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東院宝物手箱  作者: 馨
我が愛しき茶の道
19/32

十九

 その日から木守りは毎日明里の元にやって来た。

 そして初日と一緒で明里が只管白い布を縫っている所や作業室から見える景色、他の学生の作品を見て回り、美喜が迎えに来たら大人しく帰って行く。

 時々明里に話し掛けてくるものの作業の息抜きになって明里にも心地が良かった。

 木守りと居るとなんだか亡くなった祖父を思い出して懐かしかった。

 孤独に苛まれていた心の隙間が少しだけ埋まった気がした。

 「毎日暇じゃないですか?」

 作業中の休憩時に気になっていた事を目の前の木守りに尋ねる。

 木守りが来る様になってから三日目には座布団をもう一枚家から持って来てそこへ木守りに座ってもらえる様にしている。作業室はあまり人の出入りが激しい場所では無いが、木守りが居る時間帯に明里の作業スペースを見た学生は明里を不思議な目で見て来る。多くの学生には木守りの姿は見えていないのだから当たり前だ。

 今日は日曜で作業室は明里の貸し切り状態なので気兼ね無く木守りに話し掛ける。

 「物に命が吹き込まれて行く瞬間を見るのはいつでも心が震えるものだ」

 木守りの言葉に明里は重ねて申し訳ない気持ちになった。

 「素人の作業風景で申し訳ない限りですが」

 しかもただ只管白い布地を縫って行くという単調な作業だ。色が増えて行くとか形がもっと劇的に変わる様な作業だったら良かったのだが。

 「上手い下手は関係ない。作り手の思いが形に表されること、真がそこに表され、過たず他者に伝わるものこそ価値がある」

 木守りと話していると、物を作りたい衝動が体の奥から湧いて来る。

 良い作品を見て触発された時の感情と似ていた。

 「……木守り様の御本体、早く見てみたいです」

 明里はまだ木守りの本体を見た事が無かった。

 木守りの展示は始まっているが、未だ東院美術館に行って遥に会う事が怖かったからだ。

 付喪神にこれだけの力があるのなら、本体自体もさぞ素晴らしい物なのだろうと想像が膨らむ。

 「儂など見ても仕方無かろう。何せ一度壊れてしもうたからな」

 明日の天気の話しをするような平坦な声音で呟かれた言葉を一度は聞き流しそうになったが、返事をする前にもう一度言葉を咀嚼して聞き流せない言葉だと理解した。

 「壊れた……?」

 聞き間違いや意味の取り違いであることを願って言葉をそのまま反芻すると、木守りが淡々と説明に入った。

 「ああ。儂は関東大震災の時に被災して砕けた。今の身は焼け跡から見つけ出された一片を埋め込まれて再生されたものだ」

 平坦な声で告白された事実はひどく衝撃的なものだった。

 何と言葉を返せば良いのか分からず、何度も声を出そうとしては断念する。

 「儂は長次郎が目指した作品でも、利休が誉めてくれた茶碗でもない。不完全なこの身をどう誇れと言うのか儂には分からぬ」

 初めて告白された事実に明里はただ呆然として聞くしかなかった。


 「ふぅん、なんだか面倒臭い話ねぇ」

 「面倒臭いって……」

 あの後美喜が木守りを迎えに来たので、やはり今回もそれ以上深い話を聞けず、もやもやしていた明里は作業を切り上げて六条の君を所蔵している安恵寺(あんけいじ)にやってきた。

 夏の出会いから安恵寺には何度か訪れた事があり、住職とも顔見知りになった。

 明里は六条の君と並んで縁側に腰掛け、桜や紅葉など色付いて行く庭の景色を眺めながら木守りの話をする。

 秋も深まって来たので、夏には白い単衣姿だった六条の君も肩に一枚羽織っていた。

 「東院さん、今はそんな大物が来てるんですねぇ」

 お盆に三人分のお茶と茶菓子を持って住職がやって来る。

 お坊さんらしく住職の頭はつるぴかで、成人男性にしては少し小柄だ。明里の祖父くらいの年齢らしく、彼も見鬼の才を持っているので付喪神関連のことも気兼ね無く話せる。

 「何、住職知ってんの?」

 白く細い指で六条の君は優雅に湯呑みを手に取りながら住職を見上げた。

 住職は明里と六条の君の間の少し後ろの腰を下ろし、明里の横と自分の前に湯呑みと茶菓子を置く。

 「こちらの茶菓子もその木守り様に因んで作られた銘菓ですよ」

 「え、うそ。何で都合良くそんなお菓子があんのよ」

 「檀家さんが香川旅行に行ったお土産で買って来てくれたんです。箱の中に入っていた説明書きに木守り様の所以が書かれてありました」

 縁とは実に不思議な物だ。住職がお菓子と一緒に持って来た説明書きを明里に渡す。

 木守りは樂焼の祖である樂長次郎の作品で、名碗長次郎七種のうちの一つである。茶聖の千利休が彼の作品を愛用していたことは有名な話だ。

 ある日利休は弟子達に長次郎の作品をそれぞれ選ばせた。最後に赤の茶碗だけが残り、「こんな良い茶碗を選ばないとは」と言って利休は残った茶碗に「木守り」と名付けた。木守りというのは柿の木が来年もおいしい実がなる様に一つだけ実を残しておく習慣があり、残したその柿の実の事を木守りと言うことからこの名前が名付けられたらしい。

 「後に木守りは武者小路千家官休庵に伝来しましたが、当時の江戸は火事が多く作品を守る為に高松の松平公に茶碗を献上し、そして代々家元襲名の際には松平公から拝借していたそうです。しかし木守りは関東大震災に遭い、保管していた蔵諸共焼け落ちました。今の木守りは焼け跡から見つけ出された一片を埋め込まれて再生されたものだとのことです」

 流れる様に分かりやすく説明してくれる住職に明里は流石だなぁと感動した。

 木守りの所作や佇まいを見ていると、品の良さを感じていたが樂焼の祖である樂長次郎とあの千利休に関わりのあるものだとは思っていなかった。木守りから話しを聞いたときも失礼ながら正直聞き間違いか同名の人かと思っていた。

 「凄いですね……」

 説明書きに書いていない事も流れる水の様に明里に分かりやすく説明してくれる。

 「このお菓子を下さった檀家さんに教えて頂いたんですよ。茶道を嗜まれる方なので菓子店の人に色々と聞いてきたそうです」

 なるほど、と明里は頷いた。

 茶道を嗜む人ならお茶席などで菓子を出した時に菓子の説明をすることもあるので話しを詳しく聞いたのだろう。

 木守りは砕けた我が身に価値を見出せないと言っていた。

 だが、砕けても尚再生を望まれ、人々に愛されていることも事実だ。

 「どんな姿でも愛されてるんだからいいじゃないって思うけどね。私からすれば贅沢な悩みよ」

 「……六条の君も愛されていると思いますよ?」

 おずおずと明里が言うと、六条の君はわざとらしく溜め息をついた。

 「あんた慰めるの下手ねぇー。あのね、私も愛されてるっていうのは分かってるけど、もっと分かりやすく愛でて欲しいの。毎回見られて悲鳴上げられるこっちの身にもなってみなさいよ」

 六条の君は横目でじとりと明里を見つめる。その表情があまりにも堂に入っていたのと、自分にも身に覚えがあったので明里は黙ってお茶を啜った。

 そんな明里を気にも止めず、六条の君はふいと自分の持っている湯呑みに視線を落とし、お茶の表面に向かってふーっと細く息を吹きかける。

 同じ付喪神だからか六条の君の意見は非常にあっさりしている。

 「木守り様は完璧だった時代があるから今の自分は何か欠けた様にしか思えないでしょうけど、それには必ず意味があることでしょうに」

 木守りは自分のことを卑下しているが、六条の君からすれば羨ましい存在だ。

 欠片ですらも愛されているのだから。

 自分の持っているものはひどく拙いものに見え、他者の持っているものが羨ましく見えるのは人だけではなく付喪神も同じらしい。

 「世の中侭ならないものばかりですね」

 「侭なっている世の中なんて生まれてこのかた見た事無いわよ」

 明里のしみじみとした呟きでさえも六条の君に見事一蹴されてしまった。


 日が沈んで空が茜と紺碧に混ざり合いながら染まり、星がちかちかと瞬いている。

 家路まで自転車を漕ぎながら空を眺め、木守りや六条の君、安恵寺の住職の話しを思い出していた。

 明里も両親の仲が良い同年代の話しを聞いているとひどく羨ましく見える。自分に無いものばかりを数えて、何で自分ばかりこんな目に遭うのだろうと悲観ばかりする。

 恐らく手に入れてしまったらまた違うことが不安になって来る。いたちごっこだ。どうして自分は不満ばかり覚えてしまうのだろうか。

 自分の欲望が果てしなくて嫌気が差す。

 そして自分の手元に在るものに感謝出来ない自分が嫌いだ。

 いつかこの気持ちが晴れる日が来るのだろうか。

 途方も無い赤と青が入り交じる夜空はまるでこれから行く先を暗示しているかの様だった。

 それなら紺碧の空に瞬く星の様に早く自分も導となる星を見つけなければと思った。

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