第101話 託された想いと共に
「あれは――」
見覚えのある風景だ。それはゴファール地下の祭壇。そこに子供が連れて来られる光景。痩せて、粗末な服を着た貧しい子供。子供。子供。その子供達の中には今よりもずっと幼いテレジアの姿があって。
脈絡もなく浮かび上がるのは、いつかの、誰かの記憶か。
そんな景色の中でもルクスワールは止まらない。弾幕と斬撃を応酬する中で、映し出される景色が変化していく。
地下祭壇で行われた魔法儀式の光景。集められた子供が血を吐き、倒れて苦しんでいた。動かなくなる。生き残った子供も、精霊の力を振るった途端に倒れ、自らの力に耐えられずに倒れていく。
『な、んだ……これは』
『テレジア……ちゃん。こんな……』
それが何を意味する光景なのかを理解した、アイザックやエデルガルトの血を吐くような声。
そう。それはきっと、記憶だ。魔法実験に使われた子供達の記憶。
生き残ったテレジアは、よく分かっていなかった。力を振るって尚、生き残った子供――テレジアに対して、周りの大人達が喜んで食事を、服を与えて。魔物を相手に能力を示せという。魔物を、魔族を狩れば。食事が、服が与えられた。がりがりの身体で、パンをむさぼる。
《あの子らは意味もなく》
《無為に失われた》
《奪われたのだ。だから》
誰かの声が響く。周辺に広がる光と闇の精霊の魔力の中で。
《だから私達は選ぼう》
《我らは選ぼう》
《そうしないと、助からない》
《この幼子は、きっとまた命を落としてしまうから》
ああ。そうか。テレジア自身もいたから分かっていたことではあるが、この記憶は、テレジアのものではなくて。
斬撃に斬撃を重ね、干渉の火花を散らし、闇の刃によって減衰が起こる前にスラスターを吹かしながら蹴り脚を繰り出し、一気に間合いを離す。
《この子を助けられるのならそれもいい》
《我らは我らであることを捨てよう》
《知恵を、心を捨て、私の心の代わりに希望を失わずに戦えるような……強い心を与えよう》
《ならば我は悲しまずに済むように、何事にも惑わぬ安らぎの心を与えよう》
彼女に取り込まれた光と闇。精霊達の記憶だ。だからテレジアを外から見ている視点とテレジアの内側に宿ってからの……主観の視点がある。
……きっと、人間が。子供が好きな精霊だったのだろう。二面性を有するテレジアの今の性格を形作るものも。彼女達が願った心の形で。
《だからいつか誰かが、この子のことを助けてあげて欲しい》
《それが我らの最後の望み》
《それまでは、戦って戦って戦って、生きていて欲しいと願う》
《どうか誰かに、この想いが届かんことを願う》
そうか。ああ。そうだな。
その望みは、確かに受け取った。精霊の力を放出したことで届いた。せめて願いを込めた言葉や記憶だけでもと……想いを残してくれていたのだ。それを、絶対に無駄にはしない。
「エステル」
「はい。テレジアさんの位置――コクピットの座標は把握しています。どんな攻撃であれ、彼女のことは守って見せます。無論、マスターとアルタイルのことも。出力制御はこちらで」
「ああ」
本当に。何をしたいとも言葉にせずとも察してくれるものだ。エステルの返答に、口元に笑みが浮かぶ。
「――クロックアップ。同時にリミッター解除」
俺の言葉と共に。双剣を受け止めたプラズマトーチから噴出しているエネルギー量が爆発的に増える。瞬間的に増大した凄まじい熱量から身を守るようにルクスワールは身体に闇の防御幕を纏って後ろに向かって飛翔し、距離を取る。
エネルギーを拡散、減衰させる闇の防御フィールドだ。攻撃だけでなく、防御にも使えるらしい。間合いが開いた瞬間には、出力を増大させたスラスターを吹かし、凄まじい速度でアルタイルは天高く舞い上がっていた。それを捉えようと光弾と闇の炸裂弾が放たれるが、慣性を振り切ってジグザグに飛ぶアルタイルに対し、まともに狙いは定まらない。
大気の壁を突き抜けて、無茶な制動に伴う強烈な重力の負荷が身体を軋ませる。
正面から頭上。頭上から背後へと。回り込んで肉薄する。プラズマトーチの斬撃圏から逃れようとルクスワールは反応するが――。
「ここだ」
背部ユニットに接続されている修復された兵器を回転駆動させて構え、正面方向に向ける。すれ違いざまに、それを放った。
ようやく1門のみ修復が終わったアルタイルの副兵装。荷電粒子砲。それの出力を調整したものだ。細い針のような光芒が直上からルクスワールの左肩を撃ち抜いていく。
有効射程も攻撃の起点も攻撃の軌道も、プラズマトーチとは違う。これまで見せて来なかった一撃。最速、最短距離を突き抜ける荷電粒子砲は、完璧な不意打ちを以ってルクスワールに突き刺さった。
闇魔法の防御フィールドも間に合わず、ルクスワールの装甲も、内部の関節部も。諸共に荷電粒子の光がぶち抜いていく。
直上から放たれた荷電粒子はそのまま射線上のものを貫き、地面に突き刺さる。凄まじい熱量を叩き込まれた大地が一瞬にしてガラス質化し、水分が蒸発して爆発を引き起こした。
一瞬にして左腕を吹き飛ばされたルクスワールが手あたり次第に光芒と闇をばらまき、こちらを斬撃で捕えようと長大に伸ばした光の剣を振り回す。
しかし、そこには既にアルタイルはない。慣性を嘲笑うかのような戦闘機動で斬撃も弾幕も振り切って飛翔する。方向を変える度に空気の壁を突き破り、衝撃波が発生するも、防御フィールドが完璧にアルタイルの機体を保護している。
『排除対……の戦……大……危険……速や……な排除を』
片腕を失ってもルクスワールは構わず動く。背中の水晶翼がひときわ強い光を放ち、精霊の強い魔力が放出されたかと思うと、周囲――この辺一帯から光の粒が伸ばした右掌に向けて、集束していくのが見えた。
同時に光を奪われた空間にいくつもの黒い穴が開いた。その闇の間を縫うように飛ぶ。周囲の空間から光を集め、負の空間を生じさせて障壁へと変える。こちらの動きを阻害する上に、攻防一体になっている。
離れた位置から荷電粒子砲を撃ち込んでも、間に闇の空間を構築させられて減衰させられてしまうだろう。その状態では例え本体に命中させても先程のような損傷は与えられまい。
手の中で太陽のような輝きを放つ光の魔力は、今にも放たれようとしている。
周囲の空間に更に無数の黒穴が生まれて飛行を阻害されている。迂闊な避け方はできない。左腕を失ったというのに、高まる力はこれまでとは比較にならない程大きなものだという計測結果を出しているのだ。
あの攻撃を放つと決めた時から、テレジアは既に勝負に出ている。まともに戦っては速度に追いつけず、こちらの攻撃を防ぎきることができないと。
仮に黒穴を避けて飛び回り、いざ光弾を放たれた時に射線上にエルフの森や開拓地、アイザック達の逃げた場所があっては目も当てられない。いや、推定される威力から言って、地上に水平近い角度で撃たせるのも危険だろう。
だから。こちらは射線上に何もない空間――空を背するように高度を上げる。エステルがアルタイルの周囲に光のラインを走らせ、魔力を奪われないように制御可能な領域を構築していく。
こちらが支配する領域の、更に外を囲うように。黒い穴が無数に開いて檻を作る。
「……精霊騎士と契約精霊は――互いを信頼することで力を引き出すらしいな」
「ソフィアさんとルヴィエラさんはそう言っていましたね」
少し笑って言うと、エステルも笑って応じた。
「でしたら信頼していますよ。世界にある何よりも」
「ああ。俺もだ」
笑って答える。そんな言葉と共に。エステルの精霊としての力が増幅する。俺自身も内側から魔力が高まり、溢れてくるのが分かった。
ああ。そうだな。俺自身の魔法や精霊騎士としての在り方はまだまだ分からないことも多いが――。
アルタイルの装甲表面に光のラインが奔る。コクピットのある胸部ハッチから、両腕――マニピュレーターへと。正面に突き出したマニピュレーターの中に煌めきが蟠ったその時だ。
眩い白光がルクスワールから放たれた。
防護フィールドに力を回す。凄まじい光の奔流をアルタイルは正面から受け止めた。元より展開している防護フィールドと。エステルの構築した防壁とで受け切る。
ルクスワールの操る光と闇。どちらに対して俺達が対処しやすいかと問われれば、それは攻撃手段としての理屈が分かりやすい光の方になる。
光の位相を揃えて放ち、熱量で焼き穿つそれは、俺達の知るレーザー光と原理は同じだ。こういう、本来なら回避不能の武器であってもASFが対処できるのは攻撃予測線で事前に察知して避けられるからであるし、展開している防御フィールドが熱量を逸らしてしまう。長時間照射されるような事は戦闘機動中ならまずありえない。
だから。
本来なら装甲も内部構造も焼き尽くすようなレーザーの只中にあって、アルタイルは健在だった。
以前までのアルタイルにはなかった防御法――エステルのハッキング魔法によってもう一枚の防壁を構築できる。それらで光を乱反射し、位相をずらし、熱量を拡散させて逃し、光学兵器に対する防御フィールドの効果を段違いに引き上げる。
防壁の力を引き上げて凌ぐ。それでも魔法の光は物理的な法則のものとは差異があるのか。アルタイルの周辺に無数の干渉波の火花が散って、機体がびりびりと揺れる。
そんな光の海の中でアルタイルはその形態を変える。
テレジアがありったけの巨大なエネルギーを相手に向かって放出し、叩きつけている今は、アルタイルとルクスワールの間に障害になるものは何もない。闇の障壁は、このエネルギーに満ちた空間内部に両立しえない。
「行く……。あの子を解放するぞ……!」
「はい……!」
スラスターと補助ブースター。その全てを前方への推進力に変えて。アルタイルは白光の海を突き進む。
光の中で思うのは、先程の精霊達の願いだ。精霊の力がこの光にも宿っているというのなら。
互いの力を通して、俺達の想いだって精霊達の力に触れているということになる。
思うのは、先程の精霊達の願いに対しての俺達の答えだ。お前達の望みを叶えてやる。テレジアが、静かに笑って暮らせるような場所を知っている。そんな場所に、なってやる。
「だから、もうこんな力を使わなくてもいいんだ」
そんな思いを込めれば、心なしか圧力が弱まったような気がした。そのまま光の奔流を遡り、その根源へと至る。光を突き抜けて現れたアルタイルを見て、ルクスワールと――その奥にいるテレジアと、一瞬視線があったような気がした。
プラズマトーチを展開してすれ違いざまに突き抜け、瞬時に変形しながら斬撃と射撃を繰り出す。頭部を荷電粒子砲で吹き飛ばし、コクピットを避けながら四肢を、胴を斬り飛ばし、穴を穿つ。
エステルの熱量制御と構造把握は完璧だ。アストラルナイトの設計を念頭に置いた上で、テレジアには何の熱量も行かないよう、アストラルナイト自体が爆散しないように状況をコントロールしてくれている。防護フィールドをマニピュレーターに纏ってコクピットハッチを掴んで引きはがせば――そこにテレジアの姿が見えた。
「VR制御技術の応用で、意識を奪います」
「ああ」
VRマシンなどを使っている時は夢を見ているようなもので、肉体は意識に連動して動くことはない。それを戦いに応用すれば、相手の認識を。五感を掌握することができるということになる。
勿論、これは戦いの中で活用するには条件付きの力だ。魔法に対する抵抗力というものはある。より確実に効果を発揮させるなら接触が必要で、その条件を満たした上で尚、干渉力や抵抗力での勝負に勝つ必要がある。
それは精霊同士での格や力量、調子だとか手札に対する対策だとか、様々な要因の絡むものではあるが――。
勝算はあった。何故かと言えば、それはテレジアの身体に宿る精霊達の力が、想いが、テレジアの勝利ではなく、平穏と生存を何より望んでいるからだ。そして俺達は、テレジアを殺すために戦っているわけではない。
「届きました……!」
エステルの言葉と共に。四肢を失って尚、周囲で荒れ狂っていた精霊の力が急速に失われていった。




