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残すところ、あと2話となりました。
全てを話し、強く生きる事を決意した華菜。
しかしただひとつ、どうしても伝えられない想いを残し、真山との最後の日を迎えます。
静かに夜が明け、辺りに鳥の鳴き声が心地良く響く。
華菜はいつになく穏やかに目覚めた。テントの外は、もう明るい。北海道で過ごす最後の朝を実感すると、ここまでの旅の思い出が、脳裏に鮮明に浮かんだ。
…どうすればいいの?
真山と出会ってからずっと、自問自答を繰り返してきた。
「優しく温かい人を最後に。」
その、『最後』の持つ意味は何なのだろう? 旅を終わらせる? それとも全てを? そう言いながら、何も終わらせたくない思いまでもが心の中に溢れ出した。このままこの人と旅を続ける事が出来たら、どれだけ幸せなのだろう? そんな思いまでもが。
底抜けに明るい様で、実は閉ざされていた心。それは今、漸く開いた。降り注ぐ明るい光を全身で浴びる。そして、開いた扉から体の奥まで浸透していく。
…これでいいんだ。ううん、違う。こうじゃなきゃダメなんだ。ジローさんには素敵な奥さんがいる。だから幸せでいて欲しい。そして私は私の…
…新しい人生の一歩を踏み出すんだ!!
優香里と電話で話す真山を見て、いつもヤキモチを焼くかの様に不機嫌になっていた。それはもう、昨日までの事。燻っていた物は全て削ぎ落とした。2人で過ごす最後の朝、華菜の表情はとてもスッキリしていた。
「おはようございまーす! だるまでーす! 長い間、ジローさんをお借りしました。ご心配をおかけしました。ごめんなさい。」
「妻と話すのに、ジローはやめてくれよ。ははは…」
「え? ジローって、もしかしてあの? 嘘〜、そんなカッコよかったぁ? でも似てるかも! もう可笑しい! うふふふふふ。」
優香里と華菜。2人はこの電話で初めて話した。横でその会話を聞いていると、お互い屈託がなく、どことなくコミカルにさえ感じてしまう。真山の顔にも思わず笑みが溢れた。
漂うコーヒーの香り。カップを握る手に注ぐ朝の日差しが、2人の心を豊かにした。
ゆっくり朝食の時間を取る。
パン、そしてサラダ。繰り返してきたキャンプ場での食事も、この時ばかりは旅の思い出と共にしっかり噛みしめる。甘く優しい味がした。
富良野から苫小牧までは、約3時間。大洗行フェリーは18:45に出航する。チェックアウトの時間ギリギリまでゆっくりし、しっかり体を整える。
華菜はスマートフォンを操作し、チケットを購入した。
「そろそろ行かなきゃ。」
「もうチェックアウトの時間だね。」
ランタン、焚き火台、シングルバーナー、クッカーにシュラフ。旅の間に買ったキャンプ道具をまとめ、バッグに入れる。テントと椅子をたたみ、括り付ける。これらは皆、真山との旅の思い出。無くしてはいけない大切な宝物だ。
丸々1週間。いや、出発から数えると、もっと長い。華菜も、これだけの期間テント泊を続けてきた。パッキングも手慣れていた。
「忘れ物はないか?」
「大丈夫。」
「やり残した事は?」
「ジローさんとのチュー。」
「バカヤロ!」
…きゃははははは!
2基のエンジンが、心地良い和音を奏でる。2人で走る最後の1日だ。
プスッ…
「ん!?」
…きゃははははははは!!
「エンストこいてんじゃねえよ! あははは。」
華菜は初心者ライダーだが、おぼつかない運転もこの旅ですっかり慣れ、上達していた。よくここまでしっかり走ってきたものだ。
国道237号線を南下し、占冠から夕張へ。かつての炭鉱の町を掠め、夕張川に沿って走る。その地名は赤肉のジューシーで甘いメロン、“夕張メロン”の産地として全国に知られる。
そんな町を駆け抜ける2台のバイク。
鮮やかな若葉の緑は眩しく映え、風を切れば全身に爽快感が生まれる。
華菜の心にも、そんな事を感じるゆとりが生まれていた。
…この1週間、ずっとこの背中を見て走って来たんだ。
長い様で短かった1週間、華菜は真山の背中に何を重ねて来たのだろう?
同様に、真山にとっても長い様で短かった1週間だ。いつもミラーには華菜の姿があった。いつしか、そこに安心感を覚えていた。そして、我が子でもあるかの様な愛おしささえも感じていた。
…嫁ぐ娘を送り出す父親? 何言ってんだ、俺は。はは…
「私でもこんなに笑えるんだ。」
華菜は、そう言った。
それは、真山だって同じだ。心から笑う事など、随分長く忘れていたかもしれない。華菜と旅をし、話し、遊ぶ事で、ふと気付く事が出来た、笑っている自分。
…俺も、だるまに笑う事を思い出させてもらったのかもしれねえな。
華菜がフェリーに乗り込めば、もうお別れだ。時が流れるにつれ、淋しさを感じずにはいられなくなる。
追分から国道234号線に入り、苫小牧市内へと入る。巨大な船が接岸する苫小牧港で、2人はバイクを停めた。
「ここから、あのフェリーに乗るんだね。」
そう言うと、華菜は小走りで窓口へと向かい、乗船手続きを済ませた。手にした乗船券を見ると、その場で足を止めた。
思い出が涙と共に、一気に溢れ出した。
函館へ向かうフェリーでの真山との出会い。少し面倒くさげな表情。しかし、付いて行く自分を拒まなかった優しさ。
キャンプでの過ごし方や料理、道具の使い方までをも教えてくれた、夜の宴。
オロロンラインから見た夕陽。一度は訪れてみたかった宗谷岬。子供の様に遊び、笑ったトロッコ。
全てを受け止めてくれた温かい笑顔。
真山に伝えたくても伝えられない思いを抱え、華菜は待合室の伝言板に向かった。
『ジローさん、あなたは私の…』
溢れる涙で文字が滲んだ。しかし、これが最後とばかりに涙を拭い、想いを込めて記した。
『ジローさん、あなたは私の命の道標。大切な道標。大好き!! ありがとう。』
乗船待ちの駐輪場。大洗行フェリーが、その巨体も誇らしげに乗船客を待っている。
2人は自身の相棒であるバイクにもたれかかり、しばし言葉もないまま、それぞれ旅を思い返した。何度も、何度も思い返した。
そんな沈黙を破り、華菜はそっと声を発した。
「もうお別れだね。」
………
………
「ああ…そうだね。」
………
………
言葉と言葉の間が、自然と長くなる。
お互い同じ方向を見つめる。顔を見ると淋しさが込み上げそうだ。華菜の乗る船を眺めるように、その場を取り繕ってみた。
………
………
「ありがとう。」
「俺の方こそ。」
………
………
「また…」
「ん?」
「また、会えるかな?」
「ああ………会えるさ。元気でいれば、きっと。」
「どこで?」
「日本のどこかで…ね。」
静かに緩やかに時は流れ、出航時間が近づく。
「オートバイで乗船の方、乗船口へ移動願いまーす!」
係員の声が響く。華菜はゆっくりとヘルメットを被った。
「じゃあ、行くね。」
「家に着くまでか旅だぞ。気を付けてな!」
「ヤエー!」
「ヤエー!」
去りゆく華菜の後姿を、真山は目で追い、見守った。
やがて彼女は、フェリーの車両甲板へと吸い込まれていった。
「今、船に乗ったよ。」
「そう、良かった…」
淋しさを紛らすかの様に、優香里に電話をかけた。何となく、涙声が聞こえた気がした。
18:45
出航のドラが鳴り響く。
ロープが解かれ、大空を突いて高らかに汽笛が鳴る。船はエンジンを唸らせ、ゆっくり岸壁を離れた。
真山は、華菜を乗せた船を、その姿が見えなくなるまで見送った。
華菜は船に乗り込んだ後、最後まで甲板に姿を見せる事はなかった。
…きっと、もう振り返らずに進んでいこうという気持ちの現れなんだ。
真山はそう信じ、心の中でエールを送った。
読んでいただき、ありがとうございます。
「日本のどこかで…」
旅人同士のお別れでこんなセリフを言えたら、なんて素敵なんでしょう。
いよいよ次回、最終話になります。




