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訳あり旅人・真山敏と謎の旅人・白崎華菜。
前話で、とうとう真山は動きました。
華菜の背負っているものとは?
「何で…こんな俺なんかについて来る?」
華菜は青ざめた。
………
………
長い沈黙。
心の中で幾つもの思いが交差し、複雑に絡まり、大きく膨れ上がる。胸が破裂しそうな程に打ち付ける激しい鼓動。
…訊かなければ良かったのか?
暫くの間、2人はお互い言葉を失っていた。
「そ、そうよね………見ず知らずの人に………おかしいよね。」
…いや、そんな意味じゃない。
「お邪魔なのはわかってた。うん、わかってたの。あのね、実は私ね…」
凍りつくような空気感が、その場を取り巻いた。その中で華菜は、今まで言えなかった真実を必死の思いで話し始めた。
幼少の頃より、アイドルになる事を夢見た華菜は、アルバイトで金を稼ぎ、17歳でオーディションに応募した。
自信たっぷりで舞台に立つ。屈託のない笑顔も魅力だが、それ以上にダンスの技術や創作力を遺憾なく発揮し、これらが高評価を得た。
華菜にとっては予想以上の評価だが、その実力を見れば当然と言える結果だ。
そして、審査員の大絶賛のもとに合格した。
だが、事はすんなり行かなかった。
「お前には無理だ!」
両親はそう言って大反対した。
…何が無理なの? 私なら出来るよ、絶対に!
折角掴んだチャンスを逃すまいと、華菜はその想いを一生懸命に伝えた。声を荒げる父親の前でも、決して涙を見せる事なく熱き想いを語った。
「そこまで言うなら承諾書書いてやる。ビッグになるまで帰ってくるな!」
華菜はテーブルに叩きつけられた書類を手に家を飛び出し、東京の合宿所に住まう事になった。
こうして全てを捨て、夢に向かって走り始めた。華菜は持ち前の性格からいつも周りを気遣い、同期生達とガッシリ腕を組み、仲間として絆を深めようと頑張った。
ガッシリと…いや、そう甘くはないのだ。
そこは実力がものを言う世界。
実力? 果たしてそうなのだろうか? 実力なら、華菜が完全に優位だった。凄まじいまでにキレッキレのパフォーマンスを見せ、他を圧倒していた。
なのに何故かしっくり来ない。華菜はグループに馴染めず、伸び悩んでいた。恐らく実力とは別の何かが、水面下で動いていたのだろう。
同期生や後輩はどんどん自己アピールを強め、やがてステージの前へと進出して行く。対して華菜は、いつまで経っても後列から前に出る事が出来ない。
仲間との和を大切に…そんな思いとは裏腹に、ついには周囲から置いてきぼりとなってしまった。
華菜がこの現実に気付くには、そう時間を要しなかった。
…他人の事を気遣ってばかりじゃダメなんだ。
もう少しクレバーに行かなければ…そう思った彼女の中に、新たな策略が生まれた。
“バイク女子”
子供の頃から興味のあったバイク。既に、他の事務所に所属するアイドルの中にはバイク関連のテレビ番組やイベントなどで活動する人もいる。自らをワイルド路線に切り替えるべく、華菜はバイク雑誌を読みあさり、情報収集に勤しんだ。
「自分もあんな風に…」
そうして自らを高めるが如く、オフ日に教習所へ通い、二輪免許を取得した。
ところが…
あろう事か、それすら裏目に出てしまう。
華菜の所属事務所では、普通自動車免許は認められるが、リスクが高いとして二輪は禁止。小さく書かれた『※』に続くその但し書きを、彼女は見落としていたのだ。
規約違反。
華菜に処分が下された。免許証は事務所に預けた上で、謹慎。出来る事といえば、合宿所内の他のメンバーの使いっ走り。
同期生にとって、華菜はダンスだけは上手な“面倒くさい存在”と成り下がっていた。共に険しい道を歩んできたはずのメンバー達からさえも、煙たがられる様になってしまった。酷い時には、いじめにも似た陰湿な行為を受けたという。
「いい人もいたのよ。一番前にいる人達なんて、ストイックだけど本当に優しかった。だけど…」
もうそこには居場所などないと知り、華菜はそっと合宿所を去った。
「私、甘かったの。親の言う通り、私にはアイドルなんて無理。仲間を蹴落としてでも自分が前に出るとか、競い合うとか、そんなの無理なの。そんなのじゃなくて、みんなと仲良く、楽しくやりたかった。でもそれじゃダメだったの。そんなんじゃ…」
「………」
「合宿所を追い出されて…もう家にも帰れないし、住む場所もなくなったの。東京で生活なんて考えられないし。」
迷う事もなかった。
所持品の殆どをお金に替え、バイクと旅の資金を手にした。
そしてテントと僅かな衣類を入れたバッグを括り付け、当てもなくただ北へ向かった。
就職して部屋を借りるなどという選択肢は、もう彼女の中にはなかったのだ。
「両親には話さなかったのか?」
「事実上クビよ。そんな事言える? 言える訳ないじゃん!」
「じゃあ、友達は?」
「私、高崎にいる友達を裏切って東京に出たの。ずっと友達でいようって約束したのに、それを裏切って。当然だけど、東京には友達なんていない。私の周りはみんな鬼よ。もう誰も私の事なんか気にも留めないどころか、邪魔者扱いよっ!」
…そんな事はない!
真山はそう言いかけて口を瞑った。その辺りの事情なんて、わかる由もない。ありきたりの慰めは、かえって傷口を深く抉るだけだ。ただ黙って耳を傾けた。
「私ね、ジローさんに会った時、『この人を最後にしよう』って思ったの。」
「俺を? それは何で?」
…何? 最後って何だ!?
「優しくて温かい人を最後にしたかったから。化粧品のポーチ見たでしょ? 私、最期は綺麗になりたいと思ったから…」
…待て! 言うな! それ以上は言わないでくれ!!
「ジローさんと別れたら、もう誰にも会わないまま……」
言わないでくれ…
真山は強く目を瞑り、俯いた。
そして華菜は、泣き崩れた。
静寂が辺りを包み込む。
華菜は、涸れんばかりの涙を流した。
胸が締め付けられる思いで、真山は彼女を見守った。
何も答えてあげられない自分に、歯痒ささえ感じた。
全てを失い、心を寄せる場所もなく、ただひとり苦しみに苦しんだのだろうその表情が、真山の胸を痛い程に突き刺した。
華やかな舞台からの転落。ドロドロした人間関係。自分と似ている様でもっともっと深い傷を、華菜は背負っていた。彼女の周りには、優しい言葉さえなかった。あるのは孤独感のみ。そして、その孤独さえも必死で受け止めようとして、やがて未来までも見失い……
…いや…失ったのは、全てではないはずだ。
…ここまで一緒に見てきたものって何だ?
様々な空想や妄想、考えが、真山の脳裏で激しく目まぐるしく回転する。
…だるまは、失った物以上の何かをきっと掴んでいるはずなんだ。彼女はそれに気付いていないだけなんだ。言葉にはならずとも、それだけは伝えたい。
やがて華菜は、か細い声を震わせながら、再び話し始めた。
「1日1日、夜が来る度にカウントダウンしてた。何もかもが終わる時が、だんだん近づいてきて…」
「………」
「ごめんなさい。私…」
「いいよ、もう何も言わなくて。だるまはね…」
「ううん。私…友達を裏切って、親を裏切って……旅で…旅で出会ったばかりの…ジローさんにまで迷惑かけて、その上裏切ろうとしてたの。
「言うなって…」
「本当に…ごめんなさい。」
「でもね。」
少しの沈黙の後、華菜は顔を上げた。流れる涙はそのままに、その瞳は輝いた。
「ジローさんと一緒に旅してて気付いたの。私でも、こんなに笑えるんだって。こんなに楽しい事が、まだまだいっぱいあるんだって…」
本当は怖かった。自らに終止符を打つなど、怖くない訳がない。
だが、それと同じぐらい生きる事に恐怖を感じていた。何にも喩えようのない複雑な気持ちをどうする事も出来ず、華菜はフェリーの中で出会った真山にすがり付いた。真山がとあるアーチストに似ている事が声をかけるきっかけとなり、それは華菜にとって幸いだった。
そうして真山の後を追いかけ、一緒に見たもの、一緒に走った道、精一杯笑った時間…
「いろいろ思い返したら、私、『もっと生きなきゃ。勇気出さなきゃ。』って思えてきたの。ジローさんが沢山苦労を重ねて来たのは、何も聞かなくても分かったわ。そんな中で一生懸命生きていこうとしてるのも。だから…」
…俺は、何をしてあげた訳でもない。何かを伝えるまでもなく、だるまは、自分自身で気付いたんだ。
「私、帰ります!」
…ハッ?
「高崎に帰ります」
…だるま。
「親には、土下座でも何でもする。家に入れてくれないんなら…」
「くれないなら?」
「庭にテント張ってやる!」
「そうだ! その調子だ!」
「私、最後の選択肢がバイク旅だったの。その選択が、きっと…」
命を繋いだのだ。
バイクに乗り、空気を肌で感じる。不思議なことにこの喜びを味わった者は、ただそれだけの理由で繋がり、仲間となる。楽しみ方は人それぞれ。だけど、バイクが好きという共通の思いが、人と人を繋げていく。
華菜も、その世界に踏み入った“仲間”なのだ。
この喜びを知ったのだから、その先の夢を抱いて、きっとやり直せるはずだ。真山は心の中で、エールを送った。
「私、バイク旅に出て良かった!」
華菜の言葉に、真山は自身を見つめ直した。
自分はこの長旅の中で、今まで同じ様な言葉を発しただろうか? 「良かった」と素直に言える気持ちを、果たして持っていたのだろうか?
…素敵じゃないか。ドン底に落ちながらも汚れない心を持ち続け、思いを飾る事なく言葉に出来るなんて。
「私、高崎に帰ったら一度リセットして、また旅に出るの。次はジローさんみたいに、生きてくための旅に。いろんな人と出会って、いろいろ経験して、私…強くなる! そして、ちゃんと働いて、ちゃんとお金貯めて、優しくて温かい人と結婚して、今度はその人と一緒に旅するんだ。バイクで。」
「わかった。よーし、今夜はしっかり飲むぞ! 付き合えよ!」
「望むところよ! きゃはっ!」
夜は更けていく。
ようやく涙を拭い、華菜は笑った。
ランタンの仄かな灯りだけを残し、2人で過ごす最後の夜の宴が始まった。
読んでいただき、ありがとうございます。
芸能界の裏事情など、作者には知る由もありません。
しかし、これも一企業として捉え、今だに“ブラック企業”などという言葉を耳にするのは悲しい限り。
真山と華菜は共に、そんなブラック企業に苦しめられたという設定になります。
そんな2人が、どの様に光を見出すか? 次回ご期待ください。




