助けてくれた。僕のこともだ。それを信じない理由がない』
「なら……俺達としてもアイザックを交渉役として信じよう」
一先ず……アイザックと顔を合わせて話をするか。ソフィアが同席すればアイザックが信じられるかどうかもすぐにわかるだろう。
一旦アイザックとの通信を切り、エデルガルトに話をする。
「というわけで、少しアイザックと話をするからテレジアのことは心配だろうが待っていてくれ」
『わかりました。その……彼女に謝りたいのですが、私はゴファールの王族ですから……。テレジアさんの許しがない限りは近付かない方がいいのかも知れません』
「……わかった。目を覚ましたら体調を見て……了承を取ってから改めて顔を合わせる場所を作ろう」
『ありがとうございます』
そのまま俺達はアイザックと草原で話をする。
改めて偽名ではなく本名を伝えると、アイザックも名前だけでなく肩書きも含めて自己紹介をやり直してくれる。
「僕は宮廷魔術師の弟子として、研究棟に出入りして師匠の研究の手伝いをしていたんだ。テレジアはその頃から施設に出入りしている子で……その時は何をしている子なのかと思っていた」
その時は何をしている娘なのか、同期の門弟達や研究者も含めて誰も知らなかったそうだ。ただ、行動の自由は許されているようだったので、どこかのお偉いさんの娘だからそういう自由が許されているのかと思っていたらしい。
「多分……僕がこうして命令を受けて派遣されてきたのは、研究棟の中でテレジアと一番いい関係が築けていたからだと思う。あの子は、精霊の力を解放すると好戦的になった上に感情表現が直接的になるから、関係が悪い相手だと上手くやれないと聞いた」
「なるほど……。関係性によっては細かい指示を出してやり取りっていうのは無理だと思われたってことか」
アイザックの話は、宿屋で使いの女との会話内容と一致する。単なる戦闘員としてテレジアを送り出すだけならまだしも、今回はヴァルカランの調査や、その状態によっては接触、交渉の役割も期待されていたから、テレジアと良い関係を築けているアイザックが指名されたということなんだろう。
「ああ。だから……僕に関して言うなら、あまり君達に喜んでもらえるような、大した情報や権限を持っていないんだ。落胆させてしまったらすまないが……僕の立場でできることがあるなら協力はするつもりだ」
「いや、そのつもりがあるのなら助かるよ」
そんな話をしている内にも幽霊や亡霊騎士達が空を飛んでいく。周囲を警戒するように飛んではいても襲ったりはしてこない。森や草原--周辺に警戒網を敷いてくれているのだ。
そのことにアイザックが目を瞬かせながら周囲を見回していると、亡霊騎士達を引き連れてソフィアが飛来する。喪服の少女がふわりと重さを感じさせずに空から舞い降りてきて、アイザックを見て挨拶をする。
「ご機嫌よう。ヴァルカランの王女、ソフィア=ヴァルカランよ」
「王……女……」
アイザックはソフィアの自己紹介に呆然とした後、はっとしたように居住まいを正して名を名乗っていた。
「本当に……呪いが解けていらっしゃるのですね」
「不滅でなくなったわけではないから、完全に解放されているわけではないけれどね」
アイザックの言葉にソフィアは少し肩を竦める。不滅の呪いが残っているという情報を渡すというのは、寧ろゴファールにとっては牽制として働くだろう。憎悪に任せたまま攻め立てられるという危険はなくなったが、結局ヴァルカランを攻め滅ぼすことはできないということを意味するからだ。アルタイルやそこに付随する俺達の技術もあるということで尚更だ。
代わりに、理性が残っているからテレジアでなくとも会話や交渉は可能になった。もっとも、こちらからのゴファール王家に対する印象は最悪だが。
「とりあえず、生者に対して無理矢理憎悪を向けさせられるという事はなくなった」
俺が言うと、アイザックは自分が襲われないというのを確信できたのか、頷いて周囲を見回す。周囲を警戒している亡霊騎士達の、その様子を確認する余裕も出てきたようだ。
「あの子は後方でメアリが治療に当たっているわ。まだ意識は戻っていないけれど、容態は落ち着いているようよ」
「状態はこちらでも遠隔でモニターしていますが、通常の睡眠状態という診断結果ですね。以後も注視しておきます」
ソフィアとエステルの言葉に、アイザックは安心した様子だ。
「そう、ですか。あの子のことをよろしくお願いします」
「まあ……その辺は信頼してもらっていいわ」
ソフィアは目を閉じて頷くと、アイザックを見て言葉を続ける。
「それで……交渉と言っていたけれど、ゴファールの要求としてはヴィルム神殿とエルムディア神殿の呪いを解いて欲しいということかしらね?」
「そう……なるのでしょうね」
「それに関しては彼女の意見を聞いた方がいいわ。あれはヴィルム神が放った呪詛を返した結果だったと聞いているけれど」
ソフィアがエステルを見て言う。エステルはと言えば、静かに答えた。
「そうですね。正確には呪詛返しとは違いますが、マスターの命を狙ってヴィルム神の分霊が放った呪いを防いだ折にカウンターを繰り出したものです。分霊から本体、本体から神官……更に他神殿へと飛び火したようですが、これは……カウンターに対しては何もしない方がいいという忠告を無視した結果でしょうね」
「その解除という点での交渉は……」
「巻き込まれたであろうエルムディア神殿はともかく、ヴィルム神殿に関しては……解呪そのものは相当な条件でないと認められませんね。ヴィルム神自身がマスターの命を直接狙いましたし、その加護を受けた騎士達の部隊も戦いを持ち込んだ相手ですので」
「それは――しかし、神がそのような状態では信仰が滅び、ヴィルム神自身も……」
はっきりとした拒絶の言葉に、アイザックは驚きの表情を見せながらもそう言った。しかし、エステルの意見は変わらない。首を静かに横に振る。
「神霊が信仰を失うと……消滅でもしますか? その結果としてヴィルム神殿も諸共に消えるのなら、それは仕方のないことです。そもそも――マスターを無用な戦いに巻き込むものを私は嫌いなんですが……。あの神は、ゴファールの軍神として存在意義という根本の段階から征服と侵略を前提にしていることを、ヴィルム神殿の教義が示している。そういう存在であることを神殿全体が改めない限りは、どうしようもありません。存在し続けるために征服と勝利を求める存在なんですから」
エステルはアイザックを見てほんの僅か遠いところを見るような目で言った。その言葉は全て本気だというのが伝わったのだろう。
そう……。そうだな。多分ずっと、そういう想いはあったんだろうし、昔からエステルにとっての逆鱗はそこだった。金属生命体群相手では言っても仕方がないから胸に抱えて、ただただ俺の支えになり、共に生き延びるための力になろうとしてくれていた。
存在意義という言葉も。エステルにとっては、人の口にするそれよりも、重い意味合いを持つものだろうしな。




