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最終話です。
1人旅に戻った訳あり旅人・真山敏。
様々な想いを、一気に大放出し、自宅へと帰ります。
その結末はいかに?
…人生を山登りに例えたとしたら?
太平洋岸を襟裳岬へ、そして霧多布へと、東へ向かいながら、ふと思った。
人は山頂を目指し、道とも言えない道をひた歩く。
突如、目の前に崖が立ちはだかる。人は更に上を目指そうと、その崖に挑む。攻略するのは容易い事ではない。時に人は、崖から転落し、挫折する。
だがしかし、そこに迂回する道があったとしたら?
「回り道でいいじゃん。」
華菜がボソッと呟いた一言。
目の前に崖があれば、乗り越えなければいけないと思っていた。乗り越えるのが困難であるなら、そのために必要な何かを探し、模索し、そしてその果てに漸く山頂に辿り着けるものだと。
真山はそう信じていた。いや、真山のみならず、誰もが思う事なのかもしれない。
けれども、転落したその場所、挫折したその場所から、もし新しい迂回路を見つける事が出来たとしたら? そうしたら人はきっと、無理をせずにその道を選ぶだろう。
どれだけ時間を要するかは問題ではない。どれだけ少ないリスクで山頂に辿り着けるかがポイントだ。その迂回路からは、自身が転落した崖の全容を別の場所から見、何故転落したのか、何が邪魔をしていたのかを知る事が出来るだろう。つまりそれは、己を知る事に繋がる。
そうして山頂に…いや、ちょっと待て。果たして山頂になんか辿り着く必要があるのだろうか?
例えば、その道の途中で“幸せ”という名の絶景を見る事が出来たとしたら、それ以上何を望むというのだ? 幸せ以上の何を?
…そうだ。目標とする場所に辿り着くには…
…何も要らないのだ!!
道具なんて要らない。そこに道さえあれば、進んで行ける。その道標に従えば、きっと辿り着ける。
今この時、ずっと探していたものを見つけた。
「優香里…」
もうこの旅を続ける必要はなくなった。今すぐにでも、妻・優香里に会いたい。焦る気持ちを抑えつつ真山は、西へ、小樽港へと、進む方向を変えた。
思えば、今まで何事も他人軸で物事を考え、生きてきた。
もっとクールに、自らの結果のみを重んじる事が出来たなら、レース中のライバルの怪我もチャンスに変える事が出来ただろう。
会社だってそうだ。業績回復の手柄を寺本なんぞに奪われる事などなかったはずだ。
だが、それが出来なかったから、今、ここに居る。
しかし、過去を悔やむのは無意味だ。過去があるから今があり、そして、ここから未来を創り上げていけるのだから。
生き様は十人十色。誰1人として同じ人生を歩んでいる者はいない。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、全て自分だけの経験。後になって笑顔で語る事が出来たなら、それはきっと宝物になるだろう。
真山がこの旅で出会った、華菜という女性。
その出会いから、彼女の生まれ変わろうとする瞬間、強く生きようという意志の芽生えに深く関わった。そしてその時、自らも自分らしく生きる術に気付いた。だから困難に直面した時も、乗り越えるための最適なルートを見出して行けるはずだ。
6月に入り、本州は既に梅雨入りとなっていた。前線の活動が活発になり、フェリーは新潟以西が欠航となった。真山も新潟で下船し、降りしきる雨を突いて走る。
辛いとは感じなかった。ここを乗り切ったすぐ先に、安らぎがあるとわかっているのだから。
長い道のりの中でいつしかその雨も止み、雲の隙間から青空が見え始めていた。
いつも通っていた道。
見慣れた街の風景。
真山は、優香里の待つ家へと帰って来た。
「ただいま。」
「お帰り。」
いくつもの思いが、感情が、一気に溢れ出し、思わず優香里を強く抱きしめた。
「ただいま。」
「今、それ言ったよ。」
「そうだな……ありがとう。」
「うん。」
苫小牧のフェリーターミナルの伝言板に記された、華菜の言葉。あれから1週間後、それは係員の手によって消され、その瞬間に、真山の“自分探しの旅”は全て終わった。
「ねぇ、怒らないでね。」
「何だよ?」
「ジャーン!!」
「え!? 何だ!? 免許かよ? え!? 取ったんだ!!」
真山が旅をしている間に、優香里は二輪免許を取得していた。自分もバイクに乗って一緒に旅をしたい。人生観が変わる程の、楽しく素敵な旅を。そんな想いを形にした。
時を同じくして、真山のレーサー時代のスタッフであったショップの店員が、独立してライディングスクールを開校したと連絡をくれた。サーキットを利用してスポーツライディングから安全運転を学ぶという、レーシングスタッフらしい視点のスクールだ。
これは、優香里にとってもグッドタイミングだ。このスクールを受講して、運転操作のレベルアップを図りたいところだ。
一方、それはスクールにとっても都合良く、真山はデモンストレーターとして招かれた。
元全日本ライダー。その走りを目の前で見られるだけでも、受講者募集へのPRになった。
懐かしいコース。鈴鹿サーキット。
焼けるアスファルト。オイルの匂い。何台ものバイクが奏でる心地良いサウンド。
「奥さん、上達しましたね!」
「うわぁ! 嬉しい!!」
「あんまり煽てないで下さいね。まだまだへっぴり越しなんだし。」
「何よ! 意地悪ばっかりぃ。」
…ははははは!
「じゃあ真山さん、そろそろお願いしますね。」
穏やかな初夏の日差しに包まれ、真山はコースインする。スタッフが用意してくれたのは、あの鈴鹿でのレースで乗っていたレーシングマシン・RS250R。真山の好みにセッティングされたそいつは、かつて世話になったレーシングアドバイザーが手がけたものだった。
2ストロークエンジンの甲高いエキゾーストノートが響く。
「やっぱり凄い!! スピード、落ちてないや!!」
スタッフ達が、叫ぶように声を上げる。
フロントが浮き上がりそうな加速。フルスピードからの強烈なブレーキング。倒し込みから一気にスロットルを開けると、リヤタイヤがスライドしながらマシンが向きを変え、コーナーを立ち上がる。その速さは、優香里をはじめスクール受講者達の度肝を抜いた。そして、その怪物マシンを操る真山は、かつてない程に生き生きとしていた。
「じゃあ、帰りますね。」
「ありがとうございました! 奥様のために、ゆっくり走って帰って下さいよぉ!」
「飛ばさないよ。これからは、妻をしっかり引っ張って走るんだ。SLだよ、ははは。力強くてカッコイイぜ。俺はもう、新幹線みたいに速く走る必要もなくなったからね。」
「上手な例えですね。ははは!」
真山は自分のバイクに乗り換え、ゆっくり走り出す。その後には、初心者ライダーの優香里。今、ミラーに映るのは、愛妻である優香里だ。
…もう悩む事も迷う事もない。急ぐ必要もない。ゆっくり、ゆっくりと、力強く引っ張って行ってあげようじゃないか。
楽しい週末が過ぎ去り、翌日からは仕事が始まる。
次の週末にも、また優香里を連れて走りたい。その気持ちがあれば、辛い事があろうと頑張れる。
その仕事でガッシリ腕を組む相手は、分かり合える友・姫島なのだから。
…山頂になんか辿り着かなくていい。絶景の見える場所は、もう目の前さ。
「これ、覚えてる?」
「うん、福岡で面白い人と知り合ったんだよな。その人が描いてくれた似顔絵…だね。」
自宅の押し入れに、額に入れて仕舞われていたイラスト。真山の笑顔。
笑う事も出来なかったはずの真山の、何故か明るい笑顔。
「これ、うふふ…飾ってもいい?」
「え? ちょっとそれは…ははは。」
「いいじゃない。だって、今のあなた、うふっ…ほら、そっくり!」
完
如何でしたか?
「自分探しって何だ? 自分はここに居るんだ。」なんて、序章にも書いています。でも、旅でなければ気付かない“いつもと違う自分”というのも、確かに居るのではないでしょうか。
本当は、旅に理由なんて要らないでしょう。
でも、「人生観が変わる」なんて言います。旅をする事で、それまで見た事もなかった景色や人の営みを知り、新たな知識を得て、人は成長出来るのかもしれません。
そんな刺激を求めて旅に出る。それが“自分探しの旅”なのかな?と、私は思うのです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




